【解決編】What do you see on the distant back?

《彼方の背中に何を見る》




 その後の【審判】は、淡々と進行した。

【犯人】の正体は既に確定され、残るは導き出した【真相】に何か粗がないかを確認するだけ。

 誰も、壊れてしまったような亜麻音さんに触れなかった。

 ただ、粛々と議論を進め――


『ここでタイムアップ! 諸々イレギュラーはあったけど――まあ一応、ちゃんと【真相】を纏めて答えてもらおうかな! というわけで【真相】究明に最も貢献した色川さん、ここで一つ完璧な【真相】をどうぞ!』

「……ええ」


 私がここで滅茶苦茶なことを答えれば、この場にいる亜麻音さん以外の全員が殺される。

 そんな、みんなの命を預かっている感覚に……私は特に何も感じなかった。

 当然だ。だってもう、どうなるかは決まり切っているのだから。




     ◇◆◇◆◇




【犯人】の狙いはおそらく、私たちの中に潜んでいるはずの魔物と、不埒な企みを抱く魔法少女を粛清することだった。それらが計画を実行に移して、犠牲者が出る前に。

 そのために【犯人】は、自分の魔法を利用することを考えた。

【犯人】の魔法――[試練結界]は、範囲内に踏み入った『迷いなき殺意』を持つ存在の魂を破壊する魔法。そろそろこの監禁生活も行き詰って、誰かが行動を起こすかもしれないと思ったからこそ、【犯人】はこれの決行を決めたのでしょうね。


 もし今回の【犯人】が殺人だけを目的としていたのなら、この事件はもっとシンプルなものになったでしょう。だって本来なら、【犯人】はその辺の死角に[試練結界]で魔法陣を設置すればいいだけだもの。

 けれど【犯人】は、誰か一人ではなく邪悪な企みを抱く全員を葬り去ろうと考えていた。だからこそ、今回のトリックはここまで大きなものとなった。


【犯人】が目的を達成する上で必要なのは、ここにいる全員が魔法陣の効果範囲内に存在している状況。けれど魔法陣は効果適用後に即消滅してしまうから、順番に範囲内に入って来るのではダメだった。

 この場合、取り得る手は二つ。

 全員をいっぺんに効果範囲に移動させる方法を用意するか、全員を効果範囲に収めるように魔法陣を作成するか。

 今回の【犯人】は後者を選び、実行した。


【犯人】が今回の現場にいつ目をつけたのかはわからないわ。それでも、凶器の持ち出しを行っている以上、夜の間に出歩いていたのは確かね。そのときにロケーションを探して、今回の現場――観覧車に目をつけたんじゃないかしら。

 この観覧車は一見、外見がお菓子を模しているだけの観覧車。けれども【犯人】にとっては、特別な意味を持っていた。

 装飾のつもりなのか、一般的な観覧車とは骨組みの形が異なるこの観覧車は、偶然にも【犯人】の魔法陣を重ねるのに理想的な条件を満たしていたから。

 四つ隣のゴンドラに渡された骨組みは、偶然にも五芒星を二つ重ねたような形になっていた。だから【犯人】はその五芒星の片方をなぞり、最後に観覧車を回して円を描かせれば、超大規模な魔法陣を完成させられた。


 そのために【犯人】が用意したのは、作業道具と工作道具、偽装道具の三種類。

 作業道具として持ち出されたのは、滑り止めの手袋とブーツ。それからフルハーネス。万が一にも作業中に滑落して事故死、なんてことが起こらないようにでしょうね。

【犯人】はこれを使って、観覧車に取り付いて五芒星を描くように骨組みをなぞった。……小さめの観覧車ではあるけれど、それはあくまで他の巨大な遊園地との比較の話で、人と比べれば十分に巨大よ。五芒星を描く際に相当な苦労があったと推察できるけれど、彼女は最前線で戦っていた魔法少女。それを可能にする身体能力が備わっていたと考えられるわ。


 そして持ち込んだ工作用具――ガムテープで、計画にどうしても必要な仕掛けを施した。それは、ちょうど筆の先端が五芒星の頂点に来るように調整して、ガムテープで固定すること。

 そして最後に、偽装道具として持ってきたガラスフィルムとナイフを使った。ナイフは後から捜査されることを見越して、予め隠しておいたのでしょうね。あなたたちが事件後の相互監視を怠らなかったなら、捨てる時間はなかったはずだもの。

 そして、ガラスフィルム――それもすりガラス状のものを使って、窓ガラスを塞いだ。みんなが観覧車に乗ったとき、魔法陣の光に気づかれないように。

 これらの隠蔽工作は、【犯人】の意思というよりは、ルール順守の観点から行われたという面の方が強いのでしょうね。


 そして、今日。

 私たちは【犯人】が罠を仕掛けた観覧車にやって来た。霧島さんの提案が発端だったけれど、どうせそれがなくてもいずれは自分から提案してみんなを誘導するつもりだったんでしょうね。その決行予定日が今日だったのかは定かではないけれど。

