230話―四身一暗月炎姫オリア
「あら、言うじゃない。なら……あの子と同じくらい私を楽しませてくれるのか……試させてもらおうかしら。フレア・ウォーム!」
オリアが腕を振ると、炎が形を変え巨大なイモムシの姿になる。イモムシはまるで意思があるかのように動き、泥の中にいるクイナへ襲いかかる。
それを見たクイナは泥の中深くへ潜り、頭突き攻撃をかわす。その隙に、ダンスレイルは呼び笛の斧を呼び出して遠距離からの斬撃を放つ。
「天と地……二ヶ所からの挟撃を受けてごらん! スウィング・アクス・ショット!」
「ムダよ。フレアウォール」
回転しながら降り注がれる手斧を見上げ、オリアは左手を下から上に向かって振る。すると、泥の中から炎の壁が吹き出し手斧を溶かしてしまった。
炎の壁によってフレア・ウォームの姿を隠し、不意打ちしようと目論むオリアだったが、すでにダンスレイルは背後に回り込んでいた。さらに、クイナが飛び出してくる。
「拙者も忘れちゃダメだよ?
「ムダよ、そんな手刀程度でフレア・ウォームを……!?」
炎のイモムシを素手で倒せるわけがない。そうタカをくくっていたオリアだったが、次の瞬間目を丸くする。クイナが泥から飛び上がり、炎の壁ごとフレア・ウォームを真っ二つにし消滅させたからだ。
「まさか……!」
「驚いてるだけでいいのかい? ほら、背中ががら空きだよ! オウルネイルスラッシュ!」
「ぐっ……!」
オリアが驚いている隙を突き、ダンスレイルは急降下して鋭い足の爪で背中を切り裂く。巨斬の斧を盾代わりにし、炎で反撃される前に上空へ戻っていった。
足首まで泥に埋まっていたため、幸いにも倒れずに済んだオリアは背中に炎の傘を背負い、背後からの攻撃を封殺しつつニヤリと笑う。
「ああ……なるほど。
「そうだよ、勘がいいねぇ。ま、勘が良くても、動けなきゃ意味ないけどもね! ゴブリン忍法『水手裏剣乱舞』の術!」
クイナは再度泥から飛び出し、オリア目掛けて無数の水で出来た手裏剣を投げ付ける。炎の傘を維持するのに手一杯で攻撃を防げないだろう……という算段だったが、そう簡単にはいかないようだ。
オリアはつまらなさそうに眉をしかめ、大きく息を吸い込む。そして、火炎のブレスを吐き出した。扇状に炎が広がり、クイナを焼き尽くさんと襲いかかる。
「わわっ!? 泥の中に……」
「逃がさないわよ。フレアスタチュー!」
泥の中に逃げ込もうとしたクイナに対し、逃がすまいとオリアは火柱を立ち昇らせ妨害する。泥の中に潜り込めず、火炎に焼かれるかと思われたが……。
「おっと、私がいることを忘れないことだね。クイナ、掴まって!」
「はいほーい!」
ここぞとばかりに、ダンスレイルは植物のつるを作り出しクイナ目掛けて垂らす。彼女がつるを掴んだのを確認すると、一気につるを引き上げ火炎の範囲から逃れることに成功する。
「あら、いい連携ね。最も、それも無意味だけれど。フレア……」
「無意味じゃないさ。カレン、プランBだ! フルパワーでやってあげな!」
「っしゃあ! 任せとけ! ライトニングブレイク!」
次の瞬間、空中に水のリングが出現し、その中からヘビの化身となったカレンの上半身が出てきた。そして、泥の海と化した地面に向かって、電撃を纏った鉄槌を勢いよく投げ落とす。
高圧電流を浴びせ、感電により致命傷を与える作戦だ。しかし……。
「ムダよ。そんなもので倒されるほど、私は弱くないもの」
「う、嘘だろ……。無傷かよ!?」
激しい電撃が泥の海を駆け巡り消えた後、そこには傷一つないオリアの姿があった。己の身体を炎に変え、電撃を無力化したのだ。
今度は自分の番、とでも言いたげにオリアは泥から足を引き抜く。少しだけ宙に浮かび上がり、両手に炎を灯し、地面に向かって放射する。
「まずは、この邪魔な泥を固めてしまいましょう。プロミネンス・シュトローム」
「まずい! カレン、身体を引っ込めろ!」
ダンスレイルが叫んだ次の瞬間、炎の津波が泥の海を駆け巡っていく。一瞬のうちに泥に含まれる水分を蒸発させ、硬い足場へ変えてしまった。
炎の勢いはそれだけに留まらず、空中にまで伝播する。カレンは咄嗟にリングの中に戻って事なきを得たが、ダンスレイルとクイナはそうもいかない。
「あぐっ!」
「うあちちち! なんで水かけてるのに消えないのさ!」
