37話―森の都ハールネイス

 数時間後、リオたちは森の都ハールネイスから北に五キロメートルほど離れた場所にある平原にたどり着いていた。ダンスレイルは元の姿に戻り、改めて一行に加わる。


 目と鼻の先に迫ったハールネイスを目指す間、アイージャとカレンは不機嫌そうに小窓から御者席を眺める。御者席ではリオとダンスレイルが仲良く座り、イチャついていた。


「……姉上め。新参の立場を利用して、これ見よがしにリオとイチャつきおって……! 一万年経っても、独占欲の強さは直っておらなんだか」


「なんだろうな。見ててすげぇムカムカしてくるぜ。嫉妬か? これが嫉妬ってやつなのか?」


 自らが新参であることを主張し、何かにつけてリオを一人占めしようとするダンスレイルに二人は嫉妬していた。愛しの少年を取られた二人は、リオを奪還しようと試みる。


 が、ダンスレイルは適当な理由をつけてのらりくらりと二人をかわし、リオを一人占めしていた。やり込められたカレンとアイージャは、こうして小窓からリオたちを見ることしか出来ない。


「ダンスレイルさんの羽根、ふわふわだね」


「ふふ、そうだろう? 好きなだけもふもふしていいんだよ? 私の羽毛は君のものだからね」


 リオはダンスレイルに抱き着き、ふわふわの羽毛を堪能する。その様子を見ながら、カレンたちは嫉妬の涙を流し、リオを取り戻すことを改めて決意した。



◇――――――――――――――――――◇



 それから少しして、一行はハールネイスへ到着する。街そのものが無数の巨大な樹木の中にあり、木の根元には馬車を停めるためのスペースが広がっていた。


 リオたちは馬車を停めた後、街へ入るため検問所へ向かう。検問所では四人の兵士がペアを組み、街に出入りする者たちのチェックを行っている。


「次の者、前へ。危険なものを持ってないかチェックさせてもらうぞ」


「うん、いいよ」


 兵士はリオたちの持ち物検査を行い、危険なものを持っていないか確かめる。平民たちによるチェックが終わり、リオたちは無事街へ入ることを許可される。


 木の中をくり貫いて作られた階段を登り、一行は平民たちが暮らすハールネイスの第一階層へ向かう。外に出ると、複雑に絡み合った木の枝の上に街が広がっていた。


「すげえなこれ。こんな高いところに住んでて、街の連中は平気なのかねぇ」


 すぐ近くにある手すりから地上を見下ろしながら、カレンはそう呟く。リオたちがいる第一階層の時点で地上から結構な距離があり、落ちれば死んでしまうだろう。


「なに、心配はいらないよ。もし落ちそうになったら助けてあげるから。さて……王城に行くんだろう? 早いとこ行こうじゃないか」


 ダンスレイルの言葉に頷き、リオを先頭に街を進む。街に住むエルフたちは、獣人やオーガがよほど珍しいのかリオたちを興味深そうにじーっと眺めていた。


「なんだろ、みんな僕たちを見てるような……」


「しゃーねえさ。ユグラシャードはエルフの国だからな。人間はともかく、獣人やらオーガやらはほとんどいないんだ。だから、アタイらのことが珍しいんだろうよ」


 どこか居心地の悪さを感じているリオに、カレンがそう声をかける。一方、アイージャとダンスレイルはにこやかに笑いながらエルフの子どもたちに手を振って応える。


 エルフたちも気さくに笑みを返し、アイージャたちに手を振り返す。エルフたちの反応に、リオは目を丸くする。彼の中に、エルフは排他的というイメージがあったのだ。


「みんな気さくだね。ちょっとビックリしちゃった」


「妾たちが封印される前は排他的なエルフが多かったが……これも時の流れというものか」


 リオとアイージャはそう呟きながら大通りを進む。街の奥にある建物で手続きを済ませ、専用の階段を使って樹木の最上層にある王城へ向かう。


 しばらく階段を登り、青々と繁った葉の中にそびえる深い緑色の城の前に着いたリオたち。息を整え城の中に入ろうとしたところで、思わぬ人物と再会した。


「あら、またお会いしましたわね。相変わらず貧相な風体ですこと」


「あ、フライパン投げられてたお姉さんだ」


 城の入り口には、メルメラで会ったエリザベートとその従者エルザがいた。リオが声をかけると、エリザベートは顔を真っ赤にして食ってかかる。


