240話―愛しき者へのレクイレム
グレイガの遺体と共に大地へ帰還したリオは、レペッタの近くにある森の中に戻ってきた。誰も立ち入らないような深い森の中に、リオは亡骸を埋める。
死んでしまえば、敵も味方も関係ない。どうか、安らかに眠ってほしい。そう思いながら、リオは丁寧にグレイガを土に埋め、墓標代わりに永久に溶けぬ氷の十字架を立てる。
「……さようなら、グレイガ。もし生まれ変われたら……その時は、たくさんの家族に恵まれたらいいね」
そう呟き、リオは双翼の翼を呼び出し空へ飛び上がる。上空で戦っているであろう、フィンとリーズと合流するために。
◇――――――――――――――――――◇
「ねー、なんとかさー、記録誤魔化せない? メルっちー」
「……いきなり押し掛けてきたかと思えば、なんですかムーテューラ様。そんなことしたら、私が不信任案を通り越して一発でクビになってしまいますよ」
同時刻、時空の狭間……フォルネシア機構に、ムーテューラの姿があった。自分の失態が全て
とはいえ、総書長であるメルナーデの権限をもってしても、記録の改竄など到底許されることではない。そんなことをすれば、機構の信頼を損ねてしまう。
「そんなこと言わないでさー、なんとかしてよー。もしバリアスにバレたら、何言われるか分かんないしー」
「ですが、今回の件はムーテューラ様だけの責任ではないでしょう? 元はと言えば、前任のペルテレル様のせいなのですから」
不安そうに呟くムーテューラに、メルナーデはそう告げる。彼女の言う通り、前任者であるペルテレルが鎮魂の園の守りを強化していれば、オリアの脱走は起こらなかった。
ムーテューラはペルテレルがサボった分まで心血を注ぎ、守りを固めようと頑張っている。それをバリアスも知っているからこそ、お咎めはないだろうとメルナーデは考えていた。
「そーかなぁ……。ま、メルっちがそう言うなら大丈夫かなー」
「そうそう、きっと大丈夫ですよ。……ところで、ムーテューラ様は例の魔神のコと会ったとか……」
「あー、あの褐色にゃんこくんね。リオだっけ、いやーいいねあの子は。あの子は伸びるね、あーしは一目見て確信したね」
メルナーデはさりげなく話題を変え、リオについてどう思うかを尋ねる。ムーテューラはリオのことを評価しているようで、好意的な言葉が返ってきた。
フォルネシア機構に保管されているキュリア=サンクタラムの記録を読み、これまでのリオの功績に一通り目を通したようだ。
「あら、珍しい。ムーテューラ様にしては気に入っているようですね」
「まーねー。あの
「……ワーズのことですか。確かに、あの者は危険でしたからね。私たちも手を焼いていましたから」
神域にいる創世六神にとっても、リオの為した功績は喜ばしいものだった。暗域に住まう実力者が消えれば、それだけ神々にとって有利になる。
「あー、これでもう悩みもなくなったしそろそろ帰ろっと。じゃーねーメルっち、仕事虫もほどほどにねー」
そう言い残し、満足したムーテューラは帰っていった。一人残ったメルナーデは、やれやれとかぶりを振りながら大地の記録に目を通す。
「ようやく騒がしい人が帰ったわね……。さて、今回のことも記録しておかないと……あら? おかしいわね、ボグリスという男の名前が死者のリストから消えてるわね……昨日までは載ってたのに」
キュリア=サンクタラムの記録書をチェックしていたメルナーデは、不思議そうに首を傾げる。自分の見間違いかただの見落としだろう……そう結論付け、彼女はページをめくる。
彼女が自分のミスに気が付くのは、まだ先のことであった。
◇――――――――――――――――――◇
「……グレイガの気配が消えた。あやつも……敗れたか」
リオがグレイガを埋葬してから少しして、魔王グランザームはそう呟く。自らの命を分け与え産み出した、グレイガの死を悟ったのだ。
己の妻オリアだけでなく、グレイガをも喪ったことに、魔王は静かに涙をこぼす。グレイガのことを、彼は本当の息子のように愛していたのだ。
「……安らかに眠るがよい、グレイガ。余はお前のことを忘れはしない。永遠にな……」
そう呟いた後、魔王は玉座から立ち上がりバルコニーへ出る。魔界の空へ向かって、グレイガへの弔いを込め魔法の花火を打ち上げた。
パパパン……と弾ける花火を見つめながら、グランザームは二十年前のことを思い出す。当時、表向きには兵士量産のためとうそぶき
オリアとの間に産まれるはずだった息子を、自らの手で造りたかったのだ。
(数万年前、オリアとの間に娘は産まれた。だが……ワーズの策略で、後に宿った息子は流産してしまった。故に、錬金術を用いグレイガを造り出したが……余は、またしても息子を喪ってしまったな)
心の中でそう呟くグランザームだったが、グレイガを倒したのであろうリオへの憎しみはなかった。むしろ、リオの手で討たれたのならば致し方ない。そう考えた。
「……いつまでも、嘆いてはいられぬ。余は……信じる道を進むだけだ」
そう口にし、グランザームは城の中へ戻っていく。こうして、創世六神をも巻き込んだ長い戦いに終止符が打たれた。しかし、リオたちの戦いはまだ終わらない。
最後にして最強の幹部が、まだ残っているのだから。
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