95話―塗り替えられた真実

「記憶を、書き換えた……?」


「そうだ。あんまり詳細に語ると長くなるから、少し簡略化しながら話すぞ」


 あまりの驚きに、リオはそう呟くだけで精一杯だった。カレンたちはミョルドの言葉を飲み込めず、動き方を忘れたように固まることしか出来ない。


 そんなリオたちに向かって、ミョルドは何故自分がソレを――ファルファレーが記憶の書き換えを行ったことを知ることが出来たのかを話し出した。


「コトの始まりはオレサマが封印されてから四千年くらい経った頃だ。この神殿に、一人の女が迷い込んできた。そいつは封印されてるオレサマに気付いて、話しかけてきた」


「それが、さっき言ってたエルケラって人?」


 リオが問うと、ミョルドは頷く。が、話を途中で遮られたのが不満だったらしく、ギロッとリオを睨む。二つの意味で雷を落とされないように、とリオは慌てて口を閉じる。


 リオが口をつぐんだのを見て、ミョルドはうんうんと満足そうに頷き、話を再開する。神殿の中に迷い込んできたエルケラに対して、彼は接触を試みたという。


「本来、この神殿には入れねえんだ。入り口が作られてねえからな。なのに、あの女は平然とここに入ってきた。迷子になったって言ってたが、オレサマは信用しなかった」


 ミョルドの言葉から、エルケラが何らかの意図の元この神殿に現れたのだとリオは心の中で推察する。その間も、ミョルドは話を続けた。


「オレサマは封印されてたが、幸い少しずつ封印が風化し始めててな。あの女を捕まえることが出来た。あいつは、オレサマに言ったよ。自分は、こことは違う世界から来たってな」


「そんなはずありません! 異世界など存在するわけ……」


「だぁーって聞いてろ! 大事なのはこっからなんだ!」


 思わず反論するエリルにぶち切れ、ミョルドは文字通り雷を落とす。自分のすぐ側に落ちた雷を見て、エリルは力が抜けへたりこんでしまう。


「話を戻す。あの女は続けてこう言った。本来、大地に住まう者と接触するのは自分の職務違反だが、オレサマに対しては違う、と。かつての神の遺した子相手なら、違反にはならないってな」


 そこまで言った後、ミョルドはリオを名指しで指名し、何か質問がないか問いかける。ここにきてようやく自発的な質疑応答が認可され、リオはとある問いを投げ掛けた。


「……その人は、一体なんのためにこの世界に来ていたの?」


「詳しくは聞けなかったが、なんでもこの大地の歴史の全てを記録し、保管することを生業にしてると言ってたな。で、だ。そいつはオレサマにこう言った。この大地の歴史はねじ曲げられてるってな」


 リオの質問に答えた後、ミョルドはいよいよ話の核心について語り出す。遥か昔、リオやカレンは勿論、アイージャたち七人の魔神すら知らなかった真実が、ついに明かされる。


「そいつは言った。かつて、この大地は六人の神々に守られていたと。だがある日、神々はこの大地を捨てたらしい」


「捨てた……? この世界をか?」


「そうだ、そこのオーガ。どんな理由かはオレサマも知らん。だが、神々の守りがなくなったことで、不都合があった。この大地を覆う結界が、消えそうになったんだとよ」


 その言葉に、リオは嫌な予感を覚える。その結界が消えれば、何が起こるのか想像もつかなかったからだ。


「でも、そうはならなかった。この大地に住む獣人とエルフが、神々に直談判しに行ったそうだ。自分たちの都合で大地を捨てるな、もし捨てるなら埋め合わせをしろってよ」


 エルケラから聞かされた話を話した後、ミョルドは一旦話を止め休憩する。ざわめきが話を聞いていた者たちの間に広がり、誰もが困惑していた。


 特に、エリルの混乱っぷりは尋常ではなかった。一流の歴史学者を自負する彼女にとって、ミョルドの話は到底受け入れられるものではなかっただろう。


「そ、そんなこと……有り得るはずがありません! この世界の神は、創世神ファルファレーだけだと、古い文献に……」


「それは書き換えられた結果の産物だよ。どれもこれも、全部ニセモンだ。今から話すことだけが真実だ。よーく聞いとけ」


 混乱するエリルにそう声をかけた後、ミョルドはエルケラから聞かされた話の続きを話し出す。神々に直談判した二人が、どんな運命をたどったのかを。


「神々は二人の訴えを正当なものと認めたらしい。んで、その二人を神的存在に格上げし、結界を維持する力を与えたそうだ」


「……もしかして、その片方が……始祖の魔神、ベルドールなんだね?」


 リオの問いに、ミョルドは静かに頷いた。これまでの話をまとめると、リオたちの暮らす世界は、遥か昔六人の神々によって守られていた。


 が、理由は不明だが神々はこの世界を捨ててしまい、結果世界をから守るための結界が消えようとしていたらしい。


 そこで、ベルドールともう一人のエルフが神々の元へ出向き、直談判をした結果二人は神に匹敵する新たな守護者となった……ということであった。


「ベルドールともう一人のおかげで、この大地は滅亡を免れた……そこまではよかった。だが、ある時問題が起きた。神の座を奪うべく、動き出した奴がいた。それがファルファレーだ」


