155話―女帝メルン

「わあ……宮殿の中も歯車でいっぱいだ」


「そうなんですよ! 何しろこの宮殿は、初代皇帝オロン一世が造り上げたドワーフや魔傀儡たちの機巧の聖地ですからね!」


 マギアレーナ宮殿の中へ足を踏み入れたリオは、天井を見上げながらそう口にする。宮殿の至るところに歯車とスチームパイプが張り巡らされ、重厚な印象を与えている。


 リオは時折パイプから噴き出す高温の蒸気を面白そうに眺めつつ、ルーシーの解説に耳を傾ける。長い回廊をドワーフや魔傀儡たちが忙しそうに行き来する中、アイージャが問いかけた。


「ルーシーとやら。先ほど魔傀儡なる単語を言っていたが……それはどのような種族なのだ?」


「えーとですね、ドワーフたちが造った人形に、命が宿った新しい種族のことですねえ。自動人形オートマトンと違って、見た目が人形なだけでほぼ人間みたいなもんです、ええ」


 ルーシーの言葉を聞いていたリオは、僅かに顔をしかめる。傀儡という言葉には、あまりいい思い出がないからだ。かつて死闘を繰り広げた魔王軍幹部、ザシュロームの顔が脳裏をよぎる。


(……そういえば、ザシュロームは自分のことを『傀儡道化』って名乗ってたっけ。魔傀儡と何が関係があるのかな)


 気になったリオがルーシーに尋ねようとしたちょうどその時。一行の目的地である謁見の間に到着した。そのため、結局リオはルーシーに質問することは出来なかった。


「お待たせしました! この先に現帝メルン七世陛下がおられますので、くれぐれも失礼がないようにお願いしますね!」


「ふむ。とは言え、お偉いさんに謁見するのはもう慣れっこであろう、リオよ?」


「うん、まあね……」


 アイージャの言葉に、リオは苦笑いを浮かべる。アミルやセルキア、ランダイユにメルナーデ……これまで多くの統治者と会ってきたリオに、緊張の二文字はなかった。


 ルーシーが謁見の間の扉を開き、一行は中へと進む。奥にある玉座へと続く長いカーペットの両脇には、魔傀儡の騎士たちがズラリと並びリオたちを見つめている。


「わ、ビックリした……」


「……この者たち、ただ者ではありませんね。一人一人がわたくしと同等の力を持っているようです」


 武器を構えた状態で微動だにしない騎士たちを見ながら、リオとファティマはそれぞれの感想を口にする。その時、玉座の方から一人の女性が歩いてきた。


「ほっほっほっ。驚いたかえ? わらわを守るロイヤルガードたちの偉容は凄いであろう? おっと、まだ名乗っていなかったのう。わらわはメルン。この国の女帝じゃ」


「はじめまして。本日はお招きいただき、ありがとうございます。メルン陛下」


 スリットの入った深紅のドレスを身に纏い、小さな歯車がついた帽子を被ったメルンにリオは挨拶をする。礼儀正しい丁寧な態度に、メルンは満足そうに笑う。


「ほほほ、場数を踏んでいるだけあって素晴らしい対応じゃ。遠路はるばるよう来てくれたの、リオ。歓迎するぞよ。列車に揺られて疲れたであろう? まずはゆるりと休まれよ。オゾク、部屋へ案内してやれ」