「うふふ、ムダよ。私の操る炎は呪われた炎。私の意思一つで燃やすも消すも自由自在よ」
全身に火が回り苦しむダンスレイルたちに、オリアはほくそ笑みながらほう答える。二人は身体を再生させ続けることで強引に炎を相殺するも、長く続けることは出来ないだろう。
魔力が尽きてしまえば、二人は再生能力を使えず焼き殺されてしまう。そうなる前にと、ダンスレイルはプランCを発動することを決めた。
「……仕方ない。もう少し、相手にダメージを与えてからやるつもりだったけど……プランCだ! アイージャ、来い!」
「任せよ、姉上!」
ダンスレイルが叫ぶと、今度は全身に鎧を纏ったアイージャが飛び出してきた。闇の魔力を吹き出し、自由自在に空を飛びながら急降下し、オリアに飛び蹴りを叩き込む。
「食らえいっ!」
「ムダよ、炎の餌食になりなさい!」
オリアは両手をアイージャの方へ向け、火炎を放つ。対するアイージャは一切避ける素振りを見せず、自ら炎の中に飛び込んでいった。
「バカな娘。自ら燃えに……!?」
「残念だったな。妾には呪いの炎など効かぬわ!」
なんと、アイージャは燃えることなく炎を突っ切ってオリアに攻撃を直撃させたのだ。予想外の事態に、オリアは驚きを隠すことが出来ない。
よろめきながら立ち上がり、両手に炎の槍を作り出しアイージャ目掛けて投げ付ける。今度こそダメージを与えられるはず……と思っていたが、またしてもアイージャは無傷だった。
「バカな! 私の炎が効かないなど……」
「効かぬものは効かぬ。妾は元々、他の兄妹に比べて呪いの類いに強い体質でのう。それに加えて……ほれ、この鎧。かなり強力な呪い耐性を備えておるのだよ」
狼狽えるオリアに、アイージャは得意気にそう答える。自身の体質と、アムドラムの鎧が備える耐性……二重の防御により、呪われた炎を無力化しているのだ。
「ふっ……なるほど。私ももう、数万年は生きているけれど……呪いの炎を無力化する者と出会ったのは初めてだわ」
「それは光栄だ。で、頼みの炎が効かぬのだ、諦めて降伏するつもりはないか?」
「ないわよ? だって、私にはまだ暗き月の力があるもの」
オリアがそう言った次の瞬間、アイージャの身体を不可視の何かが貫く。突然のことに、アイージャだけでなくダンスレイルたちも唖然としてしまう。
加勢しようと再び顔を出したカレンは、一体何が起きたのか理解出来ず、呆然としたままアイージャを見下ろすことしか出来ない。アイージャは崩れ落ち、片膝を着く。
「がはっ……。バカな、何が起きた……?」
「驚いたかしら。これが私のもう一つの力……
呪いの炎と並ぶ、オリアのもう一つの切り札……目に見えない暗月の槍が、アイージャの脇腹を貫いたのだ。予想外の攻撃により、まともに戦えるのがカレンだけとなってしまった。
「クソッ、こうなったら……」
「待てカレン! 闇雲に攻撃するな! 奴の思うツボだ!」
リングから飛び降り、特攻しようとするカレンをダンスレイルが止める。もはや勝ちの目はなく、敗北は必至かと思われたが……。
「……! この気配……どうやら、私たちの作戦が成功したようだね」
「? 何を言っているのかしら? 満身創痍のあなたたちに、もう打てる手など……」
「いいや。私たちは最初から、単純に時間を稼ぐことだけが目的だったのさ。お前への裁きは、相応しい者がするからね。そのお膳立てを整えるのが……今回の私たちの作戦だよ」
ダンスレイルがそう言った次の瞬間、空から紫色の光の柱が降り注ぐ。あまりのまばゆさに、オリアは目を閉じ腕で顔を覆う。光が消えた後、そこには……絶対に会ってはならない、大敵がいた。
「やっと見つけたぞ、このクサレ【ピー】が……! あーしに手間かけさせてくれたんだから、楽に死ねると思うなよ!」
「う、嘘でしょ……。どうして、私の居場所を!? 鎮魂の園を出る時、完全に撒いたのに!」
オリアの目の前には……怒り狂ったおぞましい表情を浮かべる闇寧神ムーテューラがいた。彼女はオリアを見つけるため、数多の大地を調べ回っていたのだ。
「知りてえか? このゴミクズ。いいさ、なら教えてやる。あーしの素晴らしい脱走者捕縛大作戦をな!」
ムーテューラはそう言い、歪んだ笑みを見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます