56話―英雄の帰還とエリザベートの決意

 広場を通り抜けたリオたちは再び階段を登り、セルキアの待つ城を目指す。城の入り口にたどり着くと、エルザが兵士たちと一緒に待っていた。


「皆様、お帰りなさいませ。風の噂でご活躍は耳にしています。さ、中に入りましょう」


 案内役をエルザにバトンタッチし、城の中を進んでいく。謁見の間に入ると、玉座へ伸びたカーペットの両脇に兵士たちがズラリと並んでいた。


 リオたちは敬礼をする彼ら彼女らの前を通り、玉座に座るセルキアの元へ向かう。セルキアは立ち上がり、右手に持った長い錫杖を突きながら歩き出す。


「お帰りなさい、リオさん。そして、お仲間の方々。いろいろと聞きたいことがあると思いますので、かいつまんでお聞かせしましょう」


「えっと、ここに来る途中で大臣が磔にされてるのを見たんですけど、何があったんですか?」


 何故バゾルが磔にされていたのかを問うリオに、セルキアは彼らが不在の間にハールネイスで起きたことを話す。バゾルがキルデガルドと繋がっていることが判明したこと。


 これまでバゾルの説法に騙されていた民衆の怒りが爆発し、彼を大臣の地位から引きずり降ろすためのデモが行われたこと。バゾルを捕らえ、リオたちが帰還した後処刑をするつもりだったことを聞かせた。


「……ほう。なるほどなるほど。あの男、キルデガルドと内通していたとは。いや、これで合点がいった。奴以外に屍兵を招き入れることの出来る者はいまいて」


「だね。あいつならこの街や城のことを知り尽くしてるだろうからねぇ。とんだ食わせ者だよ」


 セルキアの話を聞き終えたアイージャとダンスレイルは、互いに顔を見合わせながら頷き合う。一方、リオはバゾルが裏切り者だったことを知り腹を立てていた。


 自分を罵倒するだけならともかく、本来彼が守らねばならない王国のエルフたちを苦しめ、私欲のためにセルキアを殺そうとした。そのことに激しい怒りを抱き、リオはしっぽを逆立てる。


「僕、バゾルのこと許せない! 自分の野望のためにみんなを苦しめるなんて! 今から広場に行ってとっちめてやる!」


「まあ、待てよリオ。どうせあいつは処刑されるんだし、一発ぶん殴るのはそん時でいいさ。まずは、こいつのことを女王に話さねえといけねえだろ?」


「あ、そうだった。忘れるとこだったよ」


 カレンは謁見の間を飛び出そうとするリオを呼び止め、エルシャのことを女王に話すよう伝える。リオは冷静さを取り戻し、セルキアに重要な話をし始めた。


 元死に彩られた娘たちデス・ドーターズの長女、エルシャがキルデガルドを裏切り自分たちの味方に着いたことを聞かされたセルキアは、目を丸くして驚く。


「まあ、これは心強いですね。よろしくお願いしますね、エルシャさん」


「……随分あっさり私を受け入れてくれるのですね。私が彼らを騙しているとは思わないのですか?」


 あまりにも素直に自分を受け入れてくれたセルキアに、思わずエルシャはそう問いかけてしまう。そんな彼女に向かって微笑みながら、セルキアは力強く頷いた。


「はい。リオさんがあなたを信じるなら、私も信じます」


「……そう、ですか。ならば、その信頼に報いなければなりませんね。改めてよろしくお願いします、女王陛下」


 エルシャはひざまずき、セルキアへ感謝と忠誠の意思を示す。全ての話が終わった後、セルキアは手を叩きリオたちに笑顔を向ける。


「さ、皆さんお疲れでしょうしまずはゆっくりお休みください。明日の昼、バゾルの処刑を行います。それまで、旅の疲れを癒してくださいね」


「女王さま、ありがとうございます。いこっか、みんな」


 リオはセルキアに礼を言い、謁見の間を後にしようとする。その時、エリザベートがリオをちょんちょんとつつき、申し訳なさそうに声をかけた。


「あの、師匠……申し訳ありませんが、わたくしは少し席を外させていただきますわ。エルザと話したいことがありますので」


「そうなの? 分かった。じゃあまた後でね、エッちゃん」


 エリザベートの言葉に頷き、愛称で呼んだ次の瞬間。カレンとアイージャ、ダンスレイルの纏う空気が冷たいものに変化した。


「エッちゃん……?」


「リオ、いつの間にあの女を愛称で呼ぶほど親しくなったのだ……?」


「これは一大事だ。あの女に盗られないように……たっぷり、可愛がってあげないとねぇ」


「え? え?」


 三人はリオの腕を掴み、ひょいと持ち上げる。リオは助けを求めようとエリザベートの方を見るも、すでにエルザともども謁見の間から姿を消していた。


「案ずるな、リオ。今日一日……ずっと可愛がってやるからな?」


「……お手柔らかにお願いします」


 鬼気迫る勢いの三人に向かって、リオはそう答えることしか出来なかった。一日じゅう、ずっと耳としっぽをモフモフしてやろう――そんなことを企みながら、カレンたちは謁見の間を出ていった。



◇――――――――――――――――――◇



「……エルザ。貴女、先天性技能コンジェニタルスキルを使いましたわね? わたくしにはお見通しですわよ」


「鋭いですね。流石に見破られてしまいますか」


 セルキアに貸してもらっている王城の一室に戻ったエリザベートは、エルザに詰問する。従者の青い瞳には、まだ微かに紅の色が残っていた。


「貴女の『灼炎眼』は普通の先天性技能コンジェニタルスキルと違ってデメリットがあるのですから、軽々しく使うような真似は控えてくださいませ。貴女のことを心配して言っているのですよ?」


 エリザベートの言う通り、エルザの先天性技能コンジェニタルスキル『灼炎眼』には無視出来ないデメリットがあった。視界に映るもの全てを無条件で燃やすことが出来る代償に、技能を使えば使うほど、彼女の視力は弱まるのだ。


「エルザ? 何を笑っておりますの? わたくしは貴女の身を案じて……」


「……ふふっ。お嬢様は変わりましたね。昔のお嬢様なら、そんな風におっしゃってくださるどころか、私を労ることもしなかったでしょうから」


 ガミガミ説教をするエリザベートを見て、エルザはクスクス笑う。どこか楽しそうな彼女の言葉に、エリザベートは気まずそうに顔を反らす。


 エルザの言う通り、メルメラでリオと出会った頃のエリザベートであれば、他者を労るようなことはしなかっただろう。だが、今は違う。


 リオと出会い、エリザベートは変わったのだ。傲慢で根拠のない自信に満ちていただけの未熟な存在から、誇り高き真の戦士へと成長しつつあった。


「そ、それは……。まあ、確かにエルザの言う通りではありますわね。あの頃のわたくしは、人として未熟でしたから」


 エルザの言葉に頷き、エリザベートは過去の自分を評する。バンコ家の跡取り候補の一人として、武勲を立てることだけを考えていた己を恥じ、ため息をつく。


「……エルザ。わたくしはこのまま変われるのでしょうか。バンコ家を継ぐ者に相応しい、高潔な戦士に」


「ふふ、お嬢様は本当に変わりました。それも全て、リオさんとの出会いのおかげですね」


「そう、ですわね。師匠との出会いが……変わるきっかけになったと自分でも思いますわ」


 エリザベートは初めてリオと出会った時のことを思い出す。今にして思えば、散々無礼なことを言った。ハールネイスに来てからも、彼の足を引っ張ってばかりだった。


 だからこそ、変わりたいとエリザベートは願った。自分を守るために傷ついたリオのために、自分を変えたいと決意した。その決意の行き着く先に何が待つのか。


「……エルザ。わたくし、自分でも気付かないうちに……師匠に、恋をしていたみたいですわ。ふふ、滑稽ですわね。旅が終わってから、自分の気持ちに気付くなんて」


 リオを師匠と慕い、共に戦い旅をする中で、エリザベートは彼に……自分でも気付かないうちに、惚れていたのだ。己のためではなく、人々のために戦うリオの高潔さと、眩しい笑顔に。


「わたくし、決めましたわ。エルザ、この国での戦いが終わったら……わたくし、師匠に告白しますわ。例え受け入れてもらえなかったとしても、この想いを伝えます」


「応援していますよ、お嬢様。貴女の想いが、リオさんに届くことを」


 エルザは主の決意を聞き、柔らかな笑みを浮かべる。そんな従者に、エリザベートは頷きを返すのだった。

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