第6話 聖女も女神もいない

 学校から自宅へと帰った悠宇はすぐにまた外を歩いていた。

 行先はクラスメイトの加茂海楓の自宅。悠宇の家からは1、2分で到着する距離にある2階建ての日本家屋へと向かっていた。

 なお、すでに悠宇は海楓の家の目の前までやってきており。インターホンを押そうとして――。

 チロリン。

 いたのだが。まるで監視でもされているかのように、完璧なタイミングで悠宇のスマートフォンが鳴る。このことに関しては、ほぼほぼいつものことなので、悠宇は押そうとしていたインターホンのボタンから手を離し。ポケットのスマホを確認する。


『裏庭開いてるからー』


 スマホへと届いたメッセージ画面にはそんな文字が表示されている。湯船につかっている犬のスタンプ付きだ。


「すでに寛いでいたか。というか絶対監視カメラどこかにあるだろ……」


 悠宇はスマートフォンの画面を閉じながらそんなことをつぶやき。玄関の脇から裏へと続くよくよう知った道を歩いていく。

 その際にあたりをキョロキョロこれまたいつものように確認するが。カメラのようなものは今日も発見できなかった。

 そんなことをしつつ悠宇が少し歩くと裏庭へと出る。

 そこは小さめだが綺麗な庭。

 海楓の家の近くもあまり住宅、大きな道路がないため。周辺の雰囲気はすごくのどかな風景である。

 そして庭の隅っこ。日当たりがよさそうな場所では小さな畑が作られており。すでに収穫したあとで、萎れつつある作物がいくつかある。

 そんな光景を見つつさらに入っていく。


「おっ、悠宇ー。さっきぶりー。そして今日もおつー」


 すると、室内から明るく。砕けたような感じで悠宇に話しかけてくる声があった。

 悠宇が声の方を見るとそこには、数十分前に学校で話していた人の姿が――制服姿で畳の上で寝転びながらスマホをいじり。足を組み太もものきわどいラインまで見せながら寛いでいるクラスメイトの姿があった。


「ああ、お疲れ。ってか。靴玄関に置いてくる。あと、寛ぐのは良いが姿勢を何とかしろ」

「別に荷物も裏庭でも誰も取らないって、それとこれはサービス」

「――荷物は帰りのため――って、今更何を言ってもか」

「そういうことー。ってか、見る?」


 すると、いたずらっ子のような表情をしつつ自分履いているスカートをつまむ海楓。

 

「――」


 だったが。悠宇は全く見ることがなかった。そのため海楓はすぐに口を尖がらせて――。


「あっ、無視してきたー」

「忙しんだよ」

「サービスしてるのにー」

「――なんだこのやり取り。はぁ。もう何も言いません」

「えー」

「えー、じゃなくて――って、そのまま大人しくしててくれ」


 寛いでいるクラスメイトのことはあまり触れず。悠宇は適当に返事をしつつ。1か所だけ網戸になっていた場所へと近付き網戸を開けてそのまま室内へと入った。

 裏庭から悠宇が室内へと入るとそこはいつも通り落ち着いた感じの居間がある。今日もほんのりと畳のいい香りがしている。

 悠宇の現在住んでいる家は鉄道模型のレイアウトが占拠しているため。本来は畳があり。悠宇の家もこのように感じることができるのだが。現状全くできない。

 悠宇は少し畳の香りに癒されつつ。室内へと入ったその流れで履いてきた靴を回収し。加茂家の玄関へと靴をまず置きに行き。再度居間へと戻ってきた。


「ってことで、悠宇宿題する?それともご飯?あっ、3つ目の選択肢期待する?まあいつもお世話になっているからねー。たまにはちょっとくらい聞いてあげようかなー」


 悠宇が居間に戻ってくると先ほどから、寛ぎつつ明るく砕けた感じに声をかけていたクラスメイトが身体を起こし。胡坐をかきながら再度声をかけてきた。そして少し不敵な笑みを浮かべつつ悠宇の方を見ていたが。悠宇は特に反応することはなかった。


