194話―怒れるリオと反逆者
「フン、貴様のような子ども風情に何が出来る! 大人しくすれば痛い目に合わずに……ぐっ!」
「大人しくするつもりなんて、微塵もない!」
貴族の男に対しそう言い放つと、リオは右手を握り締める。すると、どこからともなく現れたジャスティス・ガントレットが右腕に装着された。
リオは青色の宝玉を輝かせ、全身を氷の鎧で覆いながら男に向かって拳を叩き込む。咄嗟に刀でガードした貴族の男は、一旦後ろに下がり体勢を立て直そうとする。
「あ、そうだ。ここで戦うわけにはいかないし……場所を変えなきゃね! 出でよ、界門の盾!」
「なっ!?」
奥の間を損壊させるわけにはいかないので、リオは男の背後に界門の盾を呼び出した。テンキョウの外に出るのでなければ問題なく機能するらしく、リオは男に体当たりを食らわせ宮の中庭に転がり出る。
「ぐっ……貴様、ただ者ではないな。ただの子どもだと思っていたが、これは楽にはいかなさそうだ」
「うん。覚悟してよね?」
不敵な笑みを浮かべながら、リオは両腕に飛刃の盾を装着し突進する。男は刀を構え、リオを止めようと横薙ぎに振るう。それを見たリオは急停止し、攻撃をスカす。
リオの咄嗟の動きのせいで攻撃が不発に終わり、男はつんのめってしまう。反撃のチャンスと捉えたリオは、素早く相手に近付いていき、膝を踏みつけ飛び上がった。
「食らえ! くーちゃん直伝の必殺技……閃光魔術!」
「ぐああっ!」
間髪入れず、リオは貴族の男の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。ヤウリナへの旅の途中、クイナが気紛れに教えてくれた技を実践したのである。
男の顔を蹴った反動で後ろへ飛び、リオは着地する。それと同時に、二つの飛刃の盾を連続で投げつけさらに傷を負わせ体力を奪う。
「食らえ! ダブルシールドブーメラン!」
「ぐがっ……。くっ、まさかこんなことになるなど……」
致命傷を負った男は、片膝を突きながらそう呟く。警邏の者たちを買収し、無防備なハマヤを襲って連れ去りダーネシアの部下に引き渡す。
たったそれだけの、簡単な仕事のはずだった。だが、その目論見はもはや崩れた。今はただ、どうやってリオから逃げ延び、生き残るかを必死に考える。
(くっ、どうする? どうすれば奴から逃げ切れる? いや、そもそも逃げることが出来るのか!? 先ほどの面妖な技を使われては……)
そんなことを考えているうちに、リオがゆっくりと接近してくる。瞳の奥に宿した炎のような激しい怒りと、氷のような冷たい殺意を感じ取り、男は悟った。
リオから逃げ切ることは不可能だ、と。
「う、あ……」
「抵抗はしなくていいのかな? 何もしないならこのまま終わらせちゃうけど」
「ヒッ……! う、うわああ~!!」
冷徹な笑みを浮かべるリオを見た男は、半狂乱になりながら刀を滅茶苦茶に振り回し始める。リオは冷静に刃の動きを見極め、必要最低限の動きでかわす。
ある程度攻撃を避けた後、左手で刀の刀身を掴み握り砕いた。貴族の男を見下ろしながら、リオは静かに告げる。
「さあて、話してもらおうかな。君たちの計画をぜーんぶ。嫌だって言ってもダメだよ? 絶対に聞き出すから」
「い……言う! 全部話す! だから命だけは助けてぇぇぇ!!」
完全に心が折れた男は、計画について洗いざらい全てをリオに話した。ハマヤを拐い、ダーネシアの配下である五行鬼に引き渡す予定だったこと。
その後、ヤウリナの各地にある結界塔を破壊してテンキョウの地下深くに封印された大魔公を復活させ、国を乗っ取るつもりであったこと。
全てを聞いたリオは、ゾッとするほど爽やかな笑顔を浮かべながら、男にこう問いかけた。
「……なるほどね。ところで、右と左、どっちがいい?」
「え……じ、じゃあ右……へぶっ!」
質問の意図が分からず、困惑しながら答えた男の顔面に、リオの鉄拳が叩き込まれた。ブチ込まれたのは、男が答えた通り右手であった。
「あ、へが、ひゃがぁ……」
「これは、ハマヤくんを裏切ったお前への罰だ。他の仲間も、すぐに罰を与えてやる。これ以上の裁きは、ハマヤくんから受けるんだね」
顎を粉砕され、まともに言葉を話すことが出来なくなった男にそう言い放ち、リオは氷の縄を作り出して縛りあげる。縄を掴んでひきずり、適当な一室に放り込む。
男が気絶したのを見届けたリオは、再び界門の盾を作り出して奥の間に帰っていった。その一部始終を、中庭の隅から見ている者たちがいた。
