298話―冥門の力を打ち破れ!

 リオとグランザーム、二人の戦いは加熱する。盾と大鎌がぶつかり合い、火花が散っては消えていく。舞い落ちる雪に触れないように、リオは位置取りを確認しつつ攻める。


 一方、グランザームは多少の被弾は無視し、ひたすらにリオへ攻撃を加えてくる。事前に魔王が言った通り、雪の塊一つ程度なら、爆発の威力は気にならないレベルらしい。


「やるな、リオよ。だが、この技は防げるか? テリブルチェイン・ストライク!」


「!? 鎖が……!」


 大鎌の柄、その下端から分銅のついた鎖が現れ、リオ目掛けてひとりでに飛び込んできた。まるで意思を持つかのように鎖が動き回り、先ほどとは逆にリオを追い込む。


「くっ、このっ……それなら、こうしてやる! バブルガム・トラップ!」


「むっ……!」


 リオはジャスティス・ガントレットに宿る水色と紫の宝玉の力を発動し、粘り気のある腐食性の毒液のシャボンを作り出す。シャボンに鎖が触れると、瞬く間に溶けていく。


 鎖はシャボンを避けてリオに攻撃しようとするも、即座に泡が弾け完全に溶かされてしまった。鎖の攻略方法に感心しているグランザームへ、リオはヘッドバットを叩き込む。


「せりゃっ!」


「ぐっ……! ふふ、面白い。余は頭の硬さに定評があるのだよ!」


 負けじとグランザームも頭突きを返し、二人はしばしヘッドバットの応酬をする。小一時間の間……雪が尽き、雲が消えるほど時間が経っても、どちらも退かない。


「くっ、このぉ……」


「ふらついているではないか、リオよ。無理に……くっ、頭突きをせずともよいのだぞ?」


 傷自体はすぐに再生するものの、頭突きによって生じた脳への衝撃はどうにもならないようだ。リオもグランザームも、次第に足がふらつきはじめている。


「まだ……だっ! アイスヘッド・バッシュ!」


「ぐっ……!」


「よし、今だ!」


 頭突きの応酬は、リオの放った一撃によって幕を閉じた。グランザームがよろよろと後退するなか、リオは不壊の盾を変形させて破槍の盾へと組み換える。


 そして、がら空きになった胴体目掛けて必殺の一撃を叩き込もうとする。が、魔王は素早く大鎌を反転させ、刃でリオの攻撃を受け止めてしまった。


「くうっ、あとちょっとだったのに!」


「ククク、この程度で余を倒せると思わぬことだ。そろそろ、新たな技を見せてやろう……。冥門解放……陸の獄『金剛纏刃』!」


 肆と伍を飛ばし、グランザームは第六の冥門を開く。すると、大鎌全体を黄金のオーラが覆っていった。どうやら、手持ちの武器を強化する技のようだ。


 どれだけ大鎌が強化されたのか分からないため、リオは念のため破槍の盾を元の不壊の盾へ戻す。結果的に、その判断は正しかった。


「ハアッ!」


「くっ、うわあっ!」


 グランザームは再度大鎌を反転させ、リオ目掛けて大鎌を振り下ろす。盾で受けるも、衝撃を殺しきれず後ろへ盛大に吹き飛ばされてしまった。


「うう、いてて……」


「さあ、まだ終わらぬぞ! トライ・スライサー!」


「わっ、また……くそっ!」


 素早くリオへ走り寄り、グランザームは強化された大鎌による三連続の斬撃を放つ。防ぎきれないと判断したリオは、三角跳びの要領で壁を蹴り離脱する。


 そのまま相手の背後に回り込み、縛地の盾を飛刃の盾へ変えて投げつけ、反撃を試みる。しかし、振り向き様に真っ二つに切り裂かれてしまった。


「惜しかったな。だが、我が大鎌に切り裂けぬものはない!」


 そう叫びながら、グランザームは再びリオに向かって駆け寄ろうとして……転んでしまった。何事かと思い足を見下ろすと、粘着性のなにかが足の裏にへばり着いている。


「確かに、その鎌は脅威だよ。でもね、それを振るう君自身が動けないなら……怖くはないね!」


「なるほど、さきほどの盾……ただ投げただけではなかったか」


 そう、リオは飛刃の盾を投げる前に再度ジャスティス・ガントレットを起動し、バブルガム・トラップに似た特性を宿らせていたのだ。真っ二つにされた盾は、地に落ち罠となる。


 踏んだ者の動きを封じ、その場から動けなくしてしまう……恐るべきトリモチと化したのだ。毒性を消した分、粘着力が増しており、グランザームの力をもってしても足を引き剥がせない。