「いつもいつも同じことばかり言ってないで、まずは制服から着替える。シワになるぞ」


 寛いでいるクラスメイト――名を。いや、すでにわかっていると思うが加茂海楓という。

 悠宇が少し前まで学校で同じ教室に居り。クラスメイト達から女神や聖女と言われていた美少女である。


「大丈夫大丈夫。シワにならないように気を付けているから。私の綺麗な寝方の技術をご覧あれだよ」


 悠宇が制服の心配をしていたが。海楓の方は特に気にすることなく。立ち上がると少しだけ制服のスカートを払った。

 確かに特に制服には変なシワは見える範囲では付いていない。そのため悠宇もそれ以上は制服に関しては言わなかった。


「――マジでみんなもこの姿を知ればいいのに」


 ぼそりと悠宇がつぶやく。


「悠宇が私のことをバラした瞬間。私も悠宇の秘密をバラすね」


 悠宇のつぶやきは2人しかいない室内ではしっかりと相手にも届いていた。再度海楓が不敵な笑みを浮かべながら悠宇に近付き脇腹を突っつく。


「俺に秘密はないのだが?」


 悠宇は海楓の手を払いつつ答える。


「えー、『まもなく~一番乗り場に~』とか言いながら模型で遊んでいたのは誰かな?」


 すると海楓は片手を口元に。まるで電車の車内アナウンスをしている車掌のような素振りをした。

 しかし、悠宇にはそんな記憶は一切ない。あると言えば――。


「だからー。それは爺ちゃんだろうが」

「あははっ。でもその場に悠宇もいたから同じでしょ」

「全く俺してない事なんだがね。っか、もう晩飯抜きでいいか?俺帰っていい?」

「それはダメだねー。みんなの女神さまが空腹で倒れたらそれはそれは大事になるよ?いいの?」

「――自分で女神発言どうなの」

「……ちょっと恥ずかしいかな」


 あはは……と頭を触りながら悠宇の問いに海楓が答える。


「なら普通にすればいいのに。ほんと変わっている」

「いや、だっていろいろ便利じゃん。先生らの評価も爆上がりだよ?自動成績オール5確定?みたいな」


 実際海楓は成績がオール5だったりする。


「――周りがちょろすぎる説だな」

「いいのいいの。悠宇も恩恵あるんだから」

「――あったか?成績が特に上がったとかなかったんだが?」


 ちなみに悠宇平均以上だがオール5ではない。


「いやいや、私と姉弟扱いだよ?うれしいでしょ?他の男子が羨ましがってるじゃん」

「……」


 胸を張って答える海楓。

 しかし悠宇の反応は微妙である。

 海楓とお近付きになる。それは悠宇たちの通っている学校では最高ランクの難しさと一部男子生徒の中では言われていることだ(海楓を見守る会ですら。近付くことは禁止とされていたりするが。2人は知らない事である)。

 とにかく、男子が海楓と雑談をするというのはそれはそれはハードルの高いこととなっている。

 しかし悠宇に関しては昔からの付き合いということがすでに周りに広がっており。さらに海楓本人が『悠宇はもう弟だからね』などという発言を頻繁に学校などでしていたため。悠宇と海楓はもう姉弟。恋人関係には絶対ならない間柄。などということがクラスメイトなどに広がっていた。

 なので悠宇と海楓が話しているのは特に問題ないこととされている。

 もちろんそれでも羨ましがる生徒はかなり多いが――。


「もしもーし?無視ですか?お姉ちゃん泣くよ?」

「泣いていいよ」


 泣きまねをする海楓を適当にあしらう悠宇。これも悠宇だからできることである。


「酷!って、まあ私的には悠宇と恋人の話が広がってほしかったんだけどねー。面倒なことが起きないから」

「また適当なことを」

「いや悠宇なら勘違いしないってか。まあ今更ってか。もう夫婦みたいに悠宇が通ってくれているからねー。お姉ちゃんはOKするかもよ?」

「再度適当なことを。って、弟扱いされるが1か月誕生日が違うだけなんだがね」

「1か月は大きいよ。それはそれはもう何十時間。何百時間あるからね」

「はいはい」


 適当に悠宇があしらうと海楓が悠宇にもたれるように絡みつつく。

 ここに第三者が居れば。この2人何をイチャイチャしているのだろうか?恋人同士だろう。などと言うだろ。

 しかし実際には幼馴染。異性の友人である。この2人こんなことをいつもしているのだが。特に進展はない。小さな子供がじゃれあっている。そんな感じである。


「っか。本題だ本題。ご飯にはまだちょっと早い――って、手ぶらで来た……」


 適当に海楓を今度こそあしらった悠宇は話を帰るためにここに来た目的を――だったが。ここで選択肢がないことに気が付いた。


「あっ宿題持ってきてない?」

「貴重品のみ」

「じゃあ――畑の片付けする?」

 

 新しい選択肢と言わんばかりに庭の方を指さす海楓。


「なんで俺が加茂家のことをどんどんしているのか――」


 ちなみに悠宇は加茂家のことは殆ど知っている。

 なぜなら、今のようにちょくちょく海楓に呼ばれるからである。その理由は――。


「仕方ないじゃん。私の両親仲良すぎで基本留守だし」

「ここ最近海楓の両親マジで見ない気がするけど?」


 1つは海楓の両親がともに帰りが遅いことが多いのと。


「あれ?言ってなかった?このあたりの鉄道は制覇したとか言ってて。さらにさらにちょうどお父さんが先週から出張が県外に――に、なったからお母さんも付いて行っている」

「待て待てここ最近も週3くらいで来ているのにその情報知らなかった――というか気が付かなかった。夜には2人とも帰ってきているとばかり――」

「おっ、珍しく悠宇が私の心配してくれてる?」


 悠宇は単に呆れていた。いやいろいろ気が付けていなかった自分に呆れていた。


「ああ。こいつ戸締りできるのか?ちゃんと朝起きてたのか――とか」

「すごく私子ども扱いされてない?されてるよね?」

「掃除洗濯家事皆無が」


 勉強スポーツなら完璧の海楓だが欠点がある。それは生活力。家事全般壊滅的に何もできないのだ。

 昔から海楓の家。加茂家とは交流のあった悠宇。実際には悠宇の爺ちゃんの家が海楓の家に近かったのだが。もともと悠宇のじいちゃんと海楓の両親が仲が良かった。海楓の両親ということで、悠宇の爺ちゃんとは年もかなり離れているのだが。実は海楓の両親は旅行好き。乗り鉄だった。

