205話―激闘が終わり、そして

 リオ・ダーネシアのコンビとワーズの激闘に終止符が打たれた頃……魔界にある魔王城にて、グランザームが瞑想をしていた。ふとまぶたを開き、小さな声で呟く。


「……気配が一つ消えた。今のは……ワーズか。愚かなものだ。大地の民の儀式に応じなければ、滅びることもなかったものを。……いや、ダーネシアがいる限りは無理か」


 その口調には、何の感情も籠っていなかった。かつて、大魔公だった時代にしのぎを削った相手への哀れみなど、グランザームには存在していない。


 むしろ、運良くリオと出会い、彼が強くなるための試練として滅ぼされればちょうどいい、くらいに考えていた。グランザームにとって、ワーズは敵なのである。


「大魔公とは言え、元は生存競争に敗れた怨霊の集まり。生まれついての直系の闇の眷属に敵う道理はない。まあ、今はもうどうでもよいな」


 そう口にした後、グランザームは立ち上がりゆっくりと部屋を去っていく。ワーズがどこに出現したのかを正確に感知し、ヤウリナへの侵攻を取り止めることにしたのだ。


 ワーズによって破壊された国など、グランザームにとってはなんの価値もないのである。ダーネシアに連絡を取り、部隊を撤退させるよう指示を出しに向かった。



◇――――――――――――――――――◇



 ワーズとの戦いから、七日が経過した。ハマヤとタマモはヤウリナに帰還し、ミカドが死んだものと思っていた民衆に大喜びで出迎えられた。


 ハマヤの指揮の元、破壊されたテンキョウの再建計画と犠牲者の慰霊碑の建設が始まった。今回の事件で反乱派の貴族は軒並み死に、スムーズに事が進む。


「済まぬのう、そちたちにまで手伝わせてしまうとは」


「気にしないで、ハマヤくん。僕たちも、早くこの街を再建したいから」


 リオも瓦礫の撤去や死者の埋葬、新しい家屋の建設などの業務を手伝い、一日でも早くテンキョウが元通りになるよう奔走していた。


 多くの町民が犠牲になり人手が足りなくなってしまったため、カラスマやクイナは率先して地方を回り、新しい住民を呼び集めに行く。


 ダンスレイルは随一の機動力を活かして仙薬の里とテンキョウを往復し、必要な物資を運搬する係を勤める。カレンもまた、傷が完治したオウゼンと共に復興を手伝う。


「リオ、一旦休憩しようぜ。あんまり働きすぎても疲れちまうからな」


「そうだね。じゃあ、ちょっと休憩」


 復興作業を開始してから七日が経ち、新しい住民たちが住むための家屋がある程度完成してきていた。テンキョウ全体の復興はまだ二割程度ではあるが、着実に進んでいる。


「にしても、最近は静かなもんだな。ダーネシアだっけ? 律儀な奴だよなぁ、テンキョウの復興が終わるまで手ぇ出さねえつもりなのかねぇ」


「……多分、そうだと思うよ。今回のこと、凄く責任を感じてたみたいだし」


 ワーズを撃破してから二日後、ダーネシアからこっそりとリオに手紙が届いた。手紙には、テンキョウの復興が完了し情勢が落ち着くまでは手を出さないと書かれていた。


 その気になればすぐにでもテンキョウを攻撃することが出来るというのにそうしない、ダーネシアの律儀さにリオは感心していたのだ。


「まあ、一番いいのはこのまま撤退してくれることなんだけどもね」


「はは、そりゃ無理だろ。あいつらだってそう簡単にゃ退きゃしねえだろよ。ま、その時に備えてよ、こっちも準備しときゃいいのさ。な、リオ」


「それもそうだね。さ、そろそろ仕事に戻ろっか」


 休憩を終え、二人はそれぞれの作業に戻っていく。が、この時二人はまだ知らなかった。リオの言葉通り、すでにダーネシアが配下たちを撤退させつつあることを。



◇――――――――――――――――――◇



「……ダーネシア様、本当によろしいのですか?」


「ああ。グランザーム様からの通達もあったしな、これでいい。志半ばではあるが……仕方ないことだ」


 五行鬼の生き残り二人を集め、ダーネシアは静かに話を聞かせていた。グランザームから撤退命令を下されたため、魔界に帰還することになったのだ。


 ただ一人、ダーネシア本人を除いて。本来、ダーネシアも部下と共に撤退するはずだったのだが、本人がグランザームに進言したのである。


 ヤウリナ侵攻作戦破棄の責任を取り、最後まで一人残り戦う……と。


「元々、ワーズという不確定要素をあらかじめ排除出来なかったオレが招いた失態だ。徹底的にリサーチしておけば、奴がテンキョウを破壊し、この国を侵略する価値を失くすこともなかった」