「で、そのファルファレーは何をしたのさ?」


 これまで沈黙を守っていたクイナが問うと、ミョルドは僅かに息を吸い込んだ後話し出す。ファルファレーが行った、おぞましい行いについて。


「奴は『喰った』のさ。文字通り、ベルドールと対になる者を喰って神に成り代わった。そして、手に入れた力を使って、全ての歴史を修正した。ファルファレー自身が、最初から神の片割れだったってことにしたんだよ」


「……でも、おかしくない? そんなことがあったのを知ってるなら、なんでエルケラさんは何もしなかったの?」


「しなかったんじゃなく、出来なかったんだとよ。自分の手には負えず、かといって自分より上の連中に話しても動くことはないだろう、って言ったよ。だから、オレサマに話した。いつの日か、オレサマの封印が弱まって……ここに誰かを招き、真実を話してくれることを願ってな」


 真実を知り、リオたちは沈黙する。自分たちの生まれる遥か昔から、世界は改変されていた。その事実を知った自分たちに何が出来るのか。


 そう考えていた時、リオとエリルが同時に立ち上がった。二人は互いの顔を見て、思わず笑ってしまう。二人して同じことを考えていることを理解したのだ。


「……それなら、倒そう。ファルファレーを倒して、喰べられた神様を助け出さなきゃ!」


「ええ。世界が歪められているなら、その歪みを正さねばなりません。……それに、偽りの創世神に殺されたお父様たちの仇も、討たねばなりませんから」


 二人の言葉に、次々と賛同の声が上がる。真実を知ったのならば、偽りを暴く義務がある。そう考えた彼らは、立ち上がることを選んだのだ。


「よし、ならオレサマも協力しよう! ……と言いたいところだがそれは無理だ。こう見えても、オレサマはもう消滅寸前。この神殿に辛うじて存在を繋ぎ止めてるだけに過ぎんのだ」


「じゃあ、僕みたいに誰かに力を受け継がせれば……」


「そうしたいが……オレサマの力は魔神の中でも特に制御が難しい代物だ。生半可な奴には渡せ……んん??」


 自身の力を継承してもらおうにも、肝心の継承出来る者がいないことを嘆いていたミョルドは、不意にカレンを凝視し始める。嫌な予感を覚え、カレンは少しずつ後退していく。


「……おい、こっち見んなよ。まさかとは思うが、お前……」


「気に入ったぜ。お前、オレサマ後継者にしてやる。新しい弟と親しいんだろ? なら好都合だ」


「はあ!? 冗談言うな、んな危険な力、はいそうですかと継承出来るか!」


 どうやら、ミョルドはカレンを自身の力の継承者として選んだようだ。ジリジリと近付いてくるミョルドからカレンが逃げようとしたその時、声が響く。


「ギャシャシャシャシャ! ようやく見つけたぞ、薄汚い下等生物どもめ!」


「この声……! お姉ちゃん、危ない!」


 どこからともなく聞こえてきたバギードの声に反応し、リオは素早くカレンに近寄り体当たりで吹き飛ばした。その直後、神殿の天井が崩れ、戦鎚を持ったバギードが落下してくる。


「ギャシャシャシャシャ! まずはお前からだ! 死ね! 盾を操る者よ!」


「あぐっ!」


「リオォォォ!!」


 リオは逃げる暇もなく、バギードが振り下ろした戦鎚の餌食となってしまう。壁に叩き付けられ、ずるずると崩れ落ち動かなくなってしまった。


「てめえ……よくもリオを!」


「フン! どうせ死からは逃れられぬのだ。じきにお前たちも死ぬ。ローレイももう追い付く。そうすればお前たちは根絶やしだ」


 バギードはそう言うと、最優先抹殺対象であるエリルへ向かって歩き出した。クイナは部下と共に進路を遮り、エリルを守ろうとする。


「先には進ませない! みんな、こいつを止めるよ!」


「了解!」


「ギャシャ、ムダなことを! どれだけ群れても、下等生物はオレには勝てーん!」


 その言葉通り、バギードは群がるくノ一たちを鎧袖一触で片付けていく。その様子を見たカレンは、振り返りミョルドに向かって叫ぶ。


「クソッ……こうなったら四の五の言ってられねえ! ミョルド、アタイにお前の力を寄越せ! 望み通り、お前の後継者になってあいつをブチのめしてやる!」


「よく言った! なら受け取れ! オレサマの力を!」


 ミョルドの身体を、黄色いオーラが包み込む。土壇場の状況で、継承の儀が始まろうとしていた。

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