「はっ、かしこまりました。さ、どうぞ皆様、お部屋へご案内します」


 オゾクと呼ばれたドワーフの男が現れ、リオたちを連れて謁見の間を出ていく。宮殿の三階にある来客用の寝室が並ぶエリアに案内する途中、リオに声をかける。


「君が例の盾の魔神か。話はガルキート将軍からいろいろと聞いているよ。改めて、私からも礼を言おう。異神の件、本当にありがとう」


「いえ、そんな……。僕の方こそ、ガルキートさんたちの手助けがなかったらラギュアロスを倒せませんでしたよ。だから、おあいこです」


 リオはオゾクにそう答える。実際、ガルキートがティタンドールを貸してくれなかったら、リオたちはラギュアロスを倒すところかまともに戦うことすら出来なかっただろう。


 その言葉を聞き、オゾクは僅かに微笑む。噂でしか知らなかったリオの人となりを直接その目で見たことで、心に抱いていた警戒心が解けたのだ。


「……そうですか。さ、部屋に着きました。夕方にはメルン陛下及びご息女のセレーナ皇女との会食がありますので、それまでごゆっくりおつくろぎください」


 リオたちをそれぞれの部屋に案内した後、オゾクはそう告げ去っていった。豪華ホテルと見紛う個室を宛がわれ、リオは目を丸くしてしまう。


「わあ、広いなぁ。ベッドも凄いふかふか! いいのかなぁ、こんなお部屋使っちゃって」


「問題ないと思うぞ、リオよ。せっかくの好意だ、存分にくつろごうではないか」


「わっ! ねえ様、いつの間に?」


 ベッドに寝そべってゴロゴロしていると、アイージャの声が響く。それぞれの部屋に入ったはずなのに、いつの間にかベッドに腰かけていたのだ。


 驚くリオを尻目に、アイージャはしっぽを伸ばして部屋の扉の鍵をかける。言うまでもなく、ファティマが入って来られないようにするためだ。


「さて、久しぶりに二人っきりでのんびり出来るな。ほれ、リオよ、妾が膝枕してやろう、横になるがいい」


「ほんと? じゃあ、よいしょっと」


 靴を脱ぎ、ベッドの上で正座しながら、アイージャはそうリオに告げた。リオはごろんと横になり、アイージャの膝の上に頭を乗せる。


 柔らかなアイージャの脚の感覚を後頭部に感じながら、リオは身体から力を抜く。ここ最近、ファルファレー一味との戦いで蓄積した疲労が、少しずつ消えていくようか感覚を覚えた。


「……ほんに、ここ最近はいろいろなことがあったな。グランザームのみならず、ファルファレーとも戦ったり、な……」


「そうだね。辛い時もあったけど……ねえ様たちが居てくれたから、乗り越えられたよ。ありがとう、ねえ様」


 リオに礼を言われ、アイージャは顔を赤くする。恥ずかしそうにしっぽをくゆらせながら、優しくリオの頭を手で撫でた。


「……全く。そんな満面の笑顔を向けられては……我慢、出来なくなるではないか」


「ねえ様……?」


 アイージャは顔を下に向け、ゆっくりと降ろしていく。リオはアイージャが何をしようとしているのかに気付き、目を閉じて彼女を受け入れる。


 二人の唇が重なり合おうとしたその瞬間……扉が開き、ファティマが歩いてきた。


「我が君、会食までまだ時間があります。少し街を見て歩きましょう」


「ぬおおっ!? お、お主どうやって入ってきおった!? 扉には鍵をかけたはずだぞ!?」


 まさかのファティマ乱入に、アイージャは仰天してしまう。してやったりといった表情をしつつ、ファティマは右手の人差し指を立てる。


 すると、指が変形し、ピッキングツールになった。どうやら、これを使って鍵をこじ開けて入ってきたようだ。アイージャは悔しそうに顔をしかめ、しっぽを振る。


「……いいところを邪魔してくれおって。まあよい、確かにここにいても退屈なのは同意する。リオよ、少し出掛けるとしようか」


「う、うん、ソウダネ」


 若干上ずった声で、リオはアイージャに同意する。もう少しでアイージャとキスする……ところであった場面をファティマに見られ、かなり恥ずかしいようだ。


「……次は邪魔させん」


「ふふっ、どちらが先に我が君と口付けを交わせるか……競争ですね」


 部屋を出る直前、アイージャとファティマは互いにそう口にし火花を散らす。リオを巡る二人の愛の戦いは、まだまだ始まったばかりであった。



◇――――――――――――――――――◇



 ――夕方。街の散策を終えたリオたちは、部屋に戻った。オゾクが用意した正装に着替え、宮殿を出発する。メルンが高級レストランを貸し切りにしているとのことらしい。


 会食のためだけに高級レストランを貸し切りにしてしまうメルンの豪快さに舌を巻きながら、リオたちは馬車に揺られ街道を進んでいく。少しして、目的のレストランに到着した。


「我が君、わたくしは別室にて待機しております」


「え? ふーちゃん、一緒に来ないの?」


 一足先に馬車を降り、リオをエスコートしつつファティマはそう口にする。驚くリオに、ファティマは続けて話しかけた。


「はい。あくまでわたくしは我が君の従者ですので……こうした席への同席は出来ません。ですがご安心を。何かあった時にはすぐお助け致します」


「そっか……それはしょうがないや」


 リオは残念そうに肩を落としつつも、アイージャを伴いレストランの入り口をくぐる。この先で待っているメルンとその娘、セレーナに会うために。


 しかし、リオはまだ知らなかった。この後に待ち受ける出会いが、新たな運命の歯車を回すことに。

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