193話―入れ替わっておおはしゃぎ?
「おおおおお……!! 都にはこんな面白いものが溢れておるとは……! 楽しいのう、楽しいのう!」
「待て待て待て! 一人で勝手に行くんじゃねえ!」
カレンたちを連れて都に出たハマヤは、とんでもなく興奮していた。何しろ、生まれてから一度も宮を出たことがないのだ。テンキョウの全てが、彼の好奇心を刺激する。
目を輝かせながら大通りを飛ぶように走っていくハマヤを、カレンたちは必死に追いかける。慣れない鎧を着ているのにも関わらず、猛スピードで走るハマヤになかなか追い付けない。
「あーもう、何であいつあんな速いんだ!? アタイらが追い付けないってよっぽどだぞ!?」
「しょうがない。私は空から追う。挟み撃ちにしよう」
「じゃ、拙者は裏通りに行けないようにするね」
あちこち見て歩くうちにテンションが上がって暴走を始めたハマヤを捕まえるべく、カレンたちは奔走する羽目になってしまったのである。
ダンスレイルは翼を広げ、空から先回りしてハマヤを追い込むため飛び立つ。クイナは家屋の屋根にかけ登り、水の壁を作り出して脇道を塞ぎハマヤの進路を固定する。
「ったく、あのわんぱく坊主め。テンキョウだって全部安全ってわけじゃねえんだぞ。ゴロツキどもになんかされたら、アタイらの首が飛ぶっつーのに……」
ぼやきながらも、カレンは大通りを走る。しばらくして、ハマヤを無事捕まえたダンスレイルと合流することが出来た。ぷくーっと頬を膨らませ、ハマヤは不貞腐れていた。
「酷いではないか。人の首根っこを掴むのは」
「なーに言ってんだか。楽しくなっちまうのは分かるけど、あんな走り回るのは勘弁しろよ?」
ようやく大人しくなったハマヤを連れ、カレンたちはテンキョウ観光を再開する。劇場に興味を持ったハマヤにねだられ、一行は能楽観賞をすることになった。
初めて見る能楽に興奮するハマヤを宥めつつ、カレンは宮でミカドのふりをしているリオのことを考える。果たして、バレることなく無事乗りきれるのか、と。
(こっちはこっちで大変だけど、リオはどうしてるやら。何事もなきゃあいいんだけどなぁ)
そんなカレンの不安は的中し、リオはリオで別の意味で危機に直面していた。入れ替わりをした日に限って、ミカドへの来客が次から次へと押し寄せてきたのである。
「う、うむ。久方ぶりに話が出来て朕は満足であった。下がってよいぞー」
「はい。では、わたくしめはこれで」
本日六人目の客の相手を終え、リオは溶けたスライムのようにへなへなと崩れ落ちてしまう。慣れないヤウリナ言葉や着物の感触に、ガリガリと精神力をそぎ落とされるのを感じていた。
ふにゃーっと伸びてしまっているリオに、タマモは申し訳なさそうに手を合わせ、頭をペコペコ下げる。彼女としても、ここまでアポ無しの来客が来るのは予想外だったのだ。
「済まぬのう、リオよ。もう今日は客を全て断るでな、これからはゆっくり休めよう」
「よかったぁ……。もうへろへろだよ……」
座椅子にへばりつきながら、リオは安堵の息を漏らす。地方の有力貴族や大商人、武家の当主……次々と現れる
タマモは神威の間の入り口にいる衛兵に誰も通すなと厳命した後、リオと一緒に奥の間へ引っ込む。菓子商人から取り寄せた高級茶菓子を取り出し、一服を始める。
「羊羮にカステラ、饅頭にどら焼き……好きなだけ菓子を食べてくりゃれ。これくらいしか坊のわがままを聞いてくれた礼が出来ぬでな」
「わあ、美味しそう……。いただきまーす」
タマモに熱い緑茶を淹れてもらいつつ、リオはヤウリナの菓子を堪能する。西方で流通しているチョコレートやキャンディとはまた違う、独特の甘味に顔がとろけてしまう。
「美味しいなぁ。手が止まらないや」
「ほっほ、そうかえそうかえ。まだたんとあるでな、好きなだけ食べるがよい」
お茶のおかわりを淹れながら、タマモはそう声をかける。慣れない仕事を強いられているリオを少しでも労おうと、たくさんのお菓子を取り出す。
「それにしても、初めてにしてはなかなかサマになっておったのう。ちと棒読みなところはあるがの」
「えへへ、ありがとう。でも、ハマヤくんは凄いなぁ。お客さんの相手だけじゃなくて、いろいろ他にもやってるみたいだし」
来客の相手をする合間に、リオは本来ハマヤが行っている
あまりにもちんぷんかんぷん過ぎて全く手をつけられず、結果としてタマモを脇で見ているだけで終わったが。
「ほほほ、坊はああ見えてやり手じゃからの。まあ、まだまだわっちの補佐が必要ではあるがのぅ」
「……そういえば、ハマヤくんのお父さんやお母さんはいないんですか?」
ふと疑問を抱き、リオはタマモに問いかける。これまで、ハマヤ以外のミカドの一族を誰も見ていないことが気になったのだ。
リオの問いかけを受け、タマモは複雑な表情を浮かべる。まずいことを聞いてしまったとリオは直感で理解するが、タマモは話を続ける。
「よい、聞いておくれ。よい機会じゃ、坊のことを知っておいてもらいたい。あの子はな……ヤウリナ王家の最後の生き残りなのじゃよ」
「え……」
タマモの言葉に、リオは絶句する。まさか、ハマヤが天涯孤独の身であるなどとは想像だにしていなかったからだ。そんなリオに、タマモはハマヤの身の上を聞かせる。
「今から十年前……坊が二歳の時のことじゃ。当時のミカド……坊の父に、とある貴族が反旗をひるがえした。腐敗しきった政治を改革しようとしたミカドを、排除するためにの」
「そんな、酷い……」
「その貴族は、決して行ってはならぬことをした。宮の中で、禁忌とされた召喚の儀式を行い、魔族……いや、こう呼ぶべきか。とある闇の眷属を呼び出した。大魔公と呼ばれる、強大な闇の存在を」
そう語るタマモの目には、悲しみと怒りが渦巻いていた。ハマヤから全てを奪ったおぞましい出来事を思い返しているのだ。拳を握り、話を続ける。
「その大魔公は、あまりにも強大じゃった。呼び出した貴族を含め、宮の中にいた者たちをほぼ全員虐殺したのじゃよ。……一足先に脱出した、わっちと坊を除いてな」
「……酷い、話ですね……」
「愚かなものよ。闇の眷属にとって、わっちら大地の民は仇敵も同然。御することなど出来るわけもないのにな。テンキョウの民も、大勢が死んだわ」
そう語るタマモに、リオは恐る恐る問いかける。その大魔公はどうなったのか、と。その問いに、タマモは答えた。テンキョウの地下深くに封印したのだ、と。
「何人もの呪術師を動員して、ようやく封じることが出来たわ。長い戦いじゃった。……このテンキョウを覆う結界はな、その大魔公を封印する役割も兼ねているのよ」
「そうだ。その封印は、我々が解くつもりだがな」
その時だった。奥の間の入り口から、聞き慣れない男の声が響く。リオとタマモが振り向くと、そこには刀を携えた一人の貴族が立っていた。
生気のない土気色の肌をした男に、リオは嫌な気配を感じ無意識に敵意を向ける。この男はただ者ではない。そう感じたのはタマモも同じようで、耳としっぽを逆立てていた。
「……何者じゃ。警邏の者がおったはずだが、どうやってここに入ってきた?」
「あっさり通してくれたよ。袖の下を握らせて、な。ま、そんなことはどうでもいい。ミカドよ。私と共に来てもらおう」
男はアッサリとした口調でそう答えると、リオに刀の切っ先を向ける。そんな男に、リオは静かに問いかける。嫌だと言えばどうする、と。
「決まっておろう。無理矢理にでも連れていく。魔族たちに身柄を引き渡し、この地に封印されている大魔公を復活させるのだ」
「どうしてそんなことをする? お前たちだってただじゃ済まないんでしょ?」
「いいや、ただで済まぬのは我ら以外だ。いい具合に腐って居心地のいいこの国を改革しようなど、困るのだよ。だから……この国を闇の眷属に売り渡す。彼らの庇護の元、我らはさらに繁栄するのだ!」
あまりにも身勝手なことを並べ立てる男に、リオの堪忍袋の緒が切れた。動きを阻害する烏帽子と紋付き袴を脱ぎ捨て、下着姿になったリオは冷たい声を出す。
「……そう。分かったよ。ハマヤくんからこの国をも奪うつもりなら……容赦なく潰してやる」
「……!? 貴様、ミカドではないのか!? くっ、まあいい。二人とも生け捕りにしてミカドの居場所を吐かせてやる!」
「やってみなよ。言っておくけど……怒ってる時の僕に、情けなんてないから」
そう言い放つリオの瞳は、怒りに満ち溢れていた。
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