224話―コラルの冷洞にて
街を経ってから二時間後。地図を確認しながら獣道を進んでいったリオとレケレスは、目的地であるコラルの冷洞へたどり着いた。
冷洞の入り口には看板が立てられており、ダンジョン表層の攻略難易度が一から七の数字で記されている。冷洞の難易度は四……ちょうど中間だ。
「やっと着いたね。獣道歩いてきたから足が痛いや」
「ほんと? じゃあ後でマッサージしてあげるね。もうちょっとだから頑張ろ、おとーとくん」
リオたちはそんな会話をしながら、コラルの冷洞へ入っていく。冷洞と呼ばれるだけあり、洞窟の中はひんやりした空気が漂っている。
しばらく進んでいくと、リオは頭上から気配を感じ取る。上の方を見ると、天井いっぱいに濃い青色の塊がくっつきうごめいていた。
リオたちが目を丸くしていると、塊の一部が目の前に剥がれ落ちてきた。ゼリーのようにぷるぷる震えながら、ソレはリオの元に近付いてくる。
「もしかして、これがコールドスライムなのかな? ……わっ、ひんやりしてていい気持ち~」
人懐っこい性格をしているようで、コールドスライムはのんびりのろのろ地面を這いながらリオの元にやってきた。そっと抱き上げると、ひんやりした感触が腕に伝わる。
リオと遊びたいらしく、コールドスライムはぷるぷる身体を震わせアピールする。可愛らしさのトリコになったリオは、スリスリと頬擦りをする。
「んー、可愛いなぁ。何匹かペットにして持ち帰っちゃダメかなぁ」
「いいなー、わたしもコールドスライムほしーい! おーい、みんなおりといでよー。えいっ!」
コールドスライムに懐かれたリオが羨ましくなったレケレスは、おもいっきり洞窟の壁を殴り付け振動を起こす。すると、天井に張り付いていたコールドスライムが全部落ちてきた。
二人の真上に。
「わあああっ!?」
「ひゃー、やりすぎたー! おもーい!」
大量のコールドスライムの下敷きになった二人は、全身ゼリーまみれになりながらほうほうのていで這い出てくる。リオは界門の盾を使い、コールドスライムたちをギルドの倉庫に送り出す。
しばらくして、リオに懐いた一匹を除き、全てのコールドスライムを送り出すことが出来た。が、必要量にはまだ僅かに足りない。
「うーん、もうちょっと数が必要なんだけどなー。奥の方にもっといないかなぁ」
「そうだねー、探しに行こっか」
コールドスライムを求め、二人は冷洞の奥へ進む。途中、出くわしたオークやレッサーデーモンといった下級の魔物を倒しつつ、一本道を歩く。
リオは腕に抱いたコールドスライムをむにむに摘まみつつ、先頭に立ってズンズン進む。その時、レケレスは背後から人の気配を感じ取る。
「……ねえ。さっさと出てきたら? バレてないとでも思ってるのかな?」
「チッ、もうバレたか。奥の方の袋小路に追い込んで……と思ってたが、そうもいかねえか」
レケレスの言葉に答えるかのように、入り口の方からゾロゾロと武装したゴロツキたちが現れた。自分たちを狙っている――リオは直感でそう感じ、静かに問いかける。
「誰? 僕たちに何の用かな?」
「用なんて一つさ。てめえらの命、もらい受けにきたのさ! 野郎ども、やっちまえ!」
「おー!」
問答無用とばかりに、ゴロツキたちはナイフや錆びた手斧、釘バットといった得物を手にリオたちに襲いかかってくる。迎撃しようとするリオに、レケレスが声をかけた。
「おとーとくん、先に行ってて。こいつらはわたしがやっつけちゃうからさ」
「大丈夫? 結構数多いけど……」
「だーいじょーぶ! すぐ追い付くから!」
リオを先に進ませ、レケレスはゴロツキたちの相手を引き受けるつもりのようだ。一瞬迷うも、自信満々なレケレスの顔を見て、リオはこの場を任せることにした。