「このまま射程外から攻撃してやる!」


「面白い技だ。だが、余の動きを封じられたと思うのはまだ早いぞ。冥門解放……肆の獄『灼炎鎧』!」


「! これは……!」


 魔王は全身に炎を纏い、足を拘束する罠を溶かしてしまう。大鎌も炎を纏い、さらにパワーアップしたようだ。追い詰められたかに見えたリオだが、まだ策はある。


「そっちが炎なら、僕は氷だ! アイスバーン・フィールド!」


「ほう、床を……」


 そう叫ぶと、リオはジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた青色の宝玉の力を解放し、見も心も凍り付くような冷気を放出する。盾を床に叩き付け、一瞬で凍結させた。


 それに対抗し、グランザームは炎の温度を上げ、凍った床を溶かし安全に動ける足場を確保しようとする。しかし、冷気の力は強く、燃え盛る炎を拒絶する。


「アイススケート・ブレード! さあ、僕の動きに着いてきてごらん、グランザーム! 出でよ、飛刃の盾!」


「フッ、面白い。受けて立とうではないか!」


 リオは凍った床を滑走し、一撃を加えては離脱する戦法を披露する。魔王はその場から動かず、近付いてきたリオへカウンターを叩き込む。


 大鎌を避け、盾による斬撃を打ち込み、離れる。また接近し、一撃を放っては相手の攻撃を回避する。そのサイクルを繰り返しながら、リオは着実にダメージを与えていく。


 遠距離から一方的に攻撃を叩き込むことも出来たが、それはしなかった。相手が何の対策もしていないわけがない。遠距離攻撃にのみ徹するのは得策ではないという考えが、脳裏にあった。


「てやあっ!」


「ふんっ!」


 二人は得物を振るい、激しい攻防を繰り広げる。下手に動けば滑って隙を晒してしまうことを理解しているグランザームは、くるくると大鎌を振り回し反撃を行う。


 最初はいいように攻撃されていたが、やがてカウンターの成功率が上がっていき、リオの方が追い込まれていく。このまま消耗すれば、床の凍結を維持出来なくなる。


(まずい、グランザームの炎の勢いが強くなってる……。このままじゃ、床を溶かされる! なんとかして、あの炎を消さないと……でも、どうやって……)


 さらに悪いことに、魔王の身体を覆う炎もより激しく燃え盛りはじめる。このまま勢いを増していけば、リオの消耗を待つことなく床の氷が溶けてしまうだろう。


 そうなれば、二重の強化が施された大鎌の猛攻により、あっという間に倒されてしまうことになる。それだけは、なんとしても避けねばならない。


(……こうなったら、イチかバチか賭けるしかない! 昔、サリアさんに教わったあの方法を試す!)


「食らえ、グランザーム! アイシクル・スパイク!」


「フッ、当たらぬよ!」


 現状を打破するべく、リオはグランザームの足元に氷のトゲを発生させる。グランザームは真上に飛んで避け、足先に炎を集中させて踏み溶かそうとする。


 そこへ、起死回生の策が発動した。


「今だ! アイスボード・ジェイル!」


「む、これは……氷の監獄か!」


 リオはありったけの魔力を込め、六枚の分厚い氷の板を作り出す。それらを組み合わせ、グランザームを封じる監獄を作り出し中に閉じ込めた。


 グランザームは氷の監獄を溶かそうと、炎の勢いを強める。それに対抗し、リオも氷の監獄に魔力を注ぎ強度を維持する。互いの根比べになるかと思われた矢先、異変が起きた。


「何っ!? バカな、我が炎が消えていくだと!?」


 数分もしないうちに、魔王を包む炎が勢いを弱め、消え始めたのだ。何が起きているか分かっていないグランザームに、リオはカラクリを説明する。


「昔ね、仲間から押してもらったんだ。炎が燃えるには、空気の中にある『サンソ』ってものが必要なんだって。そんな狭いところで激しく炎を燃やしたら……もう、分かるよね?」


「なるほど、そういうことか……! この息苦しさにも、納得がいく……!」


 炎が燃えるには、酸素がいる。枯渇してしまえば、炎は消える以外にはない。魔力という燃料があっても、酸素さえ奪えばもう炎は起こらないのだ。


「これで終わりだ! ギカントアイス・ブレード!」


「ぐうっ……! 舐めるなよ、まだ金剛纏刃の力は残ってい……バ、バカな!」


 リオは巨大な氷の刃を作り出し、監獄ごとグランザームを切り裂いた。魔力の全てを費やした一撃は、強化された大鎌を容易く両断した。


 グランザームは胴体を半分ほど切り裂かれ、床へ落下する。並みの者が相手ならば、この一撃で決着がついていただろう。しかし、リオはまだ知らなかった。


 魔王――いや、『魔戒王』グランザームの、真の力を。

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