「誰がフライパンですか! わたくしをそのように呼ぶなど……」


「落ち着いてください、お嬢様。否定しようにも事実ではありませんか」


 エリザベートとリオの間に割って入り、エルザがフォローになっていないフォローをする。エリザベートが拗ねている間、カレンがエルザに問いかけた。


「なんであんたらここにいるんだ? アタイらの方が先にメルメラを出たのに」


「私がいない間に、メルメラに来ていた商人からお嬢様が使い捨ての転移石テレポストーンを購入したのですよ。全く、冒険者でありながら楽をしようなんて、困ったものです」


 はあ、とため息をつきながら、エルザはエリザベートを睨む。それまで拗ねていた彼女は、途端に目を反らし下手な口笛を吹き始めた。


「ま、まあとにかく。そんなことはどうでもよろしいですわ。わたくしたちはこの国を魔王軍の脅威から救うために、王と謁見をしに来ましたの」


「ほう? フライパンで沈むような者にそんなたいそれたことが出来るのか?」


「ぐぬぬ……まだそれを言いますの!? 無礼ですわ! ここで叩き斬ってさしあげますわー!」


 誇らしげに胸を張るエリザベートをアイージャが茶化すと、また顔を真っ赤にして怒り始める。そこへ騒ぎに気付いた城の兵士が現れたことで、ようやくエリザベートは落ち着いた。


 事情を話したリオたちは兵士に案内され、城の中へ通される。すでにリオが来ることは末端の兵士にも伝わっているようで、快く対応してもらうことが出来た。


 エリザベートとエルザもちゃっかり着いて来ていたが、また癇癪を起こされても面倒なため、リオたちは何も言わず謁見の間へ向かう。


「この先に王が座しております。無礼のないようお願いしますよ?」


「うん。ありがとう、兵士さん」


 エルフの兵士と別れ、リオたちは扉を開き謁見の間へ入る。奥にある玉座には、歳若いエルフの女性が座っていた。その隣にはしかめっ面をしたエルフの男が立っている。


 リオたちが入ってきたことに気付いたエルフの女性は玉座から立ち上がる。リオたちの方へ歩いていこうとするのをエルフの男が止めるが、女性は意に介さず歩き出す。


「ようこそ、偉大なる戦士たちよ。はるばるアーティメル帝国から来てくださったこと、心より感謝致します。私はユグラシャード王国の女王、セルキア。以後、お見知りおきを」


「こんにちは、女王さま。僕はリオです。この国を魔王軍から守るために来ました。女王さまのお役に立てるよう頑張ります!」


 女王セルキアはリオたちに向かって優雅に一礼する。リオもまた、やる気をみなぎらせて元気よく挨拶を行う。ピコピコ揺れる耳を見て、セルキアは顔をほころばせる。


「まあ、可愛らしい。私、獣人の方にお会いするのは初めてなの。もしよかったら、そのお耳を……」


「陛下! 触れてはなりませぬ! そのような汚らわしい獣など! 穢れが移りますぞ!」


 その時だった。玉座の脇に立っていた男がセルキアの元へ向かいながらそんなことを口にする。男が近付くにつれ、アイージャたち女性陣は顔をしかめる。


 男の顔は、エルフとは思えないほど醜く歪んでいたのだ。自分の側に来た男の言葉にセルキアは眉を吊り上げ、客人への無礼な態度を厳しく叱った。


「バゾル大臣! 口を慎みなさい! この方たちは遠路はるばるこの国のために来てくださったのですよ!」


「おや、王になったばかりの小娘がこの私にそんな口を聞いていいのですかな? とにかく、その汚い獣から離れなさい。よいな?」


 バゾルと呼ばれた男は傲岸不遜な態度を崩さず、セルキアやリオたちにそんなことをのたまう。あんまりな言い種に流石に怒りを覚え、アイージャが抗議する。


「無礼な男め。お前たちの要請を受けてここまで救援に来てやったと言うのに、その態度はなんだ? 妾と姉上だけならともかく、リオを侮辱するのは許さんぞ!」


「救援要請? フン! 先代の王が勝手にやったことなど、知ったことではない! ここは我らエルフの国だ! 汚らわしい獣人風情が偉そうな口を聞くな!」


 敵意に満ちたバゾルの言葉に、謁見の間の中に不穏な空気が広がっていった。

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