「ですが、何故一人で行こうとするのです! 我らも共に……」


「いい。いいんだ。お前たちのことはグレイガに頼んである。奴は仲間思いだ、お前たちを邪険にするようなこともあるまい」


 薄い緑色の僧衣を着た女――木行鬼エイメイは、責任を取るために自ら死地に赴こうとするダーネシアを全力で止めようとする。しかし、優しい言葉で拒絶されてしまう。


 泣きそうな顔をしたエイメイはなおも食い下がろうとするも、もう一人の生き残りである金行鬼ガガクに止められてしまった。


「……もうよせ、エイメイ。ダーネシア様はもう覚悟を決めておられる。我々がどう言っても、聞き入れてはくれますまい。我らに出来ることは……ダーネシア様が勝利し、帰還することだけだ」


「くっ……」


 ガガクに諭され、エイメイは何も言えなくなってしまう。ダーネシアはエイメイたちを見た後、立ち上がり部屋を去っていく。


「……オレは、もう行く。お前たちも行くがいい。安心するといい、必ず勝つ。そして、グランザーム様の……いや、お前たちの元へ帰ってくる」


 そう言い残し、ダーネシアは砦を出る。懐に忍ばせた手紙をカラスに託し、テンキョウにいるリオの元へ届けさせた。


「……このような形で決着をつけたくはなかったが、これもまた運命……。我が最後の使命……必ず、果たす」


 そう呟き、ダーネシアは森の中を歩いていった。



◇――――――――――――――――――◇



「よし、今日の作業はこのくらいでよかろ。みな、ご苦労様じゃった。そろそろ食事にしよう」


 日が落ち、復興作業が一旦終わりを迎える。ハマヤは女性たちに混じって率先して食事を作り、配給していく。力がなく作業に加われないため、せめて出来るのとをしようとハマヤなりに頑張っているのだ。


 そんなハマヤを、復興作業に従事する者たちは好意的に見ていた。ハマヤ自身も、これまで関わることがほとんどなかった下々の民と触れ合うことを楽しんでいるようだ。


「ほれ、みな並ぶのじゃ! 横入りはならぬぞ、ちゃんと順番に受け取っておくれ。ご飯は逃げぬからの、順番じゃぞ!」


「ハマヤ様、ひとりじゃ大変でしょうからお手伝いしますよ」


「む、済まんの。では、こっちの鍋を頼もうかのう」


 人々に囲まれ、忙しなく動き回るハマヤの顔には笑顔が浮かんでいた。無力な自分でも、他の誰かの助けになれる。その喜びを噛み締めているのだ。


 少し離れた場所で休みつつ、ハマヤを見ていたリオも嬉しそうに微笑む。その時……一羽のカラスが近付いてくることに気付き、上を見る。


「あれ? あのカラス……何か持ってる」


 そう呟くと、カラスはクチバシに咥えていたダーネシアの手紙を、リオに向けてポトッと落とす。手紙を拾い、内容を読んだリオは表情を引き締める。


 手紙には、決闘をしたいという旨が記されていた。リオは手紙を折り畳み、懐にしまう。


「……ダンねえ、僕ちょっと出掛けてくるね」


「こんな時間にかい? もう少しで夕食も出来るし、食べてからでも……ああ、なるほど。いいよ、行っておいで。カレンたちには上手く言っておくから」


「ありがと、ダンねえ」


 リオの表情から事情を察し、ダンスレイルは彼を送り出す。リオは小さな声でお礼を言った後、テンキョウを抜け出し走っていく。


 ダーネシアと決着をつけるために。

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