第75話 俺の名は―― ◆

 とある森の中で切り株に座り考え込んでいる男性が居た。


 ★

 

 夢は王様。

 子どもの頃からの俺の夢。

 ずっと変わらない俺のゆみゃ――噛んだ。


 気を取り直し。俺の夢は王様だ。

 

 ――しかし俺は貴族の生まれではない。

 さらに言えば俺は平民の生まれでもない。


 えっ?ならお前はどこの生まれなんだって?

 魔物からでもポンと生まれたのかって?

 さすがに魔物からではないだろうが。

 でもわからないんだ。

 これほんと。

 俺はどこで生まれて両親が誰なのか。顔すら浮かばないし。そもそもを言えば今俺は湖面で自分の顔を見ているが。これが自分だったか?と、ちょっと自分の顔にすら自信がない。

 いや、待てよ。そもそも自分の顔なんてそんなに見ないからはっきり覚えている方がおかしいのではないか?そうだな。多分これが俺の顔。というゆるい感じがちょうどいいだろう。

 ってか、湖面を見て思ったが。魔物からの生まれではないと思うぞ?何故なら今、湖面に映る俺の顔は人だ。

 でも――やっぱり自分の顔を見ていても俺という人間が一体誰から生まれたのか全く記憶にない。

 そしてこの場所が普通域と呼ばれているところの南の方。シーノ地方と呼ばれているところの端っこ。森の奥地ということまでは何故かわかるのだが――。

 そういえばなんで俺自分のことを知らないくせに居場所だけはわかるんだ?もしかして俺頭でも打って大切な記憶だけ抜け落ちたのか?

 いやいや、それなら俺の夢。とか語らないだろう。

 俺の夢は王様。これはしっかり覚えている。

 覚えているのだが――何故か自分の居るところ以外わからないという。謎だ。


 とにかく、俺はどこの生まれかわからない。でも夢だけはわかる。俺は王になるべき人と――そうか。もともとの俺があまりに王の器にふさわしすぎて、嫉妬でもした野郎が俺を亡き者にしようとしたのか。

 そうだな。そう考えるとなんとなくわかる気がしなくもないな。

 弱っちぃ誰かが。いや、誰からが。かもしれないが。とにかく俺を敵視する奴に俺ははめられてどこかに捨てられたと考えよう。しかし俺の能力が高すぎて死なず。でもそこそこ頑張ったから記憶だけがおかしくなったが。でも俺の王になるという夢は消せなかった――ふはははっ。誰か知らないが残念だ。俺は生きているぞ。

 

 でも――せっかくなら今の状況を利用するのも良いな。

 王になる人間自分の国や周りの国のことを知っておくべきだろう。

 

 よし。こういう時は――捨て子って言うのが良いな。

 見た目は――これだけボロボロの服着ていればわからないだろうし。そもそも俺のことを知っている人が居れば居たでそれでいいな。

 俺の居るべき場所がわかるだけだ。

 とにかく今は家なき子になり。この後はぶらぶらと各地を回ることにしよう。

 

「――いいね。よし。それで行こうか――って、どっちに行こうかね」


 俺は頭の中で今後のイメージを作ると。つぶやいたのち立ち上がり。周りをキョロキョロ。とにかくどこを見ても木しかないことを確認してから。適当に思うがまま歩き出した。

 どこにたどり着くのかはわからない。でも俺が進む道は王への道と確信している。


 ★


 これは今はまだ名もなき男の始まり――?である。

 茶髪のボサボサ頭の男性が軽い足取りで森の中へと消えていった。

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