106話―牙魔神クイナ・シャントラント
気が付くと、クイナは謎の場所にいた。どこまでも青空が広がり、足元には薄く水が張っている。クイナが身体を動かす度、水面に波紋が広がっていく。
「……あれぇ? ここはどこだ? 拙者、カレンと一緒に戦ってたはずなのに……」
『……ここは、僕の精神世界。宝玉の力で、君を誘ったんだ』
クイナが首を傾げていると、どこからともなく幼い少年の声が聞こえてくる。パシャ、パシャ、と誰かが歩いてくる音が響き、クイナは振り返る。
遥か遠くから、獅子のたてがみを思わせる長い黄金の髪と、金色の鎧に身を包んだ少年――ベルドール・リオンが歩いてきた。クイナは驚き、目を丸くしてしまう。
「え!? え!? なんで!? 君はとっくの昔に……」
『そう。僕は自ら死を選んだ。ファルファレーに神の力を渡さないために。でも……肉体は滅びても、心は死なない。僕の心はずっと、宝玉の中を渡り歩きながら生き延びてきた』
そう言いながら、かつて神となった少年は笑う。その柔らかな笑顔は、リオにとてもよく似ていて――クイナは、見惚れてしまっていた。
まるで、そこにリオがいるように感じられたのだ。
『さて、と。残念だけど、あんまり時間がないんだ。のんびりし過ぎると、君が死んじゃうからね。ここに君を呼んだ理由はただ一つ。君に、新しい牙の魔神になってほしいんだ』
「へ? 拙者に……?」
クイナがすっとんきょうな声を出すと、ベルドールは頷く。彼の頼みに、クイナは素直に頷くことは出来なかった。かつての牙の魔神、バルバッシュは敵だった。
ロモロノス王国での戦いで、散々痛め付けられた相手の力を受け継ぐということに、拒否したいという感情が沸くのも無理はない。クイナはその旨を伝える。
「いやー、流石にね……。バルバッシュには散々やられたし、あいつの力を貰うのはなー……」
『……そうだね。その言い分ももっともだと思う。でも、今はそんなことを言っていられる場合じゃないんだ。僕の子孫たる魔神は、七人揃って初めてバランスが保たれる』
ベルドールはクイナの言葉に理解を示しつつも、力を継承してもらわなければならない理由を話し始める。穏やかな声色に、不思議とクイナは拒否感が消えていくのを感じていた。
『牙の魔神がいない状況が長く続けば、やがて全ての魔神が力の制御が出来なくなる。新しい鎚の魔神のように、ね。そうなればもう、ファルファレーに対抗する手段がなくなる。今度こそ、この大地はあいつのものになってしまうんだ』
「……それは困るなぁ。分かったよ。拙者でいいんなら……新しい牙の魔神になってやろうじゃないの! リオくんへの恩返しにもなるしね!」
説得を受け、クイナは渋々ながらもバルバッシュの力を受け継ぐことを承諾した。そうと決まればと、すぐ思考をいい方向に切り替えられるのは彼女の長所だろう。
『……ありがとう。なら、君に与えるよ。命の母たる水を司り、悪を食らい尽くす牙の力を!』
ベルドールが叫ぶと、水面にさざ波が立ち、波紋が広がっていく。少しずつ水面が大きく盛り上がり、球体となって切り離される。水色のオーブの中には、牙が納められていた。
クイナが両手を伸ばすと、オーブがひとりでに動き出す。吸い寄せられるようにクイナの元に向かい、溶けるように彼女の身体の中に吸い込まれ――魔神の力を与える。
「……凄い、力がみなぎってくる。これが……魔神の力……!」
『これでまた、七人の魔神が揃った。いまだ封印されている子たちの目覚めも、加速するはずだよ。お姉さん、僕のわがままを聞いてくれてありがとう。この大地のこと……頼んだよ……』
「あっ、待って……!」
役目を果たし、ベルドールは塵となり消えていく。思わず手を伸ばしたクイナの視界が暗転し――再び、意識が闇の中へと沈んでいった。
◇――――――――――――――――――◇
意識を取り戻したクイナは、いまだローレイに拘束され拷問を受けている真っ最中だった。が、クイナは違和感に気付き、ローレイに気付かれないよう首を傾げる。
(……あれ? 息が苦しくない。それどころか、普通に呼吸出来てる。そっか、これが水を操る力か!)
この時クイナはまだ気が付いていなかったが、彼女の耳の裏側に小さなエラが新たに作られていた。継承された牙の魔神の力が、新たな主を守るため身体を変化させたのだ。
「む……? なんだその顔は。何をへらへら笑って……」
(これならいける! それっ!)
