89話―牙魔神バルバッシュ
「な、なに……? 水が、集まってる……」
変化していくバルバッシュを見ながら、クイナはそう呟く。バルバッシュの身体が一回り大きくなり、背中から鮫を思わせる大きなヒレが生えていく。
大気に含まれる水分が集まり、渦を形作りながらバルバッシュの周囲を漂い始める。鋭い刃のようになっており、不用意に触れればただでは済まないだろう。
『ま、待てバルバッシュ! 肉体の膨張を止めろ! このままでは私が弾けとんでしまう!』
「ああ? 別にいいぜ? ビーストソウルを解放した以上、てめえはもう用無しだからなァ! 安心して死にな、ガルトロス!」
『やめ……』
次の瞬間、バルバッシュの肉体の膨張に耐えきれず、鎧が砕け吹き飛んでいく。ガルトロスは断末魔の声すら上げることなく、遥か眼下にある海へ落ちていった。
鮫を彷彿とさせる姿へ変化したバルバッシュは、身構えるリオとクイナを見下ろし笑う。狂気と闘争心に満ちた笑顔に、リオは背中を冷や汗が流れるのを感じる。
「この姿になったのは一万年ぶりだ……。覚悟しな、ゴミクズどもよォ。俺の真の力……見せてやる!」
「なら、僕だって見せてやる! ビースト……」
「させねえよ! 食らいな、奥義……天海領域!」
リオがビーストソウルを解放しようとした直後、バルバッシュは不可視の海を作り出す。目に見えず、濡れることもないが、確実にリオたちにまとわりつき動きを制限する。
「な、なにこれ……凄く動きにくい……!」
「クヒャヒャヒャヒャヒャ! この不可視の海の中で自由に動けるのは俺一人! てめえらは鮫の生け簀に放り込まれた哀れな餌も同じ! さァ、殺戮ショーの始まりだ!」
そう叫んだ後、バルバッシュは空中を――否、空中に作り出された海の中を泳ぎリオへ攻撃を仕掛ける。水の抵抗によりまともに動けないリオは、攻撃を防ぐだけで手一杯になってしまう。
クイナはリオを助けるために近付こうとするも、激しく動くたびに抵抗を受け、思うように進めない。その間にも、リオはバルバッシュにいたぶられていた。
「クヒャヒャヒャ! やっぱりよォ、抵抗出来ねェ相手を一方的にいたぶるのは楽しいなァ! ええ、そうは思わねえか?」
「僕は……ぐっ、そうは思わないね!」
リオは懸命に攻撃を盾で防ぎつつ、バルバッシュの軽口に対抗する。幸い、呼吸は不自由しないものの、攻撃に対応出来なくなるのは時間の問題だった。
「う~! 早くリオくんを助けに行かないとなのに~! 身体が重くて歩きにく……ん? そうだ、歩く必要なんてないんだ! あいつみたいに泳げば……!」
状況を切り開くための打開策を閃いたクイナは、歩くのを止めゆっくりと泳ぎ始める。彼女の考え通り、身体は抵抗を受けることなく空中に浮き上がっていく。
「やった! よーし……早速突撃い~!」
「ンン? 一体な……チッ! もう克服しやがったか!」
クイナが泳いでくるのを見て、バルバッシュは舌打ちをする。一旦リオへの攻撃を止め、ビーストソウルを解放した時に作り出した水のミキサーを飛ばす。
自分へ向かって飛んでくるミキサーを避けながら、クイナはバルバッシュの元へ泳いでいく。飛び道具は天海領域によって実質封じられているため、取る手段は一つ。
「へへーん、当たらないよ。拙者は昔から水泳が大の得意でね、その程度避けるなんて朝飯前さ! さあ、今度こそ真っ二つにしてあげるよ!
