84話―落ちる海とマルッテ島の悲劇
クイナたちが快進撃をしている頃、リオたちは次なる目的地ユータム島の近海にある無人島に到着していた。マルッテ島の時を同じように、結界をこじ開け侵入しようとするが……。
「ダメだな、見張りの数が多すぎる。あれでは結界に近付く前に火だるまにされてしまうだろうな」
「そうだね。うーん、どうやって結界に近付こうか……」
アイージャの呟き通り、結界の周りをワイバーンに跨がった魔族の兵士たちか巡回していた。なんの策もなく突撃すれば、炎のブレスの集中放火を食らうだろう。
何とかして魔族兵たちを蹴散らし、結界に近付こうと考えを巡らせていたリオは、ふととあるアイデアを思い付く。アイージャたちを手招きし、小声で伝える。
「ねえねえ、こんなの考えたんだけどどうかな? ごにょごにょ……」
「ふんふん、なるほど。なかなか面白いね。でも、そんなことして魔力は大丈夫なのかい? 肝心な時にすっからかんになったら目も当てられないよ?」
リオの考えた作戦を聞き、ダンスレイルは一定の理解を示しつつも魔力を使いきってしまわないか心配する。そんな彼女に、リオはガントレットを撫でながら答えた。
「大丈夫だよ。この籠手から、力が湧いてくるんだ。今なら、どれだけ魔力を使っても大丈夫!」
「と、言っているぞ姉上。他にいい案も浮かばぬことだし、ここはリオの作戦に賭けてみようではないか」
「……そうだね。ま、私としてもリオの作戦を見てみたいしいいかな」
アイージャとダンスレイルはリオの言葉を聞き、作戦決行を認める。リオは深呼吸をして肺に空気を貯めた後、鎧を脱いで海の中に飛び込んだ。
結界の真上に横に倒した巨大な界門の盾を呼び出した後、今度は自分の足元、海底にピッタリくっつけるようにもう一つの盾を作り出す。そして、二つの盾を開いた。
「む、開いたな。姉上、もう始まるぞ」
「そうだね。それにしても、リオくんも大胆な作戦思い付くよねぇ。大量の海水を浴びせて、魔族たちを押し流そうなんて」
二人は結界の上に降り注ぐ大量の海水を見ながらそう呟く。荘厳な瀑布の如く落ちていく海水に、二人は惚れ惚れしながら見学していた。
一方、魔族兵たちはそんな呑気なことは言っていられず、突如頭上から降り注いできた大量の海水に押し流され、海に落とされていく。
「な、なんだ!? いきな……うわあああ!!」
「全員逃げろ! 結界に叩き付けられたら洒落になら……ぎゃあああ!」
そのまま海に直接落ちるのはまだいいほうで、運の悪い者たちは結界に叩き付けられ絶命してしまう。しばらくの間海水が落ち続け、魔族兵が全滅した。
それを確認したアイージャは、海中にいるリオに手鏡で光の合図を送る。水面に反射する光を見たリオは界門の盾を消し、浮上して息を吸い込む。
「圧巻だったぞ、リオ。本当に、リオは妾たちでは思い付かぬ奇抜な策を考え付くものだ。かつての魔神として鼻が高いぞ」
「えへへ。ありがとう、ねえ様」
アイージャに誉められたリオは嬉しそうにへにゃりと笑ったあと、ぷるぷる身体を震わせて海水を吹き飛ばす。鎧を着たリオは仲間を連れユータム島へ向かう。
今度はアイージャが結界に穴を開け、首尾よく侵入を果たす。マルッテ島斗は違い、人の気配が多数することにリオたちは安心感を覚え胸を撫で下ろした。
結局、マルッテ島の人々が消えた理由を解き明かすことが出来なかったからだ。
「ふむ、この島には特にクリスタルを隠しておけるような建物もないようだからな……別れて探すか? リオよ」
「どうしよっか。あんまり離れ過ぎても合流が大変だし……この島、一番大きいから」
アイージャとリオの言う通り、ユータム島はライウス島やマルッテ島と違い、クリスタルを隠しておけるような大きな建物や有名な建造物がなかった。
それだけでなく、ロモロノス四島の中で最大の大きさを誇っているため、手分けして探しても丸一日はかかってしまう。悩んでいる彼らに、声がかけられる。
「あっ!? あんたら、こんなとこで何やってんだ! 早くこっちに来い! 魔族たちに見つかったら大変だ!」
「え? え? な、なに?」
突如、近くの林にあった茂みの中から男の顔が覗いた。男に腕を引っ張られ、リオは驚いている間に茂みの中に引きずり込まれてしまう。