 とにかく、観覧車に乗ることが決まった以上、【犯人】は計画を発動させないわけにはいかなかった。もし誰かがたくさんの工作痕が残る現場に違和感を持てば、計画が瓦解してしまうかもしれなかったから。


 でも、ここで【犯人】は何か特別な行動を起こす必要はなかった。ただタイミングを見計らって魔法陣を描く筆に光を灯し、あとは観覧車の中で話しているだけで計画は完遂される。

 それを知らずに、私たちは観覧車のゴンドラに乗り込んで――その後にどうなったかは、もう語る必要はないわね。




     ◇◆◇◆◇




◇◆◇【亜麻音 琴絵】◇◆◇


 幼い頃より、私は虐げられる側だった。

 不気味な子供。何を考えているのかわからない奴。

 私自身には身に覚えのない罪で、私には『罰』とやらが下された。


 私はその理不尽な加害を呪い、正当な罰――いや、裁きを下す者を求めた。

 そんな中、孤独を埋めるためだけに触れていた物語の中で、私は出逢った。

 悪を退け、苦難に立ち向かい、決して折れず正義のために戦う――英雄。

 私は歓喜した。人間はこのように生きられるのだと知って。

 そうして、私はその英雄を目指し――挫折した。


 私には誰かを引っ張る才能などなかった。誰かに示せる力などなかった。誰かに与えられる正義などなかった。

 私は、英雄の器ではなかった。

 そうして私は現実に絶望し、単なる休憩場所だった空想の世界はいつしか逃避先となり、最後には物語の世界こそが住処すみかとなった。


 私はあるべき英雄の形を求め、図書館に通い詰めては本を手に取り捲った。

 しかし完璧な英雄像を描き切った作品は希少だ。最近は捻くれた作品も多い。すぐに、図書館で見つかるような英雄譚は底をついた。

 だから私は、自分で書いてみようと筆を執った。

 自分自身は英雄になれずとも、せめて自分の分身は遠い世界で英雄になれるのではないかと思い始めた小説の執筆――それもまた、すぐに絶望させられた。

 私の作品は構想していた形とは程遠く、自分の理想を投影したはずの英雄は、分不相応な称賛を受けるエゴイスティックなリアリスト――私が最も軽蔑する存在へと成り果てていた。


 それでも諦めきれず、私は中世の時代において英雄を讃える役を担った、吟遊詩人という役割を選んだ。

 せめて、英雄と繋がっていられる役割を求めて。

 これも才能はないと理解させられたが、辛うじて見るに堪えないという域からは脱していた。もちろん不満は残ったが、何もできない無力さを噛み締めるよりはよほどいいと自分を納得させた。


 ――そして、転機が訪れる。


 私は魔法少女となる誘いを受けた。実際に人を越えた力を授かり、これで今度こそ英雄に――そう願い、またも挫けることとなった。

 しかし絶望はしなかった。私が捜し求めていた本当の正義、真の裁きを下す者が存在している。それを知ることができたのだから。

 特に私が焦がれたのは、魔法少女の力で悪人に裁きを下すことを許されているという、特例中の特例、【無限回帰の黒き盾】。彼女は凄まじかった。最前線での戦いぶりも、威風堂々とした立ち振る舞いも、噂で流れてくる裁きの数も。

 そして彼女と肩を並べて戦う二つ名持ち魔法少女たちは皆、覚悟と力の両方を備えた傑物だと理解し、彼女たちになら命を捧げてもいいと本気で思った。

 ――あるいは私自身が、魔法少女たちが超えるべき試練となり、二つ名を背負うにふさわしい魔法少女を作る。そんなことを夢見たりもした。


 ――そんな日々の中で、ある日私は、魔法の遊園地の招待状とやらを受け取った。

 他ならぬスウィーツからの誘い。怪しいなどとは全く思わなかった。

 それに、かの【獣王】や【聖女】も来る予定だと聞いた私は、一も二もなくこの遊園地を訪れることを決め、招待状の求めるままに名前を記し、そして――




     ◇◆◇◆◇




◇◆◇【色川 香狐】◇◆◇


「この犯行を成し得るのはもちろん、一人しかいない」


 固有魔法を手段としてではなく、もはや前提として組み込んだ事件。

 それ故に、【真相】に言及するなら最初に正体を明かす他ないという未だ前例のない事件を作り出した、特異な魔法少女。


「英雄に憧れ、遥か彼方の背中に手を伸ばし、献身し――手ひどい裏切りを受けた魔法少女」


 私が、共感と呼べるかもしれない感情を仄かに抱いていた相手。


「――亜麻音 琴絵さん。あなたが今回の【犯人】ね」

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