This is my magic. ②
《これが私の魔法②》
諦めの目は、まず忍ちゃんに向いた。
「あの、ボクの魔法も、その……役に立たないです。ご、ごめんなさい……」
忍ちゃんが恥じ入るように言う。
神子田 忍 固有魔法:[
魔法による罠を設置できるようになる。罠は発光した魔法陣として視覚化されるので、発見は容易。罠の種類は三つ。
・石化罠 半径一メートル以内に近づいた相手の動きを十秒間完全に止める。
・隠れ罠 設置者がこの魔法陣に足を踏み入れた時、魔法陣ごと設置者の姿を隠す。持続時間は最長で三十秒。
・連動罠 半径一メートル以内にある魔法罠が発動したとき、その罠にかかった相手を対象に、魔法の斬撃を浴びせる。斬撃の威力はカッターナイフほど。
確かにこれは、脱出には使えなさそうな魔法だった。
次の接理ちゃんの魔法も、これだ。
神園 接理 固有魔法:[確率操作]
一分間だけ、対象の事象(単一。口頭で指定)が起こる確率が100%になる。そもそも実現の可能性が0%の事象や、実現までに一分以上の時間がかかる事象は起こせない。この魔法は再使用までに半日の時間経過を要する。
これも、どうやっても脱出に使えそうにはない。
誰もがそう思っていた。
「……僕の魔法なら、壁を抜けることくらいはできる」
「えっ?」
驚愕の声を上げたのは、誰だっただろう。
諦めていたところに急に湧いた期待というのは、人の心を強く動かす。
「ほ、本当!?」
「ほんとにー? セツリン嘘ついてない?(´Д`)」
歓喜の声と、疑問の声と、両方が上がる。
「僕に嘘をつく理由はない。黙って聞いてほしいのだけれど」
接理ちゃんは、疑問を投げかけた空澄ちゃんを遠慮なく睨みつけた。
その蔑んだ目のままで、接理ちゃんは自分の考えを説明する。
「――巨視的量子トンネル効果」
「あ? なんだそりゃ」
急に飛び出した謎の単語に、猪鹿倉さんが首を傾げる。
「簡単に言えば、物体が壁を通り抜けてしまうという量子力学上の仮説だよ。通り抜けが起こる確率は途轍もなく低いと言われて――」
「低いって、どれくらいだよ」
「……正確には不明だ。だけど、普通にゼロを並べて紙に書いたなら、一日中ゼロを書き続けても足りないくらいだと思ってほしい。本当に気の遠くなるような、絶望的な確率の上で成り立つ現象で、もちろんそんなことは通常起こらず、現状は確認しようのない机上の空論だ」
接理ちゃんは自己紹介の時とは打って変わって、饒舌になんたら効果の解説をする。最初は全く関係のない話に思えたけれど、だんだんと繋がりが見えてきた。
「しかし確率がゼロじゃない以上、僕の魔法なら、その通り抜けを100%の確率で起こすことができる。それが実行可能であることも、以前確認している」
「ってことは……お前は、外に出られるのか?」
「まあ。そういうことになるかな」
猪鹿倉さんの確認に、接理ちゃんが頷く。
それに、空澄ちゃんが噛みついた。
「ん? それ、セツリンだけ外に出ようってことー? それはちょーっと許せないかなーって思うんだけど?( `ー´)ノ」
空澄ちゃんは今までと変わらない軽い調子で言う。
けれどその言葉に触発されて、他の人も騒ぎ出す。
期待が煽られた分だけ、それが裏切られたときの反応は劇的だった。
「ああ? お前だけ助かろうってか? 協力しようって言ったばっかりに?」
「そ、そんな……っ。なんとか、ウチたちも連れてってもらえないんですか?」
「みゃーの守護霊が、末代まで祟ってやるって言ってるにゃー。霊媒師のみゃーが言うんだから間違いないにゃー」
各々、接理ちゃんを非難する。嘆願する。呪詛を吐く。
あるいは私のように、険悪な空気を前にして口を開けなくなる。
接理ちゃんはそれらの言葉に対して何か反論しようとしていたけれど、集団の声にかき消されてしまって何も聞こえない。
――こんな空気じゃ、本当に殺し合いになってしまってもおかしくない。
そんな危惧に身を固くしていると、パンパンと、手を叩く音が響いた。
大きく響いたその音は、一時的に口論を中断させる。
手を叩いて言い合いをストップさせたのは、初さんだった。
「みなさん、落ち着いてください。先ほど接理さんが説明してくださった理論は、わたくしも知っています。――その上で、接理さんにお聞きしたいのですが。接理さんの魔法を全員にかければ、わたくしたち全員で脱出することもできますよね?」
「……魔力さえあれば、できる。僕一人の魔力では、一人が通り抜けられるようにするのがせいぜいだけれど。あなたの[魔法増幅]を受ければ、二人まではいけるはずだ。何回かに分けて行えば、全員脱出することもできる。……それを話そうとしても、さっきから誰も、話すら聞かなかったけどね」
今度は、初さんに制された時とはまた別種の沈黙が生まれた。
自分たちの早とちりで接理ちゃんを責め立てていたとなれば、そういう反応にもなるだろう。
「あー、セツリン、ごっめーん('◇')*>」
こういう時、空澄ちゃんだけは物怖じせずに切り込んでいく。
「……悪かったよ」
「そ、その……ごめんなさい」
