210話―幕降りて、来る者あり

 メルンを苦しめた問題が解決してから七日が経ち、テンキョウの復興が半分程度完了した。後は自分たちの力で再建出来る。そう判断し、ハマヤはリオたちを帰還させることにした。


「リオよ、本当にありがとう。そちらがいなければ、朕は命を落とし、この国も滅びていたであろう。どれだけ感謝してもし足りぬわ」


「いいんだよ、君を放っておけなかった……ただ、それだけだからさ」


 ハマヤから砕けた口調で話してくれるよう頼まれ、リオはフランクな語り口で話をしていた。歳が近いこともあり、身分の違いという垣根さえ払えば、二人が友になるのは簡単だった。


 別れを惜しむハマヤに、リオは優しく声をかける。これからはいつでも、好きな時に会いに来られる、と。界門の盾を使えば、距離など関係なくヤウリナに遊びに行けるのだ。


「本当に、世話になったのう。坊を助けてくれた恩、いつか必ず返すぞよ」


「ありがと、タマモさん。ハマヤくんのこと、守ってあげてね。じゃあ、またね」


「さらばじゃ、我が親友よ!」


 リオはハマヤとタマモに別れを告げ、テンキョウを出る。一足先に外に出ていたダンスレイルたちの元へ向かっていると、どこからともなくオウゼンが現れた。


「よう、婿殿。もう帰るのか?」


「あ、オウゼンさん。はい、ねえ様たちも僕らの帰りを待ってますから」


「そうか。そりゃ寂しくなるなぁ」


 ワーズとの戦いを経て、リオがオウゼンに対して抱いていた恐怖心は完全に消えてなくなっていた。むしろ、身体を張って自分を守ってくれたことに感謝と尊敬の思いを抱いていた。


 リオはオウゼンの前に立ち、ピシッと姿勢を正し真剣な表情を浮かべる。きょとんとしているオウゼンに、リオは深々とお辞儀をして感謝の意を述べる。


「オウゼンさん、ワーズとの戦いでは助けてくれてありがとうございました」


「ああ、そんなの気にすンな。婿殿はもう、俺の息子も同然だ。親ってのは、身体を張って子を守るもんだからな」


「……本当に、オウゼンさんは凄いです。みんなに慕われるのも、分かる気がします」


 お礼を言われ、オウゼンはそうするのが当然だと言わんばかりに胸を張る。リオははにかみ、偉大なオーガを褒め称えた。テンキョウ復興の際も、オウゼンは多くの人々に慕われていた。


 オウゼンに別れを告げ、リオはダンスレイルたちが待っている森の入り口へと向かう。ヤウリナでの、いにしえの仙薬を巡る戦いが終わり、リオたちは再び日常に戻ろうとしていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



『よっと! へえ、ここが……メルちゃんが呟いてたキュリア=サンクタラムかぁ。見たところ、他の廃地とそんな違いがあるようには見えないなあ』


 リオたちが界門の盾を使い、アーティメル帝国へ帰還している最中……とある孤島に、一人の少女が降り立った。少女はそう呟くと、紫色のパラソルを開き日差しを遮る。


 左手には、創世六神の一角……闇寧神の証であるドクロが納められた紫色のオーブが乗っていた。紫色のドレスをひるがえし、少女は砂浜をサクサク音を立てながら歩く。


『バリアスの目を盗んで大地に降りたはいいけど、肝心のあの子がどこにいるやら。ま、探してればその内会えるっしょ。あーしの前任……ペルテレルのクソをブッ潰してくれたお礼をしなきゃ、ね』


