第2章―不壊の盾と断滅なる斧

31話―新たなる旅、新たなる敵

 ザシュロームとの戦いから十日が経過した。その間、リオたちはアーティメル帝国の各地に潜伏する残党勢力を駆逐し、帝国に平和をもたらしていった。


 帝国内に潜んでいたザシュロームの配下を全て打ち倒したリオたちは、新たな旅に向けて支度を整えていた。帝国の外にある国々も、魔王軍に侵攻されているのだ。


「……これでよし、と。忘れ物はないね」


 屋敷にある自身の部屋でリオは一人、旅の準備を行う。宿敵ザシュロームを倒した後も、彼は自らに課した使命を遂行しようと日夜戦いに身を投じている。


 今回、アーティメル帝国の南に隣接する同盟国『森の国』ユグラシャード王国へ向かう予定を立てていた。魔王軍の最高幹部の一人が、ユグラシャードへ侵攻を始めたからだ。


「リオ、準備出来たか? こっちはもう万端だぜ。アタイは先に行ってるぞ」


「うん、今準備が終わったよ、カレンお姉ちゃん。すぐ下に行くね」


 部屋に顔を覗かせたカレンに答えた後、リオは無限に物を収納出来る魔法のポーチを腰に身に付け自室を出る。一階に降りると、セバスチャンが待っていた。


「おはようございます、ご主人様。馬車の用意は整っています。すぐにでもユグラシャード王国へ出発出来ますよ」


「ありがとう、セバスチャン。僕たちが戻るまで、お屋敷のことよろしくね」


「はい。全て私やエルミルたちにお任せください。道中、無事をお祈りしています」


 そう口にし、セバスチャンは深々と頭を下げる。リオは屋敷の外に出てカレンたちのもとへ向かう。屋敷の前には立派な馬車が待機しており、御者席にはアイージャが座っていた。


「来たか、リオ。妾たちはもう準備を済ませた。カレンも中にいる。いつでも出発出来るぞ?」


「ありがとう、ねえ様。それじゃ、出発しよっか」


 旅が快適かつ安全なものになるよう、皇帝アミル四世がドワーフたちにオーダーメイドで造らせた馬車の中に入ろうとするリオだが、アイージャに止められる。


 長いしっぽに身体を絡め取られ、御者席の空いていたスペースに座らされる。小柄なリオは空きスペースにすっぽりと収まり、アイージャの隣に座る形になった。


「これでよし。さ、出発するとしようか」


「おい待て! 何しれっとリオを御者席に座らせてんだ! 自分だけイチャコラしようだなんてズルいぞ!」


「では、出発するぞー」


 馬車の前面についている小窓が開き、カレンが顔を覗かせながら抗議の声を上げる。それをアイージャは無視し、馬車を走らせ始めた。


 リオはリオで、初めて乗る馬車に興奮しカレンの言葉が届いていない。むっと頬を膨らませ、カレンは抗議を続ける。一行を乗せた馬車は、南へと進んでいった。



◇――――――――――――――――――◇



「……やれやれ。こっちは牙の魔神の封じられてる神殿の攻略に手一杯だってのに、呼び出しとは面倒だねえ」


 一方、魔王グランザームの住まう城では、呼び出しを受けた魔王軍最高幹部――六将軍たちが集結し始めていた。長い回廊を、一人の青年が歩く。


 右半身を氷を思わせる青色、左半身を炎を想起させる赤色に塗り分けた鎧を身に付けた青年は、回廊の終わりにある大扉を開け中に踏み入る。


「……お前が二番目か、『氷炎将軍』グレイガ。忙しいだろうにたいしたものだな」


「よう、『千獣戦鬼』ダーネシアのおっさん。元気そうでなによりだぜ」


 青年――グレイガは、全身に古傷のついた虎の獣人の巨漢、ダーネシアに気さくに声をかける。部屋の中央にある円卓に備え付けられた椅子の一つに、グレイガが座る。


「しっかし、来るのがはええなあおっさんは。他の連中も見習ってほしいもんだぜ」


「そう言うな。皆お前のように手早く地上の国を滅ぼせるわけじゃない。それに、もう一人来ているぞ」


 うなじを撫でながら、ダーネシアはそう口にする。次の瞬間、どこからともなく純白の鎧を纏った騎士が現れ、空いていた椅子に腰掛けた。


「おっ、三番目はお前か。『死騎鎧魔』ガルトロス」


「……間に合ったか。グレイガまで召集されるとは……魔王様はよほど何かを我らに伝えたいらしい」


 ガルトロスと呼ばれた騎士は、頭を覆うフルフェイスの兜を脱ぐことなくポツリと呟く。その呟きに、ダーネシアも首を傾げる。


「確かにな。オレたちならともかく、魔神の復活に着手しているグレイガまで呼ばれるとはよほどの事だ。それだけ重要なこととは……何であろうな」


「さあな。なんであろうと、手短に終わらせてほし……お、他の奴らも来たぜ」


 三人が話していると、扉が開かれ二人の人物が入ってきた。一人は全身をすっぽりと覆う赤いマントを身に付けた男で、額には竜をかたどった紋章がついたハチガネをつけている。