本来やるべき政務をほっぽり出して蹴鞠に興じていた、四人の腐敗貴族たちである。突如として現れたリオたちに驚き、中庭の隅に逃げたまではよかったものの、腰が抜けてしまったのだ。
「の……のう、い、今のを見たか?」
「見たわ見たわ。見ずにおられるか! あのおのこ、一体なゆなのじゃ!? 鬼神か、鬼神が現れおったのか!?」
「いや、鬼神ではない。過去の怨霊じゃ! まろたちがミカドをないがしろにするから、とうとう化けて出てきたのじゃぁ!」
最初は恐怖におののいていた貴族たちだったが、次第に冷静さを取り戻すと同時に、ミカドそっくりの少年の正体について激論を交わし始める。
地上に降臨した鬼神だの、昔のミカドの怨霊だのと好き勝手言っていたが、一人の腐敗貴族がポツリと呟きを漏らす。
「のう……もしこのまま、まろたちがミカドをないがしろにして遊び呆けていたら……今度は、あの鬼神の怒りの矛先がまろたちに向くのではないか?」
「ヒッ! そ、それは勘弁におじゃる!!」
四人は謀反を企てた男の末路を思い出し、ブワッと鳥肌を立たせる。顎を破壊され、宮の一室で糞尿を垂れ流しながら気絶している男を見た四人は、心を改めた。
「そちら、まろは決めたぞ! これからは貴族としての責務を真っ当する! ミカドにも逆らわん! あのような目に合うのだけは、絶対にごめんじゃ!」
「まろも!」
「わしも!」
結果的かつ間接的にではあるが、リオの行動は一部の腐敗貴族を改心させたようだ。四人は宮を飛び出し、自分たちの屋敷へ帰っていく。
きっかけはどうあれ、心を改めた彼らは決めたのだ。ミカドのために、この国を覆そうと企む者たちの正体を暴こうと。
◇――――――――――――――――――◇
「いやあ、楽しかったのう! 土産もこんなに買えたぞ! ほんに良き日であった!」
「そ、そうか……。そりゃあよかったよ……」
夕方、都で心ゆくまで遊んだハマヤは、タマモへのたくさんの土産を抱え満足そうに帰路についていた。一方、一日中ハマヤに振り回されっぱなしだったカレンたちは力尽きてしまったようだ。
「……子どもは元気が一番、って言うけどさ。この子はちょっと元気過ぎるね。魔神のスタミナを上回るなんてとんでもないよ」
「拙者もそう思うー。というか、あんな重い鎧着てて疲れないのかな……?」
うきうき気分のハマヤを見ながら、ダンスレイルとクイナは小さな声でヒソヒソ話をする。たった一日でげっそりしてしまった三人だったが、無事役目を終えられて安堵していた。
……宮に戻り、リオとタマモから謀反の知らせを受けるまでは。
「はぁー……ってことはなんだ。その反逆者どもがまだいたってことかよ?」
「うむ。どうやら、十年前の騒乱を上手いこと逃げおおせた残党どもがおったらしい。そやつらが今回の黒幕と見て間違いあるまいよ」
タマモから話を聞かされたカレンは、そう呟く。幸い、今回はリオとハマヤが入れ替わっていたことで難を逃れたが、次はそうはいかないだろう。
「坊よ。こうなれば一旦宮を離れるしかあるまい」
「離れる? タマモよ、忘れたか。朕にはここ以外に行くあてはない。この宮だけが……朕に残された、ただ一つの居場所。そちとこの宮しか……朕の、味方はおらん」
寂しそうにそう言うハマヤに、リオはこころを締め付けられるような感覚を覚える。その時、クイナがパンと手を叩きながら声を上げた。
「いーや、まだハマちんの味方はいるよ。リオくんもそうだし、拙者たちだってそうだしね」
「うん、そうだよ! ハマヤくんの味方はたくさんいる! 行く場所がないなら、僕の家に匿ってあげるよ!」
リオは界門の盾を使い、アーティメル帝国にある自分の屋敷にハマヤを匿うことを思い付く。とはいえ、その作戦を実行するためにはハマヤを連れてテンキョウを脱出しなければならない。
反逆者たちがどこに潜んでいるか分からない以上、かなり危険な作戦である。が、このまま宮に留まり、いつ襲われるか分からない生活をするよりはだいぶマシではある。
「……リオよ。ありがとう。おかけで元気が出た。そうじゃ、朕はくじけてはおられぬ。今日はもう遅い。明日、テンキョウを脱出しよう」
ハマヤの言葉に、リオたちは頷く。決死の脱出作戦が、始まろうとしていた。
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