 そして悠宇のじいちゃんも鉄道好き。それもあって交流はかなり頻繁にあったらしい。

 そして、ちょくちょく爺ちゃんの家に居た悠宇は自然と海楓と交流するようになり。さらにさらに大きくなってからは、悠宇が爺ちゃんのお世話係になり。こちらに居ることが多くなると。悠宇と海楓の交流も増え。交流が増えたことで、気が付けば海楓の両親の帰りが遅かったり。不在時は悠宇と一緒に食事というのが増えていき。今に至るのである。

 

「それほどでもー」


 悠宇が海楓の両親不在ということを今知り。少しだけ。ほんと少しだけ心配しつつ。海楓と話をしていると。何故か照れる海楓だったが。もちろん褒めていない悠宇はスルーした。これもよくある流れ。

 というか家の時の海楓は獅子と似たような雰囲気になっているのを知っているのは悠宇だけだったりする。そして学校でも数少ない異性との会話。海楓と獅子に関してはちょくちょく話していることに納得。なんか似たもの同士。と思う悠宇だった。


「褒めてない。っか、じゃあ俺が来ない日は――自分でご飯作っていたのか?」

「えっ?ああ、お父さんがね。いろいろおかずとか冷凍の物ストックしてくれていたから」


 加茂家の料理担当は父である。母もするらしいが。母が父の料理が好きということで、基本加茂家の台所は父が担当している。


「――もしかして、少し前から冷蔵庫内がにぎわっていたのは……」

 

 悠宇はここ最近のこと。海楓の家の冷蔵庫が何やらいろいろ入っていたことをふと思い出しつつ海楓に聞いてみる。


「それがストック。で、さすがに底ついた」

「……」


 この娘何を言っているのか。悠宇がそんなことを考えつつキッチンに移動する。そして冷蔵庫を確認する。

 普通なら他人の家の冷蔵庫を簡単に開けるのは――と、思われるかもしれないが。加茂家公認。娘の世話係の悠宇は基本この家では自由である。

 そもそも悠宇もいつものことなので、もう何も気にせず自分の家のように扱うことも多くなっている。


「――ガラガラだな」


 冷蔵庫の中を見ながら悠宇がつぶやくと隣に海楓がやって来た。


「まあさすがにもって1週間だね」

「……俺にどうしろと?」

「今日から悠宇にはこの家で生活を!」


 選手宣誓のようにポーズを決めながら発言する海楓。


「俺自分のすることあるんですが――」


 もちろん悠宇は渋る。


「それお爺ちゃんの模型で遊ぶことでしょ?」

「維持管理だ」

「はいはい。わかってるって。悠宇が真面目なのは知ってる。お爺ちゃんの遺言もね。でもさ。悠宇も1人暮らし。私もしばらく1人。そして何より私たちは姉弟で周りに伝わっているから、一緒に生活も問題ないでしょ。あっ、お父さんお母さんには出て行くときに『ちゃんと頼みなさいよ』って、言われているから」

「いろいろおかしいな」


 ちなみに『ちゃんと頼みなさいよ』という海楓の今の言葉。悠宇は初めて聞いた。


「まあお父さんたちが悠宇に直接――って言っていたけど、私が勝手に悠宇も忙しいからーで、会わせなかったからね」

「お前何してるの?」


 なんで重要なことを言わないか――などと思いつつ今後どうしようか。と頭を抱える悠宇。だった


 加茂海楓。これが本当の彼女の姿である。

 母親譲りと昔海楓の父に聞いたことがあるが――ちょっと考えがおかしいところがあるというのか。面白い方向に事を持っていきたがるというか――周りは大変である。


「もう悠宇が頷く選択肢しかない状態にしとかないと私空腹で本当に倒れるし」

「――じゃ、元気で」

「なんで帰ろうとするの!?」


 この娘の相手はしなくていいのでは?と、悠宇が思い帰ろうとしたが。もちろん悠宇はすぐに捕まった。絶対に話さないと言わんばかりにしっかり悠宇の腕を捕まえる海楓。


「はぁ。とりあえず――これ買い物から必要では?」

「お金はたんまりあるから」

 

 するとどこからか通帳を取り出す海楓。そして記帳されている最終のページを見せてきたが――確かにそこそこお金はあるらしい。というか、めっちゃ持っていた。


「――海楓もそろそろ何かできるようになることをお勧めする」

「いいじゃん。悠宇が居るし」

「おかしい」

「それに私洗濯は覚えたじゃん。頑張ったじゃん。偉いじゃん私」

「まあ――」

「だからもう覚えるのは無理」

「勉強と同じような――?何故に家事になると覚えられる量が激減するのか――」

「勉強の覚えるのと家事は違うね」

「……もういいや」

「そうそう諦めてくれると助かる」


 何度目かのため息を悠宇がした後。

 2人は買い物へと出かけることにしたのだった。

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