180話―魔神たちの詩

 エルディモスを撃破したリオたちは、アイージャとファティマを回収しメルミレンへ凱旋する。レオ・パラディオンと巨竜エルカリオスの勇姿に、街の住民は歓声を上げた。


 街の西端にあるティタンドール用のドックにレオ・パラディオンを格納し、リオたちはメルンたちが待つ館へ戻る。全ての戦いが終わったことを報告するリオに、メルンは告げた。


「……リオよ。つい先ほど衛兵から連絡があった。モローが敵を道連れにし、命を落としたと」


「そんな……」


 メルンの言葉に、リオは茫然自失になってしまう。モローから託されたメモリーチップを懐から取り出し、リオはそっと手で包み込む。


「……ごめんなさい、モローさん。あなたを、助けられなくて……」


「リオよ。そなたのせいではない。この街を守れて、モローも本望だったろう。あまり悲しんでいると、モローの霊に蹴飛ばされるぞ?」


 モローを救えなかったことを悔やみ涙を流すリオに、メルンは慰めの言葉をかける。リオは黙って頷くも、表情は晴れず暗いままであった。


 そんなリオを抱き寄せ、レケレスは慰める。少しして、リオはほんのちょっとだけ元気を取り戻す。いつまでも悲しみを引きずっていてはいけない。そう考えたのだ。


(……このままずっとくよくよしてても、モローさんに怒られちゃうな。モローさん、あなたの形見……ずっと、大事にしますから)


 心の中でリオがそう呟くと、ずっと気を失っていたアイージャがようやく目を覚ました。全てが終わったということを聞き、申し訳なさそうに耳がへにゃりと萎れる。


「……戦いの場にいながら何も出来ぬとは。我ながら情けないことよの」


「気にしないで、ねえ様。みんなで力を合わせたから、エルディモスに勝てたんだもの」


「そうだな。ま、それはそれとして、アイージャも後で修行してもらわねばなるまい」


 リオとエルカリオスにそう言われ、アイージャは頷く。修行という言葉に僅かに口の端がひきつっていたが、エルカリオスは見て見ぬふりをした。


「なるべくお手柔らかに頼むぞ、兄上……」


「何、安心しろ。死ぬようなことにはならぬさ」


「いや、それは安心出来ない……」


 半分冗談、半分本気でそう言うエルカリオスに、アイージャはげんなりした様子で呟く。その顔が面白かったのか、リオは思わず吹き出してしまう。


「あはは、ねえ様ったら変な顔!」


「ふふ、元気が出たようじゃな。さ、疲れたであろう。一度休んでくるとよい。今宵は宴じゃ。この国を救った英雄たちを讃える盛大な宴をしようぞ!」


 元気を取り戻したリオに、メルンはそう告げる。街を挙げての祝勝会が執り行われると聞き、レケレスは目を輝かせる。


「パーティー! パーティーだって! 美味しいごはんいっぱい食べられるのかな? わくわくしてきた!」


「好きなだけ食べようよ。ようやく自由になったんだから!」


「うん!」


 長い間エルディモスに苦しめられてきたレケレスに、リオはそう声をかける。剣、槍、斧、鎚、牙、盾、鎧……新旧全ての魔神がよみがえり、新たな神話が始まる。


 魔神たちのバラッドが今、奏でられようとしていた。



◇――――――――――――――――――◇



「う……。ここはどこだ? 俺はあいつらにやられたはず……」


 リオたちが宴の準備をしていた頃、エルディモスは意識を取り戻していた。が、彼がいるのは雪原ではなく、全てが紫色に染められた見知らぬ部屋であった。


 自分はリオたちに敗れ、殺されたはず……。そんなことをぼんやり思っていると、いつの間にか部屋の中に一人の男が現れた。その姿を見たエルディモスは驚愕する。


「おま……いや、あなたは! 魔王グランザーム様!」


「よい、本音を取り繕うな。貴様の目論見も性根も、余は全て見通している」


 部屋に現れたのは、グランザームであった。エルディモスは慌てて平身低頭するも、これまでの計画の全てを見破られており、冷たい声が返ってくる。


「な、なんのことでしょう? 俺は……」


「とぼけてもムダだ。貴様の研究所はすでに破壊し、資料は全て焼却した。まさか魔神を秘密裏に捕らえていたとはな。余の目を欺いたことだけは誉めてやる、エルディモスよ」


 ここまできてなお嘘を並べ立てようとするエルディモスの言葉を遮り、グランザームはバッサリ切り捨てる。ゆっくりとエルディモスに歩み寄り、冷徹な目で見下ろす。


「本来、貴様はすでに死んでいるが……余の力でよみがえらせた。その理由が分かるか?」


「……」


 何故自分を生き返らせたのか。その意味が分からず、エルディモスは脂汗を流したまま黙り込み固まってしまう。そんなエルディモスに、もやに覆われた顔を近付け魔王は言った。