 そう呟きながら歩いていると、突如海の方で大きな水しぶきが上がる。少女がそちらを見ると、全長二十メートルはある巨大な海竜が現れた。


 海竜は腹を空かせているらしく、少女を見て獲物だと判断し歓喜の鳴き声を上げる。その様子を見た少女は、しばしきょとんとした後、ニヤリと笑う。


「ギュガアアァァァ!!」


『……へぇ。あーしを食べるつもりなんだ? そりゃ無理だね。神に歯向かおーなんて悪いコは……ブッ殺してやらぁッ!』


 突如、少女は人が変わったかのように表情を怒りで歪め、全身に力を込め海竜に飛び掛かる。海竜が水のブレスを吐き出すと、少女はドレスを脱ぎ捨て、盾代わりにして防ぐ。


 ドレスの下には、至るところに刃が取り付けられた、攻撃的で禍々しい紫色のフルプレートアーマーが着込まれていた。少女はパラソルを閉じ、海竜の額に突き刺した。


『フザケやがってこの海トカゲがッ! たかが下等生物が……この闇寧神ムーテューラに歯向かってんじゃあねえぞッ! ブヅブヅに叩き潰してッ! 海にバラ撒いてやらぁッ!』


「ギュギ!? ギュガアアァァ!!」


 少女――ムーテューラは荒々しい口調で叫び、苛立ちを爆発させながら何度もパラソルを突き刺す。海竜はもがき苦しみ、ムーテューラを振り払おうと頭を振り回す。


 足場が安定せず、攻撃続行が困難と判断したムーテューラは一旦浜辺に降り立つ。パラソルの持ち手を捻ると、傘となる部分が変化し、刺々しい暴力的な形の刃になる。


『オラッ、トドメ刺してやる! 鎮魂の園で反省しろやこの海トカゲがァァーーーーッ!!!』


「ギュガ……キュイィ……」


 ムーテューラは飛び上がり、海竜を斬り刻む。バラバラにされた海竜は、断末魔の声を残し海に沈んでいった。再度浜辺に降り立ち、少女はふうと息を吐く。


『あー、スッキリした。久しぶりにストレス発散出来てよかったよかった。さーてっと、そろそろ探しに行かなきゃ。なんて名前だったっけ……あ、そうそう。確かリオだったかな』


 そう呟きつつ、ムーテューラは元の形状に戻したパラソルを宙に浮かべ、ぴょんと飛び乗る。魔力で再生させたドレスを纏い、空高く飛んでいく。


 自分に代わって前任の神、ペルテレルを始末してくれたリオへお礼をするために。



◇――――――――――――――――――◇



「う……! な、なんだろ……突然寒気が……」


「大丈夫か、リオよ。風邪でもひいたか?」


 屋敷に戻り、談話室でくつろいでいたリオは、どこか言い様のないおぞましい寒気を感じ、ぶるりと身を震わせる。一緒にいたアイージャは、心配そうに声をかけた。


「うーん、なんて言えばいいのかなぁ。風邪とは違う……変な感覚がしたんだよね……。嫌なことの前触れじゃなければいいんだけどなあ」


「ふむ、まああまり思い悩んでも仕方あるまい。何かあっても、妾がリオを守ってやろう。だから安心して妾の胸に飛び込んでくるがよい」


「そう? じゃあ……えいっ!」


 アイージャがそう言うと、リオはふざけて飛び掛かろうとした次の瞬間、庭の方に何かが落ち轟音を立てる。あまりの音量に驚き、アイージャは椅子ごとひっくり返ってしまう。


「ぬおっ!? な、なんだ今の音は! まさか魔王軍か!?」


「ね、ねえ様、くるし……」


 アイージャの胸に飛び込むと同時に倒れてしまったため、リオは顔が埋まり苦しそうにもがく。その時、内側から鍵を掛けてあるはずの談話室の窓が、ゆっくりと開いた。


 それに気が付いたアイージャは素早く立ち上がり、リオを連れ待避しようとする。すると、窓の外から少女の声が部屋の中に響いてきた。


『あー、待って待って。逃げないでってば。ちぇー、慣れないことはするもんじゃないなぁ。頭から落っこちるなんてちょーさいあくー』


「え、えっと……どちら様でしょうか?」


 屋敷の壁を這い登り、窓から顔を出した少女――ムーテューラにリオはそう問いかける。ムーテューラは頭に出来た大きなたんこぶをさすりつつ、ニッコリ笑う。


『あーしはムーテューラ! 偉大なる創世六神の一角、闇寧神なのだ! どう、驚いた?』


「えっ……ええええー!?」


 神の証たるオーブを差し出しつつそう答えるムーテューラを前に、リオは驚きの声を上げる。新たな波乱の日々が、幕を開けようとしていた。

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