Chapter1:号砲の音は花火のようで 【問題編】

This is my magic. ①

《これが私の魔法①》




 魔法少女。魔法の力を授けられる代わりに、魔物と戦う役目を課された少女たち。

 魔法少女の持つ力は三つ。

 一つ。常人をはるかに超える身体能力。

 二つ。魔物に振るう心強い武器。

 三つ。各魔法少女が持つ、自分だけの魔法。固有魔法。


 ――私たちが持つ力のうち、二つは封じられてしまったけれど。

 一つ、固有魔法という力だけは残されていた。


 同じ魔法少女でも、固有魔法の効果は大きく異なっている。

 わかってはいたけれど、渡されたメモを見ると、本当に千差万別な固有魔法が揃っていた。


 館内の探索を先にしようという声もあったけれど、ここは魔王が用意した館。魔物が徘徊していたりする恐れもある。

 不用意に動き回るのは危険かもしれないという意見の方が勝り、私たちは、個々の魔法の役立て方を検討するところから始めることにした。

 順番はさっきの自己紹介と同じ。



 最初は初さん。


「わたくしの固有魔法は[魔法増幅]……つまりは強化魔法ですね」


 みんな、手元のメモに目を落とす。

 そこにはこう書かれていた。


古枝 初 固有魔法:[魔法増幅]

自分の保有する魔力を任意の量だけ対象者に与え、魔法の威力を増加させる。与えた魔力は、強化を受けた魔法少女が次に使う魔法に全て乗せられる。発動には詠唱が必要不可欠。詠唱の文言はなんでもよいが、『約束のとき』という言葉は含めなければならない。与えた魔力は、一時間以内に使用されなければ消失する。


「……見ての通り、脱出に直接役立つような魔法ではありません。どなたか、脱出に役立てられそうな魔法をお持ちの方がいましたらお手伝いいたしますので。その時はお声がけください」


 初さんは魔法を発動することすらせずに引き下がった。

 次に番を渡された摩由美ちゃんもそれは同様だった。


萌 摩由美 固有魔法:[呪怨之縛じゅおんのしばり

悪霊の力で相手の身動きを封じる。この魔法に魔力は消費しない。この魔法の発動可能回数は、人間の死を目撃するたびに一増加する。この魔法は、最大で十五分間効果を発揮する。効果中に発動者が解除の意思を示すことで解除可能。ゲーム参加時点でのこの魔法の発動可能回数はゼロ。


「みゃーの魔法は、そもそも発動できないにゃー。というかみゃーの固有魔法、今まで一回も発動したことないにゃー」


 ……発動したことがないのも当然の話だった。

 魔法少女が戦いで命を落とすことなんて、魔王、あるいはそれに準ずる相手でもなければまずないことだ。私生活でも、人の死を見る場面なんて普通はない。

 発動条件が満たせなくて、今まで使っていなかったのだろう。


 そもそも脱出に使えそうな魔法とも思えないので、次の人に番を移す。

 次――空澄ちゃんの固有魔法は、前二人の魔法が霞むくらい、物騒な効果を備えていた。


棺無月 空澄 固有魔法:[被害模倣]

自分が受けた魔法をコピーする。ただし、使えるのは自分が一番最後に受けた魔法だけ。新しい魔法を受け次第、古い魔法は使えないようになる。ゲーム参加時点では、[拷問中毒]という魔法がコピーされている。

コピー魔法:[拷問中毒]

相手の体内に流し込んだ毒の強弱を自由に操ることができる。ただし変更幅が大きいほどに魔力を消費し、更には自身にも相手に与えられる毒の半分の苦しみが与えられる。この反動による苦しみに関しては実害はない。


「あーしの魔法、すごいっしょー(*^▽^*)」


 これだけ物騒な魔法を持ちながら、空澄ちゃんは笑顔で言った。

 その笑顔を前にして、初さんが立ち上がる。


「……すみません、みなさん。少し魔法を使います。――【『約束の刻』が訪れぬよう、わたくしの祈りを彼女の元へ】」


 初さんが祈るようなポーズで詠唱を口にする。

 ……彼女がポーズを解いても、見た目の上では何も起こらなかった。


「そういえば、魔法陣、出ないんでしたね。……ごめんなさい。あまり物騒な魔法は見過ごせなくて。空澄さんの魔法を上書きさせていただきました」

「うぇー!? 勝手にぃ!?( ゚Д゚) まあいいけどさー。こないだ戦った魔物に押し付けられたゴミ魔法だったし(;´o`)」

「……そうですか。空澄さん、わたくしに[魔法増幅]を使ってみていただけますか? 今なら使えるはずですよね?」

「おっけー、おっけー。えっと、何だっけ? ――【『約束の刻』がなんちゃらかんちゃら】! でいいんだっけ?($・.・) ……うわ、ナニコレ新感覚! 魔力が抜けてく感じ!( ゚Д゚)」