気が付くと、リオは広い部屋の中にいた。部屋の中には島の住民と思わしき人々がおり、不安そうにリオを見ている。続いて部屋の中に現れたアイージャは、困惑してしまった。
「なんだ、この状況は? 何故妾たちはこんなところにいる?」
「それは私が説明しましょう」
困惑するリオたちに、彼らをこの部屋に連れてきた男が声を賭ける。よく見ると、男はフラスコの絵が描かれた緋色のローブを着ており、錬金術師であることを匂わせていた。
「まずは名を名乗りましょう。私はラルゴ。この島に住む錬金術師です」
「ふむ。で、その錬金術師が何故妾たちをここへ?」
「……少し長くなりますが、お話します。数日前、島が結界に覆われ外界と遮断されてしまいました。私は島民の不安を和らげるために、なんとか結界を消そうとしたのですが……」
そこまで言うと、ラルゴは顔をしかめる。何か思い出したくない出来事でもあったのだろう、その顔には恐怖の色が僅かに滲んでいた。
「……その時、見てしまったんです。魔族の兵隊が、結界をすり抜けてマルッテ島の住民を連れて現れたのを。私は物陰から何が起こるのかを見ていましたが……彼らは、おぞましいことを始めたのです」
「……一体、何が起きたの?」
リオが静かに問うと、ラルゴは答える。顔は蒼白になり、拳は恐怖で震えていた。ところどころつっかえながら、彼は自分が見たことを話して聞かせる。
「魔族たちは懐から取り出した小瓶の蓋を開けて、中の液体を島民たちに振りかけたんです。島民たちは悶え苦しみながら一人、また一人と倒れ、屍に……」
「そんな酷いことを……」
「いえ、まだ続きがあるのです。身体がすくんで動けなかった私は、見てしまいました。物言わぬ屍が動き出し、魔族たちと共にどこかに行くのを」
ラルゴの言葉に、リオたちは顔を見合わせる。彼が見たものにリオたちも見覚えがあった。魔王軍幹部の一人、キルデガルドが操る屍兵に特徴がソックリだったのだ。
「……私はユータム島の住民たちが同じ目に合わないよう、空間拡張の魔法をかけた我が家に匿いました。幸い、我が家は町から離れた場所にあるので魔族の手から逃れることは出来ました。しかし、食料が足りずあと数日もつかどうか……」
「僕たちが思ってたより、ずっと深刻な事態になってるみたい。ラルゴさん、僕たちに任せて。魔族たちをやっつけて、この島を解放するから!」
リオの言葉に、ラルゴだけでなくユータム島の住民たちも驚きをあらわにする。これまでのリオたちの活躍を知らないのだから、無理もない。
「ほ、本当かい? 本当にこの島を解放してくれるのかい?」
「任せておいてよ! 僕たち、もうライウス島とマルッテ島を解放したんだから! ね、ねえ様?」
「ああ。だからこそ、妾たちはこの島に来た。安心するがよい。なにせ、リオはアーティメル帝国の英雄なのだからな」
アイージャの言葉に、ラルゴたちは沸き立つ。救世主の到来に喜んでいたその時、リオは怪しい気配を察知する。目張りされた窓の隙間から外を覗き、気配の元を探る。
「ど、どうされました?」
「ラルゴさん。多分、僕たち見つかったかも。外に魔族たちがいる」
茂みを通してリオたちをラルゴの家に転移させたところを見られていたらしく、武装した魔族たちと、元マルッテ島の住民だった屍兵たちが包囲していた。
「フン、目眩ましの魔法で我らを欺いていたとは。だが、それももう終わりだ! おとなしく降伏しろ! さもなくば、家ごと貴様らを木っ端微塵にするぞ!」
隊長らしき男は、大声で降伏するよう呼び掛ける。彼の傍らには、車輪のついた大きな投石機が鎮座していた。ラルゴたちが姿を現さなければ、岩を投てきするつもりだろう。
「な、なんて数だ……魔族だけで軽く三十人はいるぞ。屍も含めれば、五十はくだらない……」
「なんだ、その程度かい? なら、私たち三人で余裕だね。そうだろう? リオくん」
「うん。待っててねラルゴさん。ちゃっちゃと片付けてくるから。……屍兵にされちゃった人たち、元に戻せればいいんだけどなぁ」
そう呟いた後、リオは両腕に飛刃の盾を装着し家を出る。魔族狩りの時間が、訪れようとしていた。
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