This is my magic. ③

《これが私の魔法③》




 次に出番が与えられたのは米子ちゃん。


「あの、ウチも、全然役に立たない魔法で……」


釜瀬 米子 固有魔法:[暗号捕食]

暗号化された文字列を呑み込む、あるいは舐めることで、その内容を理解することができる。暗号が複雑なほどに消費魔力は多くなる。


 少なくとも、この場で活躍することは何一つなさそうな魔法だった。

 みんなそれをわかっていて、何も言わない。

 米子ちゃんは委縮してしまって、椅子の上で肩身が狭そうにしている。

 そのまま、手番は夢来ちゃんに流れる。

 夢来ちゃんの魔法は――私も驚いたけれど――この中で一、二を争う物騒な魔法だった。


桃井 夢来 固有魔法:[活力吸収]

相手の生命力を奪うことができる。数時間で相手を死に至らしめることも可能。限界まで搾り取れば、ミイラ化して死体の身元が特定できないほどになる。ただしミイラ化するまで絞るには、一晩中吸収し続けるくらいでないと実現不可能。奪い取った生命力はそのまま廃棄することもできる。接触状態でなければ発動しない。


「へー、物騒な魔法だね。ちょっと試しにあーしに使ってみてくれない?(*'▽')」

「……夢来さん、やめてくださいね。空澄さんに危険な魔法を与えてしまうことになりますから」


 空澄ちゃんがさらりと魔法をコピーしようとして、初さんに止められる。


「あぅ……は、はい……」


 気弱な夢来ちゃんはたちまちしどろもどろになって、私に番を渡した。

 私の魔法は、これだ。


空鞠 彼方 固有魔法:[外傷治癒]

悪意を持つ者の行動で傷つけられた場合、一日以内ならその傷を癒すことができる。この魔法は他者にも使うことができる。


「へー、平和的な魔法だね。ちょっとあーしに使ってみてくれない?(*'▽')」

「……わたくしは止めはしませんが。空澄さん、あなたは、一日以内に誰かに傷つけられたりしましたか?」

「あー、してないじゃん! じゃあ使ってもらえなくない? もらえないやつ? ダメじゃん!Σ(;゚Д゚)」


 空澄ちゃんが大袈裟な身振りで悲嘆を露わにする。

 私も、できればこの魔法は使いたくなかった。

 だって、この場所で、悪意を持って傷つけられるなんてことがあるとしたら、それは――。

 私は口を開かずに、目線だけで番を香狐さんに回した。


「私の魔法は、少し特殊なものだけれど――」


色川 香狐 固有魔法:[精霊使役]

精霊・スウィーツを味方として、共に苦難に立ち向かう友とする。スウィーツの力を強化するような効果はなく、戦闘にどれくらい役立てられるかはスウィーツの資質次第。

『使役スウィーツ』 クリーム

白い毛並みを持つ狐型スウィーツ。

無口な性格で、会話は鳴き声で行われる。一応言語は理解している。

小さい狐火を十数個同時に操ることができる。火はほとんど幻のようなもので、物に燃え移ったりはしない。温度は最大火力でホッカイロと同等。


「クリームというのは、この子のことよ」


 香狐さんは、ファーのようにくっついていた白い毛並みの塊を撫でる。

 すると、その塊が動いた。

 香狐さんの肩から腕を伝って、するするとテーブルに下りてくる。


『きゅー』


 スウィーツは普通喋るのだけど、メモにある通り無口な性格らしく、クリームちゃんは一鳴きしてからぺこりとお辞儀をする。

 なんだか、芸を仕込まれた動物みたいだった。

 というかこのクリーム、スウィーツの割にあんまり見た目がお菓子っぽくない。メモとは違って狐っぽくもない。

 イタチみたいに細長くて、そのくせ真っ白な毛並みをしている。

 ……ああいや、そういうことか。絞り出した生クリームがモチーフのスウィーツなんだ、この子。絞り袋から生クリームを出しっぱなしにすれば、ちょうどこんな形に見えなくもない。


「メモを見てもらえばわかる通り、そもそも戦える子じゃないわ。ただ可愛いらしいから連れ回してるだけなの。だから、まあ……危険はないことはわかっておいて」


 香狐さんはクリームちゃんを抱き上げながらみんなに頼んだ。

 クリームちゃんは香狐さんの腕からまた肩に上って、中途半端なマフラーみたいな形に戻る。どうやらあそこが定位置らしい。


「この子が脱出に使えることはないでしょうし、私からできることは特にないわ」


 そうして、香狐さんは手番を次に譲った。

 最後を任された猪鹿倉さんは、自信満々な様子で立ち上がる。

 他の人も、その様子に期待を寄せていた。

 猪鹿倉さんの魔法は、とても破壊向きの魔法だった。それ故に、佳奈ちゃんでもできなかった、壁の完全破壊ができるのではないかとみんな期待している。


猪鹿倉 狼花 固有魔法:[爆炎花火]

色付きの爆発を操る。着色は自由にすることができ、普通の爆発に近づけることもできるし、普通ではあり得ない色彩の爆発を生み出すことも可能。爆発の形を変えることもできるが、こちらは割と集中力が必要なので、戦闘中には使えない。魔法の性質上、爆発させる目標を逐一観察している必要があり、視界内でなければ発動に失敗してしまう。