「余とかの少年が交わした誓いを破るのみならず、罪なき魔神を長年に渡って苦しめた貴様に……死よりも辛い罰を与えるためだ」


「ヒッ……! クソッ、そんなのはごめんだ! 俺はまだ……」


 恐怖に支配されたエルディモスは、その場から逃げ出そうとする。が、魔王から逃げることなど出来るわけもなく、床から生えてきた漆黒のトゲに四肢を貫かれた。


「ぐああああああ!!」


「愚かな。知らなかったか? 魔王たる余からは……何人たりとも逃れられぬ」


 そう言うと、グランザームは指を鳴らす。すると、トゲがエルディモスの身体の中にゆっくりと吸い込まれていく。鋭い痛みに襲われ、エルディモスは叫びを上げる。


 その様子を、目を細め楽しそうにしながらグランザームは眺めていた。


「うぎゃあああ!! いてえ、いてえよおお!! な、なんなんだよこれぇぇぇ!?」


「そのトゲは貴様の身体の奥深くに潜り込み、凄まじい痛みを与えるものだ。それに加え、貴様の肉体を活性化させ、不老不死の力を与える」


 そう言いながら、グランザームは万魔鏡を二つ、向かい合わせに作り出す。すると、時空が歪み、何もない漆黒の空間が鏡の中に現れた。


 トゲが完全に身体の中に潜り込み、苦しみに呻くエルディモスの首根っこを掴んでグランザームは歩き出す。その行き先は、鏡の間にある空間だ。


「エルディモスよ。貴様は未来永劫、どの大地とも繋がらぬ次元の狭間をさ迷うのだ。激痛に苛まれながら……老いることも、狂うことも、自害することも出来ず……永遠にな」


「そ、それだけは……それだけは嫌だああぁぁぁ!! 頼む! いっそ殺してくれえぇぇ!!」


 気が狂いそうになるほどの痛みに襲われながらも、正気を保ち続けねばならないエルディモスはそう叫び懇願する。こんな苦しみが永遠に続くなら、殺してくれと。


 が、グランザームは首を横に振る。リオと交わした約束を踏みにじったエルディモスを許すつもりは、彼の中には微塵もなかった。


「エルディモスよ。余を出し抜き、玉座を狙うのはよい。だが……貴様は手段とタイミングを誤った。その報い、永遠に受けよ」


「やめ……」


 エルディモスが最後まで言い切る前に、グランザームは彼を次元の狭間へ放り込んだ。悲惨な絶叫が響くなか、魔王は万魔鏡を破壊し――かつての部下を、永久に追放した。


「さらばだ、エルディモス。愚かなる我が部下よ」


 そう呟き、グランザームは溶けるように消えていった。



◇――――――――――――――――――◇



「ふう。ちょっと食べ過ぎちゃったかな。それにしても、これで宝玉が全部揃ったのか……。なんだか壮観だなぁ」


 エルディモスが断罪されたことなど露知らず、リオは宴を楽しんでいた。館のバルコニーにて一人風に当たりながら、右手を天に掲げる。


 ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた七色の宝玉を見ながら、リオはそう呟く。長い長い戦いが、いくつもあった。その戦いの中で、リオは仲間を得、みずからも成長してきた。


 光り輝く七つの宝玉は、その証なのだ。


「リオよ、こんなところにいたか。レケレスが探していたぞ?」


「あ、ねえ様。今戻るよ」


 迎えに来たアイージャと並び、リオは館の中に戻る。その途中で、二人はそっと手を差し伸べ互いの手を握った。


「ねえ様。これからも、ずっと一緒にいようね」


「ああ。妾たち魔神の絆は決して失われぬ。世代が変わっても、我らの思いは……いつも一つだ」


「うん!」


 リオは満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。彼らの物語は――これからも、ずっと続いていくのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る