 ワンダーが発動の兆候を消したせいで傍目にはわからないけれど、魔法はどうやらしっかり行使されたようだった。

 それだけでなく、空澄ちゃんは面白がって、何度も[魔法増幅]を連発する。


「【『約束の刻』なんちゃら】! 【『約束の刻』なんちゃら】! ……これ魔力消費きつーい!(; >_<)」


 空澄ちゃんの顔が青くなる。

 魔法を使っているかどうかは判断がつかなかったけれど、これはわかりやすかった。

 魔法少女は魔力を消費して魔法を行使する。それがなくなりかけると体調が悪くなる。空澄ちゃんの今の症状は、まさにその魔力の使い過ぎだった。

 魔力は自然に回復するけれど、それまでは寒気や吐き気に襲われる。

 まあ、それは魔力を譲渡するような手段がない場合の話だ。


「この魔法、送る魔力も自由に調整できるのはいいんだけどさー。上限ってないのー? うっかり魔力ほとんど送っちゃったよー。((+_+)) ウイたん、悪いけど魔力返してもらえない?」

「……はぁ。――【『約束の刻』を遠ざけ、彼女にしばし安息を与えたまえ】」


 初さんはため息をついて魔法を発動させた。はっきりとした口調の詠唱が響く。

 魔法の詠唱は、周囲の人に聞こえるくらいの声量で行わなければ魔法が発動しない。妙にハキハキした口調の詠唱は、魔法の失敗を防ぐためだろう。

 青かった空澄ちゃんの顔色が、目に見えて回復する。


「わー、ありがとっ(*´з`)」

「……脱線しましたね。次、藍さんお願いします」

「――残念だが、我は回帰の能力者。我の魔法も牢獄からの脱却には無力……」


 芝居がかった仕草で藍さんも匙を投げる。


唯宵 藍 固有魔法:[刹那回帰]

対象を十秒前の状態に戻す。対象の大きさにより、指数関数的に消費魔力が増大する。この魔法は再使用までに十秒の時間経過を要する。生物を対象とした場合、記憶は巻き戻されない。


 確かにこれは、脱出に用いることはできそうにない。

 これまで四人全員がどうにもできず、次にみんなが視線を向けたのは、今も私たちと距離を取っている双子だった。

 それぞれの固有魔法については、こう書かれている。


雪村 佳奈 固有魔法:[存在分離]

ある存在を分離させて、それぞれ別の存在として改変することができる。分離物は見てそれとわかるくらい分離元の面影を残すが、機能面では独立、あるいは低効率化される。


雪村 凛奈 固有魔法:[存在融合]

ある存在とある存在を融合させて、別の存在を作り出すことができる。合成物は見てそれとわかるくらい融合元の面影を残すが、機能面では両立、あるいは効率化される。


 それぞれが対をなすかのような魔法。

 その中でも私たちが注目していたのは、佳奈ちゃんが持つ[存在分離]の魔法だった。

 その魔法を使えば、壁に穴をあけたりできるのではないか。

 あるいは、玄関のドアをこの館から分離させ、通れるようにすることができるのではないか。

 みんな、そんな期待を向けていた。


「か、佳奈にやれって言うの?」

「佳奈さん、お願いできませんか?」

「……やらなきゃダメなの?」

「……わたくし、強制するつもりはありませんが」


 初さんは敢えて含みのある言い方を選んだ。

 実際、この状況で非協力的というのは、余計ないざこざを生みかねない。

 それは佳奈ちゃんにもわかっていたのか。


「わ、わかったから! や、やればいいんでしょ……」


 佳奈ちゃんは凛奈ちゃんの手を引いて席を立ち、食堂の壁に手を当てた。

 すると、ぼろりと、壁の表面が崩れた。

 不揃いな形の礫となって、ぼろぼろと床にこぼれる。


「おおっ!」

「わぁ……」

「ふむ」


 その光景に、歓声が上がる。

 しかしその歓喜は、


「ああっ、クソッ!」

「そんな……」

「やはりか……」


 一瞬にして、怒気や悲嘆に取って代わられる。

 佳奈ちゃんの魔法によって抉られた壁は、どういう原理か――十中八九、魔法を用いたのだろうけど――凹んだ壁が内側から盛り上がるようにして、元に戻ってしまった。

 この調子だと、佳奈ちゃんが魔力を全て振り絞って穴を開けようとしても、一人として通れないまま終わるだろう。全員がそう予測できてしまったのか、魔法の行使をやめた佳奈ちゃんを責める人は誰もいなかった。


 ほぼ半数の魔法が、何も効果なし。

 全員の目が、半ば諦めたものになる。メモを予め読んでいた人は、特に諦めが顕著だった。

 それもそうだ。なにせ――。

 これから後に続く六人の魔法は、どれも脱出に使えそうなものではなかった。

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