第2話 杜若

 『杜若』と書いてでは『とわか』と、読むらしい。


 すらっとした身なりの黒髪短髪の少年。尾頭おとう悠宇ゆうは、その地に1人たたずみぽかーんとしながら考えていた。

 悠宇のおぼろげな記憶では、確か『杜若』と書いて『かきつばた』と、読むと思ったのだが。記憶違いだろうか?などと思いつつ再度悠宇は少し首を傾げて考えてみるが――『あまり変なこと。あやふやな情報は言わない。思わないでおこう。自分の馬鹿さが広がってしまう。うんうん……』と、悠宇は1人しかいないがその場でそんなことを考え。頷きながら考えることをやめた。


 ちなみにこの少年。悠宇はそんな事よりそもそも自分が何故この場に居るのかがわからないという大きな問題があったりするが――とりあえず悠宇は考えることを一度やめて深呼吸。そして「海楓うみかに聞いてみよう。彼女なら余裕でこういうことは答えてくれるだろうから」と思うのだった。


 『一体君は何を言っているんだい?』と、誰かが突っ込んでいるかもしれない。

 しかしちょっと待ってあげてほしい。悠宇自身も現在いろいろと混乱している中で、冷静にと自分自身に言い聞かせているところだからだ。

 だから悠宇の話。1人芝居?が脱線してもそのまま悠宇に話させてあげてほしい。見守ることも大切である。

 ――多分。


「とりあえず今は――そうだ。杜若だな」


 また悠宇がつぶやく。

 先ほど悠宇が見つけたのはボロボロの建物だ。

 よく見ると雰囲気的に駅舎?のように見える場所には『杜若』と書かれていた。ちなみに使われている痕跡はないので、旧駅舎という表現が正しいだろう。

 かすれていたが漢字の他にひらがなで『とわか』とも書かれていたのでこの場所は『とわか』らしいと再度悠宇は頭の中に刻む。

 悠宇は1人頷き。自分自身を何とか納得させる。


 ちなみにそんな1人で頷く悠宇の視界の端には、悠宇自身がかなり見覚えのあるが見えていたが――それは一度見なかったことにした。

 何故なら今の悠宇のは頭の中は情報がいっぱいいっぱいだったからだ。落ち着いているようだが。頭の中はひっちゃかめっちゃかの状態だったりする。


 ◆


 悠宇はその後もしばらく1人で見知らぬ土地にたたずみ頷いていた。

 このままでは悠宇が何かを話し出す素振りがないため。こちらで悠宇の現状を勝手に説明しようと思う。


 悠宇は数分前までは自宅に居た。

 これは間違いないことだ。

 そして何者かによって悠宇の爺ちゃん(今はもう故人)が長い年月をかけて作った鉄道模型のレイアウトが壊されていたところに遭遇したのだった。

 住居侵入。または強盗――簡単に言えば事件が発生していた。お巡りさんを呼ぶべき事案が発生していたのだ。

 しかし、悠宇は警察を呼ぶことはできなかった。

 なぜなら自宅に居たと思った次の瞬間。悠宇は突然見覚えのない場所。今現在自分が立っている旧駅舎と思われるところに立っていたからだ。

 あと室内に居たはずなのに明らかに悠宇は外に居た。

 もう意味わからない。である。

 周りを見ても壁はない。そもそも目の前に広がっていたはずのボロボロになった鉄道模型のレイアウトが影も形もなくなっていた。

 というか家自体も悠宇の視線からはなくなっていた。

 それは悠宇の家だけではなく。周りにぽつぽつとあった家その他建物や道路も。とにかく見覚えのあったものがすべてきれいさっぱりとない場所だった。あるのは全く見覚えのない場所。物だけ。

 悠宇が頭上を見れば雲がゆっくりと流れている。

 悠宇の周りは平和な穏やかな時間が流れていたが。悠宇の方は穏やかな時間ではなかった。

 けれど悠宇は何とか自分を落ち着かせながら。周りを見た。とにかく今わかることは、建物1つだけ。ボロボロの旧駅舎?がある。

 あと悠宇が言っていなかった情報を追加すると駅舎と思われる前には錆びたボロボロの線路と。駅舎の近くには朽ちた大木もあったりする。

 また、一応悠宇は見ていた。見えていたが触れなかったことに関してもう少し詳しく話すと。

 こんな場所にあるのがおかしいだろうと間違いなくツッコミを入れなければいけないものがあった。

 それは悠宇の視界の端に見えているだ。

 それは今にも走りだしそうな雰囲気を溢れさせている炭水車付きの蒸気機関車。グレーの煙を煙突から黙々と発している。今にも、プシューという音などが聞こえてきそうだ。あと、よく見ると蒸気機関車の乗っている線路だけ真新しい線路だったりする。まるでつい先ほど敷いたみたいに――。

 しかし今の悠宇はそこまでは見えていなかった。


 そもそもだがこの蒸気機関車。悠宇はかなり見覚えがあるものだったが。サイズが記憶にあるものとは違いすぎたため一度視線から抹消していた。これ以上自分の頭の中の情報量を多くしないために――。

 

 混乱している悠宇に変わりさらに勝手に話を進めると、悠宇の記憶と比べてその蒸気機関車はかなり大きかった。

 大きかったが悠宇にとってはとても見覚えのある車両だった。

 どこで見たかというと。先ほど自宅にて何故か壊されていた悠宇の爺ちゃんの鉄道模型の中で唯一無事だった車両と瓜二つといった感じだったからだ。

 そして視線に蒸気機関車が入った瞬間にとある考え。予想が悠宇の頭の中には生まれたが――『――そりゃないだろ。まさか自分が……』と、思いたかったのでとりあえず見なかったことにしたのだった。


 ◆


「……」


 こちらで勝手に大まかな説明をしている中。悠宇はまだ固まったままだった。

 時間にしてはそれほど長くないが。でも悠宇はというと頭の中がぶちゃぐちゃで時間のことなど全く気にもしていなかった。


 現在の悠宇はまだ頭の中でいろいろと考えているところだ。

 もちろん考えたところで、このなんと説明したらいいのかわからない。

 自分自身に起こった事をわかりやすく説明できるようになるわけではないが……とりあえず悠宇は考えていた。

 目を閉じてみたりもしている。もしかしたら目を閉じたら自宅に戻っているかもと思ったからだ。

 しかし悠宇が再度目を開けても目の前の光景は変わっていなかった。


「……………………ふぁっ!?」


 尾頭おとう悠宇ゆう高校2年生。男。全く知らない場所で少しぶりに声を発してやっと驚くのだった。

 普通は真っ先に驚きの声が出そうな場面だったが。悠宇の場合かなり時間が経過してから驚きの声をあげた。


 これはこの後始まる悠宇の長い長い別世界での生活の始まりに過ぎない出来事。いや、まだ始まってもない時の話である。

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