 もう一人は、ゆったりとした黄色いローブを身に付け、長い銀色の髪をツインテールにした幼女であった。己の身長を越える長い杖をつきながら、部屋を歩いてくる。


「ホッホッ、少し遅れたようじゃのう。まあ、間に合うたからよしとしようかの、『天竜輝将』オルグラムよ」


「そうだな、『妖魔参謀』キルデガルドよ。……む? まだザシュロームが来ていないようだな。奴が遅参するとは珍しい」


 五人全員が席についた後、最後に残った空席を見ながらオルグラムが呟く。その時だった。円卓の中央に煙が集い、人の姿をとり始める。


 彼らが主と崇める魔王、グランザームが姿を現したのだ。


『全員集まったようだな。これより、臨時会議を始める』


「お待ちください、グランザーム陛下。まだザシュロームが……」


『奴なら死んだ』


 ダーネシアの言葉を、グランザームは切って捨てた。魔王の口から放たれた言葉に、五将軍たちは雷に撃たれたかのように固まってしまう。


「んなっ!? あのザシュロームがやられた!? 魔王様、それは一体どういう……」


『そのままの意味だ。ザシュロームは新たなる盾の魔神、リオ・アイギストスの手によって討たれたのだよ』


 グレイガの言葉を遮り、グランザームはそう口にした。煙がうごめき、リオそっくりの姿へ変わり幹部たちに宿敵の姿を見せつける。


『……かの者は日々力を強めている。グレイガ、お前が神殿の攻略にてこずっているのもその影響だ。さらに悪いことに、盾の魔神につられる形で斧の魔神もよみがえろうとしている』


「……そうなれば、最悪一気に二人の魔神を敵に回すことになりますね」


 ガルトロスの呟きに、部屋の中は静まり返る。牙の魔神を手中に収めていない状況で斧の魔神がよみがえり、あまつさえリオの味方になれば、魔王軍は一気に劣勢に陥ってしまうだろう。


 五人全員が内心そう危惧していると、煙が再びグランザームのものへと形を変えた。グランザームはキルデガルドを指差し、勅命を与えた。


『キルデガルドよ。盾の魔神はお前が侵略を担当しているユグラシャードへ向かっている。全力を以て盾の魔神を叩き潰せ。そして……斧の魔神がよみがえり、敵になった暁には……斧の魔神も抹殺するのだ』


「ハッ。この『妖魔参謀』キルデガルド、必ずやグランザーム様のご期待に応えてみせましょう」


 魔王からの勅命を受けたキルデガルドは、椅子から立ち上がり深々と頭を下げる。それを見たグランザームは頷き、配下たちに解散を告げた。


『……これにて臨時会議を終了する。各々が担当する国の侵攻に戻るがいい。くれぐれも……ザシュロームの二の舞にはなるな』


 そう言い残し、グランザームを形造っていた煙は消えた。それと同時に、キルデガルド以外の四人も瞬時に部屋の中から消え去っていった。


 一人残ったキルデガルドは、その幼い身体に見合わない残虐な笑みを浮かべる。心の底から愉快そうに笑いながら、杖をつき歩き出す。


「フッハハハハハハ! 盾の魔神か……実に面白い! わしの知略を以て必ず打ち滅ぼしてやろう! 楽しみじゃのう……あの子どもは、どんな苦痛の顔をしてくれるじゃろうかのう?」


 ローブの中から僅かに死臭を漂わせながら、キルデガルドは魔王の城を去っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「……へっくしょん! うー、風邪でもひいちゃったかな? それとも、誰か噂でもしてたりして」


「噂か? ふふ、そうだな。リオは有名人だからな、どこかで誰かが称賛しているかもしれないぞ?」


 その頃、帝国南の国境を目指していたリオは大きなくしゃみをしていた。まだ彼らは知らない。魔王軍第二の刺客が、自分たちの命を狙い動き始めたことを。

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