「フン……くだらねえんだよ! てめえの手なんざ、逆に食い千切ってやる!」
バルバッシュはリオへの攻撃を中断させられた怒りを発散するべく、クイナに襲いかかる。とはいえ、相手は触れた物全てを両断出来るため、迂闊に近寄れない。
一定の距離を保ちつつ、バルバッシュは手を変化させた口に生えている牙を発射し攻撃を行う。クイナは攻撃を避けつつ接近するも、その度に逃げられる……を繰り返す。
(まずいな……
鮫の化身だけあって、バルバッシュの泳ぎは力強く華麗であった。このままいたちごっこが続けば不利になることを知っているクイナは、少しずつ焦り始める。
「クイナさん、僕がいるよ! 一人で頑張らないで! てりゃあっ!」
「ぐっ、このガキ! 離れろ!」
焦るあまり不用意にバルバッシュに接近しそうになったクイナの耳に、リオの声が届く。思い鎧を着ているせいで適応が遅れたものの、リオもまた泳いでバルバッシュに体当たりをする。
「離れないよ。こうやって腕を掴めば……自慢の牙も僕には届かない!」
「ぐっ、このゴミクズが! 調子に乗るんじゃねえ!」
背後から腕の根元を掴まれ、バルバッシュはリオへの攻撃が出来なくなる。前方からはクイナが迫ってきており、挟み撃ちの格好となった。
「ありがとうリオくん! さあ、今度こそ真っ二つ……」
「されてたまるか! グラウンドストローム!」
「わあっ!」
「ひゃっ!」
バルバッシュは無理矢理身体を回転させ、不可視の大渦を作り出す。リオたちは弾き飛ばされてしまい、バルバッシュの拘束が解かれてしまう。
吹き飛ばされたクイナはす近寄ってきた水のミキサーに囲まれて動けなくなり、リオは魔法陣に叩き付けられる。呻きながらも立ち上がり、リオは魔力を練る。
「よくもやったな……こっちだってやってやる! ビーストソウル、リリース!」
「チッ……ビーストソウルを解放されたか。まあいい。同じ獣同士、血まみれの殺し合いといこうじゃねえかよォ!」
ビーストソウルを解放したリオの元へ真っ直ぐ突撃し、バルバッシュは手牙を振るう。リオも両腕に氷爪の盾を装着し、ゼロ距離での殴り合いが始まった。
氷の爪がバルバッシュの身体を、鋭い牙がリオの身体を切り裂いていく。その度に魔神の治癒能力で傷が塞がり、いたちごっこが続く……ことはなかった。
「おらっ! 今度は片腕だけじゃ済まさねェ。手足と顔を引き千切ってやる! もう一度、俺の猛毒を食らいな!」
「悪いけど、同じ手はもう効かないよ! 僕には……抗体があるからね!」
「ハァ? ハッタリなんざ俺には効かな……!?」
バルバッシュは治癒能力を阻害する猛毒でもある自身の体液を傷口から噴射し、リオに浴びせかける。が、リオの再生が阻害されることはなく、傷が治っていく。
最初のバルバッシュとの戦いの後、リオは船の中で血清を作っていたのだ。己の体内に残るバルバッシュの血を使い作ったソレを、再戦に備え自身に投与したのだ。
「バカな……有り得ねえ! 俺の猛毒が効かねえはずがねえ! こんなのは何かの間違いだ!」
「間違いなんかじゃないさ! いつか来るこの日のために、僕は万全の備えをして、お前はしなかった。その差があるだけだ、バルバッシュ!」
必殺の猛毒が効かなかった動揺し、バルバッシュの攻撃が止まったところを狙い、リオは氷爪の盾による斬撃を放つ。両腕を切断され、バルバッシュは丸腰にされた。
一旦距離を取り腕を再生しようとするも、そのもくろみは叶わなかった。いつの間にかミキサーから脱出したクイナが、音も無くすぐ後ろに迫って来ていたからだ。
「てめえ、いつの間に……」
「いつの間にって? ついさっきさ。拙者は忍者、罠から抜けるのは得意中の得意なのさ! 宣言通り、真っ二つにしてあげる! 奥義……切り捨て御免!」
「ぐあっ……」
クイナは
「今度こそ……これで終わりだ、バルバッシュ! アイスシールド・スラッシャー……クロスエンド!」
「グッ……ガアアアアアア!!」
リオの必殺技を受けたバルバッシュは、不可視の海を突き破り魔法陣リングから叩き落とされる。肉体の再生が間に合わず、地面に激突し致命傷を負った。
「バカ、な……この俺が、あんなガキどもに……ガハッ!」
何とか身体を再生させようともがくも、バルバッシュはその場で力尽きた。直後、不可視の海が消滅し、魔法陣が粉々に砕け散り消滅する。
リオは咄嗟に双翼の盾を展開し、クイナをしっぽでぐるぐる巻きにして安全を確保する。ゆっくりと地上に降り、バルバッシュの近くに着地した。
「……もう足掻いてもムダだよ。お前は死ぬんだ。最後に言い残すことはある?」
そうリオに問われ、バルバッシュは無言で相手を見上げ睨み付ける。そして、怨念のこもった恨み言を口にする。
「……気に食わねえ。なんで、いつもいつも……俺が、負けるんだ。結局、一万年前のあの日から……俺は、兄妹の誰にも……勝て、なかっ……た……」
そう言い残し、ついにバルバッシュは息絶えた。牙の魔神の身体が水へと変わり、蒸発して消えていく。後には――水色のオーブだけが残った。
「ふう。やっと終わったね、リオくん。いやー、長い戦いだった」
「そうだね……クイナさん、ありがとう。クイナさんがいなかったら勝て……あれ?」
その時だった。地面に転がるオーブがヒビ割れ、真っ二つに割れてしまった。オーブの中から現れたのは、小さな水色の宝玉であった。
「これ……なんだろう、ガントレットの窪みに入りそう……わっ!」
リオは手を伸ばし、宝玉を摘まみ取る。すると、宝玉がひとりでに浮き上がり、ガントレットの窪みの一つに収まった。
「……ビックリした。勝手に窪みに入るなんて……」
「まーまー、いいじゃないの。戦利品ってことでさ。さあ、王宮に戻ろ? みんなの手当てしなくちゃ」
「そうだね。戻ろっか」
そんな会話をした後、リオとクイナは王宮に戻っていく。長かった牙の魔神との戦いに……ついに、終止符が打たれたのだった。
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