38話―死臭を纏う襲撃者

「バゾル、いい加減になさい! それ以上の暴言は許しませんよ!」


 事態を納めるべく、セルキアが一喝する。が、バゾルはどこ吹く風とばかりに聞き流し、鼻をほじっていた。あまりに酷い態度に流石に黙っていられず、エリザベートが口を開く。


「……バゾルと言いましたわね。彼らはあなた方の同盟国、アーティメル帝国からの使者でもあるのです。それをこのような態度で迎えたとあっては、国際問題に発展するとは思いませんの?」


「なんだ貴様は? それがどうしたと言うのだ。エルフ以外の種族などゴミだ。


 そう言い残すと、バゾルはリオを突き飛ばし謁見の間を後にする。入れ替わるように十人のエルフの兵士たちが現れ、扉を塞ぐように並んで立つ。


「いたた……」


「大丈夫かい? リオ。全く、あのエルフめ……大臣なんて立場じゃなかったら、ここで八つ裂きにしてやったのに」


 突き飛ばされたリオを労りつつ、ダンスレイルは物騒なことを口にする。セルキアはひたすら平身低頭し、リオたちにバゾルの無礼を詫び始めた。


「申し訳ございません! 皆様にこのような無礼なことを……」


「気にしないで、女王さま。謝るのは後ででいいよ。まずは……あいつらを片付けないとね」


 セルキアにそう声をかけた後、リオは後ろへ振り返る。両腕に飛刃の盾を装着し、エルフの兵士たちに静かに話しかける。


「おいでよ。言っておくけど、僕の鼻は誤魔化せないよ。香水で隠しても、死臭は分かるからね?」


「!? な、何をおっしゃってますの!? 彼らはどう見ても生きているではないですか!」


 リオの言葉を聞いたエリザベートがそう口にするも、彼女とせを除いた全員がそれぞれの武器を呼び出し構える。カレンたちも気付いたのだ。


 謁見の間の中を、不気味な暗黒の魔力が満たし始めているということに。兵士たちは無言で腰に下げた剣や槍を引き抜き、一斉に走り出した。


「お姉ちゃんたちは女王さまをお願い! エルフの兵士さーん! 僕が相手だよー!」


 リオは『引き寄せ』を発動し、兵士たちの敵意を自分に向けさせる。彼らの相手をしている間に、セルキアを脱出させる作戦を立てたのだ。


「あら、一人で戦うには無茶な数ですわ。わたくしもお手伝いさせていただきますわよ」


「え……じゃあ、お願いします」


 が、エリザベートだけは退かず、リオの隣に立ちレイピアを構える。本当は一人でも問題はないのだが、断ればまた癇癪を起こすかもしれないと考え、渋々助力を受け入れた。


 カレンたちはセルキアを囲んで謁見の間の奥へと引っ込み、彼女を守る。それを横目で見届けたリオは、エルフの兵士たち目掛けて勢いよく走り出した。


「先手必勝! シールドナックル!」


「え? ちょ、はや……」


 リオの動きを目で追うことすら出来ず、エリザベートは完全に出遅れてしまった。彼女が走り出した時には、すでにリオは二人の兵士を倒していた。


「まずは二人! そりゃっ!」


 盾で二人の兵士を殴り倒したリオは、三方から襲って来た槍を宙返りで回避する。着地するよりも前に素早く盾を投げ、槍を持った兵士たちを昏倒させる。


 リオの戦いぶりを見たエリザベートは、ようやく理解した。目の前にいる少年が、何故アーティメルの英雄として祭り上げられているのかを。


(なんという強さ……。噂など所詮背びれ尾びれがついた与太話と思っていましたが……そうではなかったのですね)


 兵士の一人に斬りかかりながら、彼女はそんなことを考える。リオを侮っていたことを恥じ、彼の助けになろうとレイピアを振るい二人の兵士を倒す。


 一方、謁見の間の奥でリオの奮闘を見ていたセルキアは瞳を輝かせていた。噂でしか知らなかったリオの強さと頼もしさを目の当たりにし、頬を赤らめる。


「……ああ、なんという強さなのでしょう。噂以上に……凛々しくて、それに可愛らしいなんて……ぽっ」


「……まずいな、このままだと余計なライバルが……! リオ、上だ!」


 謁見の間の天井付近に飾られたステンドグラスをブチ破って増援が来たのを見たカレンは、大声をあげリオに危機を知らせる。カレンの叫びを聞き、リオは後ろへ飛ぶ。


 間一髪、リオが飛び退いた直後に砕けたステンドグラスの破片と、ゴリラのような姿をした魔物が謁見の間に落ちてきた。魔物を見たリオは、その異様な佇まいに警戒心を抱く。


(あの魔物……何故かよく分からないけど、近付いちゃいけない気がする……。ここは一端、様子を見て……)