「オレの魔法なら、たぶん、壊せるぜ」


 猪鹿倉さんが堂々と言い放つ。

 これまでに二度も無駄な期待を煽られた面々は、しかし、その様子に魅せられ、もしかしたらと思ってしまう。

 一方で私は、再度香狐さんの忠告を思い出していた。

 ――魔王がわざと私たちの固有魔法を残したのだから、あまり期待しない方がいい。


「おい空澄。オレにも強化魔法くれよ」

「えっ、あーし? ウイたんじゃなく?(;´・ω・)」

「あ? 見てわかんねーのかよ。そいつ、さっきから青い顔してるぞ」


 猪鹿倉さんの言葉に、全員が、えっと声を上げる。

 みんなして初さんの顔を見るけれど、初さんの様子は平然としたもので――。


「初、だっけ? お前、キツいんなら無理すんな。倒れられても迷惑だ」

「……ええ、ごめんなさい」


 猪鹿倉さんの言葉を、初さんは認めた。

 それでようやく、私たちは初さんの異常を見つけた。

 気丈に振る舞っているだけで、その身体は少し震えている。魔力切れの典型的な症状だ。

 猪鹿倉さん以外、誰もそれに気がついていなかった。


「あー、ごめんねウイたん。あーしが魔力分けよっか?」

「……いえ。【『約束の刻』を遠ざける安息の音を】」

「えっ? ちょっとウイたん、何魔法使ってるの!?Σ(;゚Д゚)」


 空澄ちゃんだけでなく、私たちのほとんどが驚いた顔をする。

 その反応に初さんがきょとんとした後、ハッとした顔で言った。


「あ、いえ……驚かせてごめんなさい。今のは単に、わたくし自身に魔法をかけただけです」

「えっ? それって、自分に自分で魔力渡しただけってことだよね? なんか意味あるの?(。´・ω・)?」

「ないですけれど……まあ、おまじないのようなものです。何かあったとき、こうすると少し元気になるような気がして」

「ふぅん……(・ 。・)」


 空澄ちゃんは不思議そうな顔をして、それ以上は追及しなかった。


「すみません、話を脱線させて。わたくしのことはいいので、空澄さん、狼花さんに[魔法増幅]をお願いします」

「はーい。('ω')ノ 【『約束の刻』が訪れますように】」


 空澄ちゃんが魔法の合言葉を口にする。

 魔法は発動された……はずだ。対象になった猪鹿倉さんも、ポカンとした顔をしていたけれど。


「……おい、ほんとにかけたのか? 全く実感ないんだが」

「もー、失礼な。かけたよー(´Д`)」

「そうか。なら、離れてろ」


 猪鹿倉さんが下がるように指示する。

 私たちは猪鹿倉さんから、十分と思える距離だけ離れた。


「いくぞ! ――消し飛べ!」


 猪鹿倉さんが宣言する。

 直後、予備動作もなく、青い大爆発が発生した。

 轟音と閃光の後に、甲高い耳鳴りに襲われる。

 突然の衝撃に驚く一方で、これならいけるかもしれないと、みんなが期待の目を注ぐ。

 そうして、爆発の煙が晴れていく。

 ――煙の先に、その光景はあった。


「おい、なんだよこれ……」


 猪鹿倉さんが狼狽えた様子で呟く。

 爆発で崩れ落ちた館の壁。その奥には、全く無傷の黒い壁が待ち受けているだけだった。接理ちゃんが言っていたやつだと思う。

 黒い壁には少しも傷ついた様子がない。その異様さは、物理的な壁というよりも、もっと根本的に異なる『隔たり』なのではないかと私たちに思わせる。

 私たちがそれに圧倒されていると、再びバタンと食堂の扉が開かれた。

 もちろん、そこにいるのはワンダーだ。


『あーもう、こんなにしちゃって! 食堂が煤だらけだよ! キミたちがここで飲食するんだよ? 衛生環境はしっかりしなきゃダメじゃない! あはっ』


 ワンダーは惨状を見て一笑した後、その声に嘲りを宿した。


『ま、そろそろだと思ってたけどね。魔王に閉じ込められちゃった、どうしよう! そうだ、頭の足りない不良ちゃんの魔法で壁を吹き飛ばそう! ドカーン! ――ってね。いやぁ、サルでも予想できる展開なのにね。どうして対策してないと思ったの?』


 ワンダーが心底不思議そうな声で尋ねる。


『ま、爆発に巻き込まれて二、三人死ぬかと思って構えてたけど。みんな無事みたいだね。いやぁよかった。その大事な命は、ちゃんと殺し合いで失うために取っておいてね! あははははは!』

『ねぇどんな気持ち? 再三心を折られて、今どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇねぇ、教えてよ、ねぇねぇ』

『悔しい? 悲しい? 憎々しい? 腹立たしい? 全部ボクへの誉め言葉だよ! いやぁ、仕組んだ甲斐があるってもんだね! あははははははは!』

『さて。それじゃあ、後処理をしないと。馬鹿の不始末は保護者の責任だからね。ここはちゃんとボクが責任を持ってお片付けしておきますとも。というわけで、修理班たち、カモーン!』


 ワンダーが紫の宝石を手に持って叫ぶ。――その宝石は、魔物に命令を通すマイクみたいなものなのだろうか。

 ワンダーの声に呼応して、ヌルヌルとぬめるスライムが食堂に入って来た。


『ほらほらキミたち、出てった出てった! これからボクの可愛いスライムちゃんたちが掃除してあげるから! 食堂を汚したキミたちは退去! 出てかないと、スライムちゃんたちにあんなコトやこんなコトさせるぞ! スライムちゃんたちの可能性は無限大なんだからな!』


 ワンダーがそう言うと、スライムは私たち目掛けて這いずってくる。

 その動きに、誰もが生理的嫌悪感を覚える。

 私たちは鬱屈とした感情を抱えたまま、追い立てられるようにして食堂を出た。

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