「みゃーの守護霊も、暴言吐いてごめんなさいって言ってるにゃー」
それに続いて、いくつかの謝罪が送られた。
接理ちゃんはそれらに一切反応せず、
「とりあえず、僕とこの子に魔法をかけてみる」
この子、と忍ちゃんを指して、魔法を試してみることを提案した。
「大丈夫そうなら、この子は外に逃がして、僕だけ戻ってくる。……それでいいんだろう?」
接理ちゃんは、文句をつけてきた人たちに嫌味っぽく言った。
「ええ、それで行きましょう」
空気が悪くなる前に、初さんが纏める。
「わたくしの強化は必要ですか?」
「ああ。お願いしたい」
「わかりました。空澄さんも――」
「ああ、いや……そこまで過剰に魔力を渡されても困る。僕には扱いきれそうにない」
「そうですか。では、わたくしの分だけ。――【『約束の刻』ならぬ祝福の時を、わたくしめらにお与えくださいますよう】」
接理ちゃんの魔法発動のお膳立てを進める。
実行の段になると、みんな揃って壁際の一か所に集まった。
みんなの見守る表情にも力が入る。私も思わず手に力を込める。
どうか、うまくいきますように――そう祈っていたら、肩を叩かれた。
夢来ちゃんかな、と思って振り返ると、そこにいたのは色川さんだった。
「い、色川さん……?」
「あら、香狐でいいわよ」
「あ、はい。香狐さん……。じゃなくて、どうしたんですか?」
「いえ。だいぶ期待しているようだったから、ちょっとね。忠告というか」
香狐さんは、私にだけ聞こえるように声を潜めて言ってくる。
「……忠告?」
「ええ。魔王は、私たちの固有魔法をどういうわけか把握しているわ。その上で、あえて封印せずに残しているのなら……あまり、期待しすぎない方がいいでしょうね」
「え? それってどういう……」
「たぶん、何らかの対策がされてるわ。――見てればわかるわよ」
言って、香狐さんは接理ちゃんの方に視線を向けた。
どうやら話はそれで終わりのようだった。
私がそんなやり取りをしている最中に、接理ちゃんは魔法の準備を終えていた。
接理ちゃんが、魔法の対象を宣言する。
「――[確率操作]。これから、僕と忍は壁を通り抜けられるようになる」
相変わらず発動の様子がまるで見えない寂しい魔法だったけれど、確かに発動されたはずだ。
「……じゃあ、行かせてもらうよ」
接理ちゃんと忍ちゃんが一歩前に出て、壁に手をつく。
その手は壁に呑み込まれるようにして、抵抗なく入っていった。
おお、とどよめきが上がる。みんなの目が希望に溢れる。
するすると、腕まで呑み込まれていく。
これならいけるのではないかと、私は香狐さんの忠告に反して、大きな期待を抱く。
――けれど。壁に呑まれていく腕は、十何センチか呑み込まれた辺りで止まってしまった。
「あららー?(;´・ω・)」
「おい、どうした?」
「……ダメだったんですか?」
不安が広まりだす。
当事者も何が起こっているのかわからないようで、忍ちゃんは茫然とし、接理ちゃんは驚愕している。
その状態から回復したのは接理ちゃんの方が早かった。
接理ちゃんは腕を引き抜くと、顔を壁に突っ込んだ。
普通なら鼻をぶつけるところも、魔法の影響下にある今だけは、するっと壁の中を覗きに行ける。
接理ちゃんは五秒ほど壁の中を覗いて、それから戻って来た。
その顔には、悔しさがありありと浮かんでいた。
「……忍、もういい。一分経つと抜けなくなる」
「え、あ……」
壁に手をさしたままだった忍ちゃんは、声を掛けられてようやく我に返った。
警告に従って、慌てて手を引き抜く。
全員が、重苦しい沈黙を纏っていた。
食堂内は、失意の波に呑み込まれる。
「……何があった?」
猪鹿倉さんが、みんなの疑問を代弁する。
そこに接理ちゃんを責め立てる色はなく、ただ単純に、説明だけを要求していた。
接理ちゃんはズレた眼鏡を整え、それから言った。
「正確なところは、わからない。ただ確かなのは、この館は壁よりももっと、厄介なもので外と隔てられている」
「壁よりも厄介なもの?(;´・ω・)」
「……僕には、あれが何かわからない。真っ黒い断絶。壁を通り抜ける僕の魔法が通じなかったのなら、あれは壁じゃないのかもしれない。ともかく、普通の壁の奥にその断絶があって、僕はそれ以上進むことができなかった」
「……黒い、断絶」
誰もが、どう反応していいのかわからなかった。
失敗した要因がわからないのだから、文句のつけようもない。
「クソッ。どうせワンダーの仕業だろ」
猪鹿倉さんがそうやって悪態をつくのみだった。
みんながそれぞれ、沈んだ顔をする。
その中で私は、比較的ダメージが少ない方だったらしい。
もしかしたら、事前に香狐さんがしてくれた忠告のおかげかもしれない。
そう思って香狐さんの方を見ると、彼女は薄く微笑んで返してくれた。
それで、さっきの忠告は香狐さんなりの気遣いなのだと理解する。
「……みなさん。とりあえず、席に戻りましょう」
初さんが号令をかけて、みんなはそれに従った。
従う他、なかった。
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