48話―悪竜、討伐完了!

 上空に舞台を移し、リオたちとフレアドラゴンの戦いは第二ラウンドへ突入する。空中で睨み合っていた両者のうち、最初に動いたのはフレアドラゴンだった。


「ガルアアア!!」


「来るよ! エリザベートさん、しっかりしっぽに掴まっててね!」


「は、はい!」


 己の胴に巻き付けられたしっぽを掴み、エリザベートは衝撃に備える。口を大きく開け、鋭い牙で噛み砕かんと迫り来るフレアドラゴンを避け、リオは相手の上をとる。


 勢いよく腕を振りかぶり、フレアドラゴンの背中目掛けて飛刃の盾を投げ付ける。それを察知した竜は翼を羽ばたかせ、猛スピードで前進することで攻撃から逃れた。


 フレアドラゴンはお返しだとばかりに急上昇し、リオ目掛けて体当たりを繰り出す。リオは不壊の盾を構えて攻撃を受け止めるも、空中では踏ん張れず弾き飛ばされてしまう。


「ガルアッ!」


「師匠、来ますわ!」


 吹き飛ばされたリオが体勢を立て直している間に、フレアドラゴンは追撃の火球ブレスを口から発射する。エリザベートがリオに向かって叫ぶと、盾の魔神の本気の戦いが始まった。


「大丈夫! 出でよ、界門の盾!」


「こ、この技は……!?」


 リオの目の前に青色のタワーシールドが出現し、扉のようにパカッと開き火球を吸い込んでしまった。それを見たエリザベートだけでなく、フレアドラゴンも目を見開く。


 何が起きたのか理解出来ず呆然としているフレアドラゴンの背後に、リオはこっそりもう一つの界門の盾を作り出す。もう一つの盾が開かれ、中から火球が飛び出してきた。


「ガルッ!? グルアア!」


「す、凄いですわ……火球を逆にフレアドラゴンにぶつけるなんて……」


 自らの放った火球を返され、業火に焼かれるフレアドラゴンを見ながらエリザベートは思わず呟く。リオの柔軟な戦術に、彼女は感心していたのだ。


 もし自分にリオと同じ能力があったとしても、この状況では火球を防ぐことしか考えず、こうやって跳ね返す発想には至らないだろう。


 そう考え、改めて彼女は思う。リオに師事して本当によかった、と。冒険者として、リオから多くのことを学べることを密かに喜んでいた。


「グルウウゥ……」


「結構弱ってきたね。エリザベートさん、そろそろトドメを刺すよ」


「はい! わたくしもささやかながら助力致しますわ!」


 エリザベートは腰から下げたレイピアを抜き、リオの言葉に答える。尻尾を両断され、全身を炎で焼かれたフレアドラゴンは力を振り絞り、一矢報いるべく突撃する。


 リオはフレアドラゴンの突進を避け、今度は相手の下に回り込む。硬い鱗に覆われた背中ではなく、竜鱗がない柔らかい腹に狙いを定めたのだ。


「食らえ! アッパーシールドブーメラン!」


「グルッ……」


 飛来する盾に気付き回避しようとするフレアドラゴンだったが、先ほどのダメージが抜けきっておらず反応が遅れてしまう。結果、攻撃を避けられず腹に飛刃の盾が突き刺さった。


「グギアアアッ!!」


「刺さった! エリザベートさん、トドメを刺すよ! せーの……」


「はい! ええええい!」


 腹に刺さった盾を引き抜こうともがくフレアドラゴンに向かって、リオはフレイルのようにしっぽを投げる。当然、しっぽに掴まっているエリザベートも一緒だ。


 エリザベートは片手でしっぽを、もう片方の手でレイピアを握り、相手を見つめる。狙いは、腹に突き刺さった盾。


「これで終わりですわ! はあっ!」


「ギッ……グガアアアアッ!!」


 フレアドラゴンにトドメを刺すべく、エリザベートは盾に向かって斬撃を放つ。その衝撃で盾はより深くドラゴンの体内に突き刺さり、致命的な傷を与える。


 攻撃を加えた後、エリザベートはフレアドラゴンの腹を蹴って離脱しようとするも、そう簡単にはいかなかった。フレアドラゴンは最後の力を振り絞り、エリザベートを鷲掴みにした。


「きゃあっ! は、離してくださいまし!」


「ガル……グラアアッ!」


 脱出しようともがくエリザベートに向かって炎のブレスを吐きつけようと、フレアドラゴンは口の中に炎をチャージする。それを見たリオは、もう一つ飛刃の盾を作り出す。


「エリザベートさん、今助けるよ! シールドブーメラン!」


 エリザベートを救うべく、リオは渾身の力を込めて飛刃の盾を投げ付ける。狙いは、フレアドラゴンの長い首。放たれた盾は魔神の剛力により、竜の首を容易く切断してみせた。


「グガッ……」


「きゃあああっ!」


 ついにトドメを刺されたフレアドラゴンの身体から力が抜け、鷲掴みにされていたエリザベートが解放される。フレアドラゴンの身体と頭が地上に落ちると同時に、火の海が消えた。


 ブスブスと煙を上げる焦げた大地の上に落ち横たわる炎の竜の亡骸を見下ろし、リオとエリザベートは勝利を喜ぶ。リオにとって、文句なしの大金星だった。


「やったね、エリザベートさん! フレアドラゴンをやっつけたよ!」


「ええ、本当によかったですわ。それより……師匠、いい加減わたくしをさんつけで呼ぶのはやめてくださいまし。弟子をさんつけで呼ぶのは締まりがよくありませんわ。これからは愛称で読んでくださいませ」


 土を焦がす熱が冷めるのを待って着陸した後、エリザベートは頬を膨らませながらリオにそう言う。リオはしばらく考えた後、彼女に相応しい愛称を閃いたようだ。


「分かった! じゃあこれからはエッちゃんて呼ぶね!」


「エッちゃん……ふふ、分かりましたわ。師匠」


 子どもらしいストレートな愛称に頬を緩ませながら、エリザベートは嬉しそうに頷く。討伐完了の証としてフレアドラゴンの頭を担ぎ上げ、リオは町へ戻っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「なあ、あの二人戻ってくると思うか?」


「無理だろ。長老はああ言ってたけど俺たちエルフの冒険者ですら無理だったんだ。あんな穢らわしい異種族の奴らがフレアドラゴンに勝てるわけねえよ」


 その頃、町の酒場ではエルフの冒険者たちがリオたちの話題に花を咲かせていた。全員がリオたちの負けを予想し蔑む一方、これからも悪竜の脅威に晒されねばならないのかと落胆する。


 長い間フレアドラゴンの討伐に失敗し苦しめられてきた彼らにとって、かの竜の討伐は夢物語に過ぎなかった。だからこそ、長老がリオたちに討伐を依頼した時、彼らはこう思っていた。


 絶対にリオたちはフレアドラゴンに勝てない、すぐに逃げ帰ってくるかそのまま逃げるだろう、と。


「ん? なんか町の入り口が騒がしいな。ちょっと見に行ってみるか」


「だな。また異種族の奴らが来てるかもしれねえしな」


 エルフたちは人々のざわめきが聞こえてくる町の入り口へ向かう。そして、信じられない光景を目の当たりにした。


 討伐など不可能だと思っていたフレアドラゴンの首が、町の入り口にドンと置かれていたのだ。その横には、リオたちがいる。


 その意味を理解し、彼らは歓喜の声を上げた。もう二度と、フレアドラゴンに苦しめられずに済むのだ、と。


「どう? ちゃーんとフレアドラゴンをやっつけてきたよ。約束通り、町に入れてくれる?」


「ああ! もちろんだとも! 異種族だってだけで差別してごめんよ。さ、入ってくれ!」


 エルフたちは約束通りフレアドラゴンを討伐し戻ってきたリオたちを快く町のなかに招き入れる。そして、バゾルの説法を信じ理由なく異種族を迫害してきた自分たちの行いを恥じた。


 自分たちエルフだけが尊いのではない。そのことを気付かされた住民たとは、リオたちを讃え、悪竜からの解放を祝い盛大なお祭りを始める。


「ありがとう、勇敢なる獣人の少年とその仲間たちよ。あなた方のおかげで、この町は救われた。異種族への偏見も、少しずつなくなっていくじゃろう。本当に、ありがとう」


「気にしないでください。困ってる人たちを見捨てない。それが僕の使命ですから」


 長老から礼を言われ、リオは笑顔で言葉を返す。エルザも合流し、町はすっかりお祭りムードに包まれる。それだけ、フレアドラゴンの脅威があったという証でもあった。


「しっかし、本当にありがてぇなあ。今まで正直にバゾル大臣の言うことを聞いてたのがアホらしくなったよ。他の町の奴らにも、このとこを伝えなくちゃなぁ」


「ですね。他の種族の方々を理由なく迫害していた私たちをたすけてくれたのですから。よーし、偏見を私たちの手で正しましょう!」


 宴に参加していたエルフの吟遊詩人たちは、リオに感謝しつつ密かに決意をする。エルフたちの間に広まった偏見を取り除くことを。


 この時、リオたちはまだ知らなかった。今回の出来事が、後に自分たちの旅の大きな助けになるということに。

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