「あら、増援ですの? ふっ、なら今度はわたくしがお相手して差し上げますわ!」


「あ、待って! いきなり突っ込んでいっちゃ危ないよ!」


 が、功を焦ったエリザベートが魔物に突撃してしまった。リオの制止を振り切り、エリザベートはレイピアを構え走っていく。


「ホーッホホホ! 問題ありませんわ! たかが魔物一匹に、わたくしが遅れをと……」


「ゴゴグルルアアーッ!」


 次の瞬間、魔物が雄叫びをあげる。まだ倒されていなかった兵士たちは魔物の後ろに下がり、に巻き込まれないようにしていた。


 魔物が口を開けると、口内に黄色のゼリーの塊のようなものが見える。それを見たリオは嫌な予感を覚え、エリザベートを助けるべく勢いよく飛び出していく。


「エリザベートさん、危ない!」


「えっ……!?」


 リオがエリザベートを庇った直後、魔物の口の中からゼリーのような塊が放たれた。ぶつかった塊が割れ、中に溜め込まれていた酸性の液体がリオを襲う。


「うあああっ!」


「リオ!」


 モロに液体を浴びたリオは、左半身を溶かされてしまう。苦痛に呻く姿を見てアイージャが悲痛な叫びをあげるなか、エリザベートはその場に呆然と立ち尽くす。


「そ、そんな……わたくしの、せいで……」


「お嬢様、逃げてください!」


 エルザの声にエリザベートが正気に返るも、すでに遅かった。残る三人の兵士と魔物が迫るなか、彼女は死を覚悟し目を瞑る。


「……? 何も、ない? 一体、どうして……」


 が、いつまで経っても何も起こらないことに疑問を抱き、エリザベートは恐る恐る目を開く。彼女の目の前には、リオを抱くダンスレイルがいた。


「……やってくれたね。薄汚い魔物め。私のリオを傷付けたこと……苦しみを以てあがなってもらおうじゃないか」


 底冷えするような彼女の声に、謁見の間の時が止まった。ダンスレイルは右手を横に伸ばし、己の魔力を放出する。魔力が集まり、一振りの片刃の斧を形作っていく。


「……滅してあげる。私のこの……呼び笛の斧でね」


 そう言うと、ダンスレイルは斧から手を離し口笛を吹き始めた。すると、彼女が奏でるメロディに合わせてひとりでに斧が動き出した。


 斧はまるでワルツを踊るかのように空中を舞い飛びながら、兵士たちの首と魔物の四肢を狩り取る。兵士を一撃で葬ったのは、彼女なりの温情だろう。


「さあて、と。後はお前だけだね。私のリオをこんな目に合わせたんだ、どんな罰を与えようかなぁ」


「ガグ、ググゴォ……」


 四肢を失った魔物は反撃の手段を失い、ダンスレイルに腹を踏まれる。再び口の中に酸液の塊を作り出そうとするも、その前に鋭い爪を備えた足を突っ込まれる。


「させないよ? 悪いことをする口は……ボロボロにしちゃおうねえ? リオみたいに……さ」


「グゴ、ゲガゴガアアァ!!」


 魔物の断末魔が響くなか、アイージャとカレン以外の者たちは凄惨な光景に顔を反らしてしまう。口の中をズタズタにされ、長い時間を苦しんだ後、魔物はようやく事切れた。


 ダンスレイルは魔物の最後を見届けた後、腕の中に抱くリオを見下ろす。リオは左半身を酸で溶かされ、肉が見える状態になってしまっている。


「……可哀想なリオ。待ってておくれ。私とアイージャの力で、君の傷を……」


「あ、あの……」


 ブツブツ呟いているところにエリザベートから声をかけられ、ダンスレイルはゆっくりと首だけを百八十度回す。まるで本物のフクロウのように。


「なんだ? 小娘。用があるなら言ってみろ」


「ヒッ……」


 人間では決して出来ない動きをしながら問い詰められ、エリザベートは声を漏らす。今にも口笛を吹きそうなダンスレイルを、瀕死のリオが止めた。


「ダメ、だよ……ダンスレイル、さん。エリザベートさんは……悪く、ないよ。避けられなかった……僕が、悪い、から……」


「リオ……」


 ダンスレイルは首を戻し、エリザベートの横をすり抜けセルキアの元へ向かう。


「女王よ。医務室の場所を教えてほしい。リオの治療をせねば」


「あ、は、はいっ! ついてきてください」


 セルキアの案内の元、一行は医務室に向かう。その様子を、床に転がる兵士の首が見ていた。


「あーあ、女王は殺せなかったか。ま、いいや。思わぬ収穫はあったしね」


 そう呟き、兵士の首は笑みを浮かべた。

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