「じゃあ……お願いね、おねーちゃん!」
「はーい、おまかせー♪」
殴りかかってきたゴロツキの一人を返り討ちにしつつ、レケレスはニッコリ笑う。リオが先へ進んだのを確認したレケレスは、打って変わってゴロツキたちに冷徹な視線を向ける。
蛇に見込まれたカエルのように、ゴロツキたちは背筋に冷や汗を浮かべ動けなくなってしまう。そんな不届き者たちを見ながら、レケレスは死刑宣告をした。
「……あんたらがどこの誰かは知らないけどさ、おとーとくんを殺すつもりなら……
「ヒッ……! や、やれ! お前らかかれぇぇ!!」
凄まじい殺気と冷徹な意思を浴びせられ、ゴロツキの親分は戦慄する。部下たちを突撃させ、数の暴力で始末しようと目論む。
「ムダだよ? あんたらはここでみんな死ぬの。……溶腕の鎧」
「死ね……ぎゃああああっ!」
レケレスは両腕を紫色の鎧で覆い、突撃してきたゴロツキの一人に裏拳を叩き込む。インパクトの瞬間、鎧から黒い液体がほとばしりゴロツキの顔にかかる。
すると、ゴロツキの顔が煙を上げながら溶解していく。レケレスは肉を溶かす猛毒を使ったのだ。当然、自分の手も溶けるが、魔神の再生力ですぐ元に戻る。
「楽には死ねないよぉ? その毒はね、ゆっくりゆっくり……相手を殺すの。十分は苦しんでもらうね。……じゃあ、はじめよっか」
「ヒッ……ヒイイィィ!! か、勝てるわけねえ! 逃げろぉぉぉ!」
レケレスの異常なまでの殺意にすっかり戦意を喪失したゴロツキたちは逃げ出そうとする。が、レケレスは毒液の壁を作り、退路を断つ。
これでもう、ゴロツキたちが逃げ延びる手段はたった一つとなってしまった。レケレスを倒し、毒液の壁を消し去るしかない。
「覚悟してね。一人も逃がさないから」
ニッコリと笑うレケレスの瞳には、
◇―――――――――――――――――――――◇
「おねーちゃん、大丈夫かなぁ……。まあ、多分大丈夫だとは思うけど……」
ゴロツキたちの相手をレケレスに任せ、リオは先へ進んでいく。しばらく道なりに進んでいると、突如抱えていたコールドスライムが強い冷気を発し始めた。
まるで何か警告を伝えるかのような挙動に、リオは直感でその場にしゃがみこんだ。すると、リオの首があった場所を、ショテルの刃が通り過ぎていた。
「バカな! 避けられただと!?」
「その声……ジールさん?」
「おっと、声を変える魔法を忘れてたか……。まあいいさ、別に正体がバレても」
突如、壁の中からフード付きのローブを着た人物――否、ジールが姿を現した。ローブを脱ぎ捨てたジールに、リオは問う。何故自分を狙うのか、と。
「決まってるだろ? お前に負けたせいで猟兵団でのオレの立場がなくなった。これまで集めてた羨望の眼差しも名声も、全部パーだ!」
「だから、僕を殺すの?」
「そうさ! せめてもの腹いせにな! ちなみに
どうやら、ジールはリオたちが気付かなかった隠し通路を使って追い付いてきたようだ。リオはそっとコールドスライムを地面に起き、ジールを睨み付ける。
本意ではないが、身に降りかかる火の粉は払わなければならない。ただの逆恨みであるなら、なおさらである。
「……そう。そんなくだらない理由で僕を殺すの。言っておくけど、おとなしく殺されるほど僕はバカじゃないよ」
「知ってるさ。あの時は本命の武器じゃなかったから負けたが、今度は違う! このショテルで切り刻んでやる!」
そう言いながら、ジールは半円形に湾曲した刃を持つ剣、ショテルを二刀流に構える。狭い通路にて、リオとジールのリベンジマッチが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます