273話―世界を巡る旅路・ユグラシャード編

 翌日、リオは界門の盾を使い、一人南へ旅立つ。ユグラシャード王国へ向かい、懐かしの人々と再会するためだ。王都ハールネイスに着くと、エルフたちが寄ってくる。


「あっ! 救い主様だ!」


「ホントだ! みんなー、救い主様が遊びに来てくださったぞー!」


 リオはあっという間にエルフの子どもたちに囲まれ、揉みくちゃにされてしまう。騒ぎを聞きつけて他のエルフたちも集まり始め、リオは人の波に揉まれる。


「すくいぬしさまーあそんでー」


「かくれんぼしよー」


「おままごとがいい!」


「わあぁ! 待って待って、順番にね? ね?」


 何故かエルフの子どもたちと遊ぶことになり、リオはあっちへこっちへつれ回される。街全域を舞台にしたかくれんぼや鬼ごっこをしたり、ままごとをして遊ぶ。


 自分よりも小さなエルフの子どもたちと遊んでいるうち、いつしかリオも歳相応の『子ども』に戻っていた。今この時だけは、子どもでいよう。


 リオはそう考え、目一杯子どもたちと遊んであげた。しばらくして、陽も高く昇りお昼時になる。たくさん遊んで満足した子どもたちは、昼食を食べに家に帰っていった。


「すくいぬしさま、ばいばーい」


「またあそぼうねー」


 子どもたちと別れ、リオは大樹の階段を登り宮殿の方へと向かう。その途中、商店街にさしかかると、商人たちがリオに声をかけてくる。


「おや、これは救い主様。今日はどんなご用で?」


「こんにちは。女王さまに挨拶をしに来たんです」


「おお、そうかい。でも、この時間は会議をしてて次の鐘が鳴るまでお城には入れないからなぁ。そうだ、鐘が鳴るまで時間潰しも兼ねてお昼を食べていかないかい?」


「んー……じゃあ、そうします」


 城に入れないのならばと、特に行くところもないリオはエルフの商人の言葉に甘えることにした。商店街を巡り、美味しそうな果物を見て回る。


 何を食べようか迷っていると、商人たちが次々に果物をリオへタダで譲ってくる。リオは驚き、代金を払おうとするも店主たちは一人として受け取らない。


「いいんだよ、救い主様には返しきれない恩があるからね。これは恩返しでもあるんだ。だから、お腹いっぱい食べておくれ」


「うーん……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」


 リオはタダで食べ物を貰うのは流石に悪いと思ったものの、せっかくの好意を無下に断るのも気が引けたため、ありがたく果物を受け取ることにした。


 しばらく商店街を歩いていると、ちらほらと肉料理や魚料理を扱う店も見えてくる。それらの店の店主はエルフのみならず、人間や獣人、ドワーフもいた。


「いらっしゃい。お、あんたさんが噂の救い主様だね?」


「あはは、ここだとそう呼ばれてます。……それにしても、肉料理なんて珍しいですね。この国、菜食料理が中心なのに」


「ああ。あなたのおかげでね、俺たち他種族も受け入れられるようになった恩恵ってやつさ。エルフたちも肉やら魚に興味を持ち出してくれてな、商売繁盛してるよ」


 不思議そうにしているリオに、店主である人間の男は朗らかに笑いながらそう告げた。かつて、悪臣バゾルによってエルフたちは他種族を排斥していた。


 偽りの優越感と嫌悪感を与えられ、自分たちエルフこそが至高の種族なのだという思考を植え付けられていた。しかし、それを打ち砕いたのがリオであった。


 フレアドラゴンやキルデガルドの軍勢との戦いを通して、エルフたちは知った。他の種族も、自分たちと同じ素晴らしい存在なのだということを。


「いや、本当に感謝してるよ。この国のエルフたちも、俺らへの偏見がなくなってさ。ちょっと前まで、あり得ないことだったんだぜ? エルフ以外の種族が、この国に住むなんてのは」


「えへへ……」


 分厚いステーキをご馳走になりながら、リオは改めて自分の成した事の凄さを実感する。リオがいなければ、エルフたちは偽りの思想を植え付けられたままだったろう。


 それだけでなく、女王セルキアもキルデガルドの部下たる屍兵に暗殺され、バゾルの圧政がエルフたちを苦しめることになっていただろう。その光景が、容易に想像出来た。


「お、鐘が鳴ったな。そろそろ、城勤めの連中が飯を食いに来る頃だな」


「それじゃあ、僕は失礼しますね。お代は……」


「いい、いい。気にしないでくれ。あんたはこの国の英雄だ、金のことなんて気にしなさんな」


「……ありがとうございます」


 どこか釈然としない感情を抱きつつ、腹が脹れたリオは城へと向かう。ちょうど商店街へ向かう兵士たちと鉢合わせし、彼らと再会を喜ぶ。


 ひとしきり話をした後、リオは城の中へと入り謁見の間を目指す。リオが来たことを人づてに知ったらしく、セルキアはおめかしして玉座に鎮座し、リオを待っていた。


「こんにちは、女王さま。お久しぶりですね」


「ごきげんよう、リオさん。うふふ、こうして会いに来てくれたこと、嬉しく思いますわ。それで、今日はどんなご用でしょう?」


「実は……」


 リオはアミルの時同様、六日後に最後の戦いに赴くことをセルキアに伝える。リオの話を聞いたセルキアは、驚きで目を丸くしたあと、真剣な表情をした。


「……そう、ですか。とうとう、その時が来たのですね。……リオさん。わたしは共に行くことは出来ませんが……ずっと、貴方の無事を祈っています。貴方に、大樹の加護があらんことを」


「ありがとうございます、女王さま」


 セルキアはリオが無事帰ってこられるようにと、祈りの言葉をかける。そして、耳につけていたイヤリングを片方外し、リオの元へ歩み寄ってそっと手渡す。


「お守りとして、これをお持ちください。特にこれといって加護の力があるわけではありませんが……わたしたちの、想いが籠められています。必ず、無事に帰ってきてくださいね」


「ありがとうございます、女王さま。なくさないように、耳につけておきます」


 リオは礼を言った後、イヤリングを自身の右耳につける。淡いピンク色に輝くパールのイヤリングは、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。


 城を出たリオは、そろそろ屋敷に帰ろうかと界門の盾を作り出す。その時、背後から声がかけられた。


「あら? もしかして、そこにいるのは……リオさん?」


「へ? あ、エルシャさんにミリアさん。こんにちは」


「こんにちは。ふふ、やっぱりリオさんだったね、姉さん」


 声をかけてきたのは、かつてキルデガルドの配下、死に彩られた娘たちデス・ドーターズの一員だっエルシャとミリアの姉妹だった。妹たちの墓参りに行ってきた帰りだと言う。


 リオは二人に招かれ、彼女らの暮らす家に行く。そこで、二人にも最後の戦いに赴くことを告げる。話を聞いたエルシャとミリアは、互いに目配せをした後リオに話しかけた。


「そう、ですか。なら、私たちから贈り物をさせてください。ミリア、練習したアレ、やるわよ」


「任せて、姉さん。それじゃあ……リオさん、そのイヤリング貸してもらえるかしら」


「? いいですよ、はい、どうぞ」


 何をするつもりかは分からなかったが、悪いことではないと判断しリオはイヤリングを差し出す。エルシャたちは手をイヤリングにかざし、呪文を唱え始める。


 すると、イヤリングを禍々しい紫色のオーラが少しずつ包み込んでいく。しかし、リオはそのオーラを悪いものだとは思わなかった。むしろ、禍々しいながらも神々しさを感じていた。


「……ふう、無事終わったわね。これで、このイヤリングに肉体を再生させる力が宿ったわ。これがあれば、リオさんの持つ再生能力をより高められるはずですよ」


「凄い……! そんなことが出来るなんて」


「皮肉なものよね、姉さん。こんな時に、キルデガルドから教わった魔法が役立つだなんてね」


 かつて、屍兵を率いる立場にあった彼女たちは、骸が朽ちぬようにするための魔法をキルデガルドから授けられていた。一度は嫌悪した力だが、巡り巡って恩人を助ける力となったのだ。


「リオさん、私たちはずっと祈っています。あなたの勝利を。ずっと、ここで」


「ありがとうございます、二人とも。必ず、グランザームを倒してきますね!」


 エルシャたちに力強くそう宣言した後、リオは今度こそ我が家へと戻っていく。彼の右耳には、紫色に輝くイヤリングが揺れていた。

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