41話―新旧魔神、奮戦せり

 怪鳥を引き付けるため街を飛び出したリオは、ハールネイスを離れ五キロメートルほど東に向かった場所にある岩山へ向かう。双頭の怪鳥はリオを追い、翼を羽ばたかせる。


 けたたましい鳴き声を響かせながら、翼から抜け落ちた鋭利な羽根を魔力で操りリオへ発射する。リオは不壊の盾を呼び出して攻撃を防ぎつつ、岩山の中へ相手を誘い込む。


 身体の大きな怪鳥を岸壁に囲まれた狭いエリアに誘導し、身動きが取れなくなったところを叩く。それがリオの立てていた作戦だったが……。


「ギギアアアアア!!」


「わっ、岩が真っ二つだ! あの翼、かなり厄介だぞ……」


 リオの魂胆など見えているとばかりに怪鳥は刃のような羽根が生えた翼を広げ、岸壁を切り裂き無理やりスペースを広げながら追跡をする。


 狭い場所へ誘導する作戦を諦め、リオは怪鳥に真っ向から空中戦を仕掛けた。縦横無尽に空中を飛び回り、ヒットアンドアウェイを繰り返す。


 新たに呼び出した飛刃の盾を投げつけ、魔物の身体に裂傷を刻み込んでいく。対する怪鳥も、双頭を別々の方向へ向けて視界を広げ、リオの攻撃に対応する。


「グガアアア!」


「わわっ! 羽根が増えた!?」


 徹底的に接近戦を避けるリオに業を煮やしたらしく、怪鳥は怒りの叫びをあげながら大量の羽根を空中にバラまく。羽根は空中を漂い、リオたちを包囲する。


 羽根は少しずつ包囲を進め、リオの逃げ場を奪う。移動出来る範囲が狭まるにつれ、リオは遠距離からの攻撃が困難になっていく。翼や足の爪による攻撃が、リオを襲う。


「ギイイィ!」


「うわっ……と! まずいぞ、これ以上近付くことになったら……そうだ! アレを使おう!」


 このまま包囲網が狭まればやられると考えたリオは、新たな作戦を思い付いた。魔力を増幅させつつ、包囲網の外の光景を頭の中に思い浮かべる。


 怪鳥の爪が目前に迫るなか、リオは己の背後に新たな盾を呼び出した。


「出でよ、界門の盾!」


 次の瞬間、リオの背後に両開きの扉を模した青いタワーシールドが出現する。しっぽで素早く扉を開き、向こう側に広がる包囲網の外の空間へ間一髪逃げ延びた。


「よかった、成功した……! 繋げる空間が近いなら、魔力はそこまで消耗しないみたいだね……。なら!」


「グギイィアアアァ!!」


 あと少しのところでリオを取り逃がした怪鳥は、もはや意味を為さなくなった包囲網を解除し、羽根を一斉に放った。リオは魔力を解放し、大量の界門の盾を作り出す。


「これで終わりだよ! 自分の羽根に貫かれちゃえ! ゲートオープン!」


 そう叫び、リオは全ての界門の盾を開き中に羽根を吸い込む。羽根が消えたことに怪鳥が驚いている間に、リオは盾を移動させ相手を取り囲む。


 そして、界門の盾の中に吸い込んだ羽根を一斉に射出し、逆に怪鳥をウニのように串刺しにしてみせた。怪鳥は翼で頭を覆って攻撃から守ろうとするも、リオはそれを許さない。


 大きく弧を描くような軌道で飛刃の盾を放ち、怪鳥の片翼を根元から切り落とす。墜落を阻止するため残った翼を羽ばたかせざるを得なくなり、怪鳥は頭を守るすべを失った。


「グギィ……ガギャアアアアア!!」


「なんだ……!? 翼が、再生し始めてる……!」


 羽根が全身に突き刺さり、片方の翼を失った怪鳥は再び雄叫びをあげる。すると、怪鳥の身体に変化が起きた。失われた翼が少しずつ再生を始めたのだ。


 このまま翼を再生されては、また戦いが振り出しに戻ってしまう。余計な体力の消耗を防ぐべく、リオは一気にトドメを刺すことを決める。


 右腕に装着した不壊の盾の向きを九十度ズラし、尖った下側の部分を拳のほうへ向ける。魔力を練り上げ、不壊の盾に注ぎ込んでいく。


「これでトドメだ! 不壊の盾、改……光刃の盾!」


 リオが叫んだ直後、盾から伸びた光の刃が怪鳥の巨体を真っ二つに切り裂いた。胴体を両断されては再生することが出来ず、弱々しい鳴き声と共に怪鳥は墜落していった。


 それを見届けた後、嫌な予感を覚えたリオは急いでハールネイスへ戻る。彼はまだ知らない。ハールネイスでは、アイージャがもう一体の魔物と戦っているということを。



◇――――――――――――――――――◇



 リオと怪鳥の戦いが決着を迎えた頃、アイージャともう一体の魔物の戦いもまた佳境に差し掛かっていた。細長い身体をしならせ、ムカデの魔物はアイージャへ体当たりを繰り出す。


「カキキキキキキィ!!」


「フン、遅いな。のろますぎてあくびが出るわ」


「ギカアッ!」


 重厚な鎧を纏っているのにも関わらず、アイージャは俊敏な動きで楽々ムカデの攻撃を避ける。ご丁寧にも、わざと薄皮一枚で回避してカウンターを叩き込みながら。


 徒手空拳でありながら屍の魔物相手に優位を崩さないアイージャを見て、兵士たちは貴族の避難誘導をしながらも彼女の戦いぶりに見とれてしまう。


「凄い……リオさんだけでなく、アイージャさんも強いのですね……」


「フッ、当然だ。妾はかつての盾の魔神……アイージャなのだからな!」


 セルキアの呟きを聞いたアイージャは、そう叫びながら体当たりを繰り出してきたムカデの身体を掴む。セルキアたちを巻き込まないよう向きを変え、ムカデを投げ飛ばした。


 木の枝に叩き付けられモゾモゾと痛みにうごめく相手に、アイージャはさらなる追撃を仕掛ける。勢いよくジャンプし、フライングボディプレスを敢行したのだ。


「これなら……どうだ!」


「ぶぎぅ……」


 重量のある鎧を纏ったボディプレスは一撃必殺の威力を秘めていたようで、ムカデは空気が抜けたような鳴き声をあげた後ピクリとも動かなくなった。


 戦いの行方を見守っていた兵士たちが歓声を上げアイージャの勝利を讃えるなか、どこからともなく愉快そうに笑う少女の声が響いてくる。


「キャハハハハ! やーっぱり、あの程度の屍獣じゃ無理かぁ。元とはいえ、やっぱり魔神は強いねえ」


「何者だ! 隠れていないで正体を見せろ!」


「んー、いいよぉ。本命の男のコも来たことだしぃ」


 少女の声が響いた直後、アイージャたちの元へリオが戻ってきた。セルキアや貴族たちが無事なのを確認して胸を撫で下ろしたリオは、アイージャから手短に何があったのかを聞く。


「そんなことがあったの……。じゃあ、声の主は……」


「私ならここだよぉ? 可愛いネ・コ・ちゃん」


 リオの言葉に答えるように、再び少女の声が響く。次の瞬間、ムカデの魔物の死体がうごめき、外殻を突き破り少女――ローズマリーが姿を現した。


「じゃんじゃじゃーん。お望み通り出てきてあげたよー? この私……死に彩られた娘たちデス・ドーターズの四女、ローズマリー様がねー!」


「貴様か。屍兵や魔物を操り女王を襲撃させたのは」


 アイージャがそう言うと、ローズマリーは腕を頭上に掲げ大きな丸を作る。そのコミカルな動きと笑顔に、リオたちは警戒心を緩めてしまう。


「ぴんぽんぴんぽーん! だーいせーいかーい! 見事正解した人にはぁ……ご褒美あげちゃーう!」


 そう言うと、ローズマリーはパチンと指を鳴らす。すると、倒されたはずのムカデの魔物が起き上がり、再び牙を鳴らし始めた。


 変化は止まらず、リオが倒した怪鳥の頭がムカデの顔の両脇に現れ、さらには翼まで背中に生えてきたのだ。あまりにも奇怪な姿になった魔物に、その場にいた全員が息を飲む。


「こ、これは……!?」


「みんなが頑張っちゃうからー、マリーも本気出しちゃった。融合獣の力……たくさん味わってから死んでね!」


 そう言い残し、ローズマリーは己の身体をムカデから切り離して溶けるように消えてしまった。双頭の怪鳥とムカデ、二体が融合し新たに生まれた魔物を前に、アイージャは口を開く。


「やれやれ。面倒なことになったものだ。リオ、まだやれるな?」


「うん。もちろんやれるよ。でも……そろそろ、強力な助っ人が欲しくならない?」


 アイージャの言葉に頷きつつ、リオはニヤリと笑う。彼の言葉に思い当たる節がなかったアイージャが首を傾げると、リオは左手の人差し指に嵌めた指輪に魔力を流す。


 指輪から黒い光が溢れ出し、中で眠りに着いている魔物を呼び起こし覚醒を促す。リオは腕を頭上に掲げ、己と契約せし召喚獣の名を高らかに叫んだ。


「おいで! 出番だよ、スフィンクス!」


「おおおおおおおおお!!」


 リオが叫んだ直後、指輪から無数の黒い光の糸が放たれる。糸はリオの頭上で複雑に絡み合い、人間の女性の頭部と翼の生えた獅子の身体を持つ魔物――スフィンクスが現れた。


「私を呼んだな? 主よ」


「うん。あいつを倒したいんだ。力を貸して!」


「よかろう。我が力……見せてやるとしよう!」


 スフィンクスはリオの頼みに応え、力強く雄叫びをあげる。屍の魔物との、第二ラウンドが始まろうとしていた。

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