「な……ぐあっ!」
クイナの表情が変わったことに気付いたローレイが近寄ると、タイミングを見計らい牙の魔神は反撃を開始する。水の触手から手足を引き抜き、ムーンサルトを叩き込む。
ローレイはクイナが脱出するとは微塵も思っておらず、モロに攻撃を食らい後退する。クイナは魔神の本能に従い、水色のオーブを作り出す。そして、オーブを体内に取り込んだ。
「今までよくまあやってくれたね! ここからは拙者の番だ! ビーストソウル・リリース!」
「バカな……! 何故お前がその力を……!?」
クイナの足元から水柱が立ち昇り、彼女の姿を覆い隠す。ローレイはなんとかしてクイナを止めようとするも、それよりビーストソウルの解放が終わる方が早かった。
水柱が四散し、ローレイを吹き飛ばす。キラキラと輝く滴が降り注ぐなか、鮫の化身となったクイナの姿があらわになる。背中には、新たに鮫のようなヒレが生えている。
さらなる変化として、口元は牙の模様が描かれた面当てに覆われ、忍装束は鮫肌のようにザラザラした質感に変わっていた。クイナは目を見開き、両手を水面に突っ込む。
「さあ、ここからは拙者のショータイムだよ! 見せてあげるよ。牙魔神クイナ・シャントラント力をね!」
「舐めるな! 下等生物風情がこの私に勝てるものか!」
ローレイは逆巻く真空の刃を八つ作り出し、クイナに向かって勢いよく飛ばす。クイナは水を操り、巨大な鮫を作り出して真空の刃を迎撃する。
力強く水の鮫の尾ビレが振られ、真空の刃を砕き消滅させる。それを見たローレイは、再び水草の蛇を作り出して波状攻撃を仕掛けるも、今度は水の触手に食い止められた。
「貴様、私の真似を……!」
「ふっふーん! そうさ。相手の業を寸分の狂いもなく再現するってのはねぇ、忍の十八番なんだよー? 知らなかったでしょ」
クイナは水の触手を鞭のように振るい、ローレイを遠くへ吹き飛ばす。相手が戻ってくるまでの間に、水の塊に押さえつけられているカレンの救出を行う。
「よっすー。カレン、大丈夫ー?」
「ああ、助かったぜ……って、なんだよ、お前も魔神になったのかよ。ちぇ、しかもアタイより力を使いこなしてやがるたぁ自信なくすぜ」
「大丈夫だよ、カレンだってそのうち使いこなせるようになるって」
そんなことを話していると、二人を大きな影が覆う。上を見上げると、巨大な土の板が作られており、その上にローレイが怒りの形相を浮かべ立っていた。
「貴様らぁ……! もう許さんぞ! このまま二人とも押し潰してくれるわ!」
「へっ、やってみろよ! やれるもんならな! おらっ!」
ローレイは土の板を蹴り、カレンたちの方へ向かって倒した。カレンは金棒を両手で握り締め、倒れてくる板を一撃で粉砕してみせる。
「おのれ! よくも……」
「はーい、次は拙者のばーん! いけー、水鮫ー! アクアシャーク・バイト!」
「ぬっ……ぐああっ!」
さらに攻撃を加えようとしたローレイに向かって、クイナは水の鮫をけしかける。鮫は大口を広げ、ローレイに噛み付いて水辺に叩き付けた。
それを見たカレンは、金棒を手放しクイナを抱えて大きく飛び上がる。左手を掲げ、雷の力を宿した鉄槌を作り出す。
「クイナァ! ここまで飛べば、アタイらは感電しないよなぁ!?」
「大丈夫! ……だとは思うよ?」
「ならいい! いくぜ……撃雷の鎚、チャージ開始!」
カレンはクイナが作り出した水の球に掴まり、空中に留まったまま雷の力をチャージする。それを見たローレイは、彼女が何をしようとしているのかを察し焦り始めた。
「くっ……まずい! 早くこの鮫を始末せねば!」
「おっと、そうはいかないよ! 鮫ちゃん、おかわり入りまーす!」
クイナは追加で水の鮫を作り出し、ローレイを襲わせる。時間稼ぎをしている間に、ついにカレンのチャージが完了した。
「よっしゃ、チャージ完了! 今まで好き放題やってくれた分、お返ししてやるよ! 食らえ! ライトニングブレイク!」
「拙者もやるよ! ウォーター・ファング!」
「やめ……」
撃雷の鎚から放たれた電撃と、巨大な水の牙が混ざり合いローレイ目掛けて襲いかかる。着弾と同時に、魔神の力で強化された雷が目映い閃光を放つ。
「ぐああああああ!!」
クイナが操る水の力により、ローレイは身体の内側まで雷で焼かれる。閃光が消えた後、地上に残っていたのは――消し炭と化した神の子の残骸だった。
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