58話―妖魔参謀キルデガルド

 フレアドラゴンを挟み撃ちにするため、カレンとアイージャは散開する。左右に散った二人を一気に仕留めるべく、フレアドラゴンは身体を回転させた。


「グルア!」


「……っと、危ねえな! だがよ、いつまでもしてやられると思ったら大間違いだぜ! 戦技、ミートクラッシャー!」


 カレンが金棒に魔力を流し込むと、凄まじい勢いで金棒が振動を始める。渾身の力を込めて金棒を振り抜き、フレアドラゴンの後ろ足に打撃を打ち込む。


 すると、激しい振動によって屍肉がひき千切られ、後ろ足が吹き飛んでいった。まだ痛覚が生きているらしく、もがき苦しむフレアドラゴンに、今度はアイージャが攻撃する。


「死してなお操られる哀れな竜よ、妾たちが屠ってやろう! アーマーチェンジ、アームドブレード!」


 アイージャが纏う鎧の腕部装甲が変形し、長大なブレードが現れた。尻尾による攻撃を避けつつ、アイージャは足の裏から魔力を噴射して空を舞い斬撃を放つ。


 二人の猛攻を受け、フレアドラゴンは次第に再生が追い付かなくなっていく。それに気付いたカレンは、アイージャに向かって大声で叫ぶ。


「アイージャ! こいつ、少しずつ再生が追い付かなくなってきてるぞ! 炎も吐かねえし、かなり弱体化してるのかもな!」


「ならば好都合。このまま一気に決めるぞ!」


「おうよ!」


 早くリオたちの元に戻り加勢するため、カレンとアイージャはより攻撃を激しくする。フレアドラゴンは翼を広げ、空に逃れようとするもアイージャはそれを許さない。


「させぬ! ダークネススラッシュ!」


「ギュガ……」


 翼を両断され、フレアドラゴンは地に落ちる。体勢を立て直す間を与えず、アイージャは相手の首筋に刃を叩き付けた。そこへカレンが金棒をぶつけ、一気に首を切り落とす。


「これで終わりだ!」


「グル……ギイイィィ!!」


「なっ!? ぬうっ!」


 己の敗北を悟ったフレアドラゴンは、最後の悪あがきを行う。身体から触手を伸ばして二人を捕らえ、そのままボディプレスを敢行した。


 幸い、二人は怪我をしなかったものの巨体と地面に挟まれ身動きが取れなくなってしまった。なんとか抜け出そうと、二人は悪戦苦闘するのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「ホッホッホッ! たった三人で屍兵に挑むとはの! いいことを教えてやろう。それは蛮勇と言うのじゃよ! 小僧!」


「本当にただの蛮勇なのか、その目で見ろ! 二人とも、いくよ!」


 広場に残ったリオたちもまた、キルデガルド率いる屍兵の軍団との決戦を行っていた。盾と斧が戦場を乱れ飛び、屍兵たちを葬っていく。


 エリザベートもレイピアを振るい、確実に敵を倒す。キルデガルドは大きな水晶玉の上に乗り、ニヤニヤ笑いながらその様子を黙って見物していた。


「ホッホッ、よいぞよいぞ。もっと戦え。魔力を消耗するがよいわ。それだけわしが有利に……おっと!」


「ずるいなぁ、そんなところに隠れちゃってさ。全部部下にお任せってのは、好きじゃないね!」


 ダンスレイルは翼を広げて飛び上がり、巨斬の斧を振り抜きキルデガルドを攻撃する。が、それよりも早く水晶玉の中に潜り込まれ、攻撃は不発に終わってしまった。


「ホッホッホッ! そんなにわしと戦いたいなら、見せてくれようぞ! わしが造り出した究極の兵器……リビングエンドアーマーをな!」


 パチンと指を鳴らすと、ワープゲートの中から肉塊が飛び出し、水晶玉ごとキルデガルドを包み込む。嫌な予感を覚えたダンスレイルは距離を取りつつ、残っていた屍兵を斬滅する。


「なんだろう、あれ……何か、とても嫌なモノを感じる……」


「リオくん、気を付けた方がいい。私はアレとよく似たモノと戦ったが……アレは恐らく、より強力で邪悪なものだ」


 キルデガルドを取り込んだ肉塊は不気味にうごめき、その形を変えていく。少しして、リオたちの前に人の形をした屍肉の巨兵が姿を現した。


「これは……!?」


「ホーッホホホ! 見よ! これこそがわしが造り出した究極の兵器! リビングエンドアーマーなり! さあ、屍肉の恐怖を味わいながら死ぬがよいわ!」


 リビングエンドアーマーの胸部に潜り込んだキルデガルドは、驚いているエリザベート目掛けて足を振り下ろす。エリザベートは我に返り、慌てて飛び退く。


「よくもやりましたわね! お返しですわ!」


 エリザベートはレイピアを振るい、リビングエンドアーマーの足首を切りつける。が、屍肉が硬化したことで刃が通じず、レイピアはへし折れてしまった。


「そんな! わたくしのレイピアが!」


「ホーッホホホ! バカめが! リビングスライムアーマーの欠点を解消したこの兵器が、そんな細剣で傷つけられるはず……なかろうが!」


 愛用の武器を失い、反撃することが出来なくなったエリザベートに、キルデガルドは容赦なく蹴りを叩き込む。骨が軋む音と共に、エリザベートは吹き飛んでいく。


「きゃあああっ!」


「エッちゃん!」


 リオは背中に双翼の盾を纏い、吹き飛んでいくエリザベートの元へ向かう。彼女をキャッチし、地面を転がって衝撃を逃がしているところに、追撃が放たれる。


「ホーッホッホホ! 二人まとめて叩き潰してくれるわ!」


「悪いけど、そうはいかないね! 食らうといい、宿木の斧!」


「なっ……ぬうっ!?」


 リオたちを殴り潰すべく振り上げられたアーマーの右腕を、ダンスレイルが両断する。その直後、木のつるがアーマーを侵食し絡み付いていく。


 つるはあっという間にアーマーの全身を縛り、身動きが取れないよう封じ込めてしまう。ダンスレイルは再び巨斬の斧を呼び出し、アーマーの胸から見える水晶の一部を睨む。


「さあて、これ以上余計なことをされる前に本体をつぶ……!?」


 斧を振るおうとしたその時、ダンスレイルの脇腹に衝撃が走った。再生したアーマーの右腕が、打撃を叩き込んだのだ。


「ホーッホホホホホ! バカめ! 言ったであろう? 欠点は解消したと! スライムアーマーが持っていなかった再生能力を、新たに追加したのじゃよ!」


「ダンねえ! 今助けに……」


「させぬわ!」


 キルデガルドは自由に動かせる右腕を使い、近くの民家を破壊して瓦礫の山をリオたちに投げつける。屍肉の毒素を排出してつるを枯らした後、ダンスレイルの元へ向かう。


「ぐ、う……アバラが……」


「やってくれたのう、斧の魔神よ。わしの最高傑作に傷をつけた報い、受けてもらうぞ!」


 そう叫ぶと、キルデガルドはダンスレイルに容赦なく拳の雨を降らせる。斧を弾き飛ばされ、ダンスレイルは抵抗するすべを失ってしまう。


「ぐっ、うぐっ、かはっ!」


「ホッホッホッ、やはり弱者をいたぶるのは気持ちがいいわい! 哭け! もっと哭くのじゃ! わしにもっと、弱者を嫐る快楽を与えい!」


「やめろ! ダンねえをそれ以上いじめるな!」


 なんとか瓦礫の山から這い出したリオは、飛刃の盾をキルデガルドに投げつける。が、盾は硬化した屍肉に弾かれ、地に落ちてしまった。


「フッハハハ! 無様よのう! ほれ、二人まとめてあの世に送ってくれるわ!」


「うあっ!」


「あぐっ!」


 キルデガルドはダンスレイルの頭を掴み、リオへ向かって投げつける。二人はもつれ合いながら地面を転がり、突っ伏したまま動かなくなってしまう。


「つよ、い……ザシュロームより、ずっと……」


「ぐ、げほ……。リオくん、残念だけど今のままじゃあいつには勝てない……私は、傷を負いすぎた。今の状態じゃ、まともに戦えない」


 傷だらけのダンスレイルは、リオの耳元に口を寄せそう伝える。怪我の治癒に力を割かねばならず、彼女の離脱は決定的であった。


「だから……一時的に、私の力を君に託す。盾と斧、二つの魔神の力があれば……あの屍肉の鎧を打ち破ることが出来るはず!」


「で、でも……どうやって力を……んむっ!?」


 問おうとしたリオの唇に、ダンスレイルの唇が重なった。かつて、アイージャから盾の魔神の力を継承した時のように、再び口付けが行われる。


 激しい口付けを通して、ダンスレイルの血と魔神の力がリオの中に流れ込む。盾と斧、二つの力が混ざり合い、新たな力が生まれる。


「フン! 何をしようとムダなこと! 二人仲良く踏み潰してくれるわ!」


 キルデガルドはアーマーの足を上げ、リオたちを一気に踏み潰そうとする。その刹那、リオは右手を掲げた。


「そうは……させない!」


「ぐっ……な、なんじゃ!? この魔力は! アーマーが……止められたじゃと!?」


 リオの手のひらから青と緑、二色の光を放つ魔力が放出され攻撃を止めていた。そのまま手を振ると、アーマーは吹き飛ばされていった。


「ぐうっ……おおおおお!?」


「キルデガルド……僕はお前を許さない。エルシャさんたちの運命を弄び、この国のエルフたちを苦しめたお前だけは……ここで倒す! 盾と斧……二つの力で!」


 立ち上がったリオの身体に、力がみなぎっていく。二つの魔神の力が共鳴し、奇跡を呼び起こす。


「さあ、ここからが……本当の戦いだ!」


 リオの叫びが、広場にこだました。

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