What I Can Do

《私にできること》




 食堂を追い出された私たちは、一階の玄関ホールに固まっていた。

 私たちの魔法は、悉くワンダーの思惑に潰された。

 私たちの意思もまた、それは同様だった。

 ――一人だけ、折れていない人もいたけれど。


「クソッ! もう一回だ!」


 魔力が切れかけているのか、少し顔が青い猪鹿倉さんだった。

 猪鹿倉さんはその青い顔を、憤りで赤に染めて、玄関扉に向き合う。

 何をするつもりかは明白だった。玄関に[爆炎花火]を打ち込むつもりだ。


「ん? ねぇ気のせい? 魔法使おうとしてるように見えるんだけど?(;´・ω・)」

「気のせいじゃねぇよ。今からこの扉をぶっ飛ばす」


 猪鹿倉さんは堂々と宣言する。

 既に準備に入っているようで、私たちのことは見向きもしなかった。


「えっほんとに? 無駄っぽいしやめた方がよくない? ねぇ?(>_<)」


 空澄ちゃんが猪鹿倉さんの肩を揺する。


「おいっ、馬鹿っ、揺らすな!」


 猪鹿倉さんが叫ぶ。しかし――遅かった。

 ドカンと爆発が起こる。

 玄関扉に、ではない。――猪鹿倉さんと空澄ちゃんのすぐ傍で、だ。

 空澄ちゃんの左手が、爆炎に呑み込まれるのを見た。


 シンと、場が静まる。

 濛々と立ち込める煙の中、空気が軋む音を聞いた気がした。


 傍から見ていた私たちは、煙が晴れた後でようやく事の全貌を理解する。

 空澄ちゃんの手は、軽くやけどを負っていた。爆発は大したものではなく、あまり酷い損傷ではないけれど、それよりもっと重要な事実は、鹿という一点だ。


「ねえ」


 空澄ちゃんが初めて、ふざけた調子のない声を出した。

 その声は抑揚がなく、気味が悪い。

 その後の展開は、完全に読めてしまっていた。


「ねえ。今殺そうとした? ねえ。ねえ。ねえ。あーしのこと、殺そうとしたよねえええええ!」


 途轍もない悪感情の込められた声が、傍で聞いている私たちをも揺さぶる。

 寒い。鳥肌が立つ。

 ――殺し合いの空気が出来上がる。

 このままじゃマズいと誰もが理解して、けれど止める術を持たない。


「ねえ! どういうこと!? ねえ!? どさくさ紛れにぶっ殺してやればバレないだろって? ええ? 大した根性だよね! 早速一人殺してやろうって? 外じゃ殺人鬼か何かだったの?」


 空澄ちゃんが、思いつく限りの暴言を謳い上げる。


「ちょうどいい馬鹿が一人近づいてきたから、丸焦げにしてやろうって? ええ? とんでもないイカレ野郎だよね!」


 空気が、黒く黒く染まっていく。

 あるいはもうすぐ、赤く染まっていくかもしれない。

 誰かが流す、生命の雫で。


 辛い。怖い。吐き気がする。

 この空気に対して、ではない。

 


 私には、何が起こったのかぼんやりとわかっていた。他にも、わかっている人がいるかもしれない。

 でもそれを証明する手段は、私しか持ち合わせていない。


 どうして私なんだろう。そんな思いが湧いてくる。

 けど、それでも。

 ――今の私がしなくちゃいけないこと。今の私ができること。

 ……行かなきゃ。飛び込まないと! 手遅れになる前に!


「あっ、あのっ! ま、待って……!」


 私は叫んだ。声を震わせながら。


「ん? なに? どうしたの? ねえ? 見てたよね? こいつ、あーしのこと殺そうとしてたよね? それなのに庇うの? ねえ? ねえ? あーしが死んでもよかったって? そう言うの?」

「ち、違う……っ! そうじゃなくて!」


 言葉で押し返そうとしても意味がない。

 明確な証拠を突きつけないと。


「あの、空澄ちゃん。手、出して……? やけどした方の手……。わ、私が、治すから」


 たどたどしく言葉を紡ぐ。

 一瞬、何言ってるんだこいつ、という顔をされる。しかし、すぐに思い出してくれたらしい。

 私の固有魔法、[外傷治癒]の力を。


「あー、そういえばそんな魔法だっけ。じゃあ頼める? さっきからすっごい痛いんだよねー。誰かさんのせいで」


 空澄ちゃんが、猪鹿倉さんへの悪態を隠そうともせずに言う。


「いや、あれは……っ!」


 猪鹿倉さんが反論を試みる。

 私はそれを制した。


「あ、あの、猪鹿倉さん。今は……」


 私は横に首を振る。猪鹿倉さんが今何を言っても、火に油を注ぐだけだ。

 私が証拠を突きつけ、真相を暴いて、それで納得させないといけない。


 差し出された空澄ちゃんの手を取る。

 魔法を発動したことを示すように、意味もなく、魔法の名前を宣言する。


「……[外傷治癒]」


 けれど。何も変化はなかった。

 何秒経っても、それは同じ。


「……ん? ねえ、何やってるの? 治してくれるんだよね?」


 焦れたように、空澄ちゃんが急かしてくる。

 それに、私は首を振った。


「……ごめん。この傷は、私には治せないから」

「は? なんで? 治したくないって?」

「そうじゃなくて! 治せないの。私の魔法じゃあ」


 私は、手に持っていた十三枚のメモの中から、自分の魔法のものを抜き出す。

 それを空澄ちゃんに突きつけた。

 大事なのは、文章の一番最初。


 ――悪意を持つ者の行動で傷つけられた場合。


「私の魔法は、悪意のある行動でつけられた傷しか治せない。……空澄ちゃんのそのやけどは、そうじゃなかったから」

「は? どういう――」


 空澄ちゃんが私に食ってかかろうとする。

 けれどその前に、彼女自身で答えを見つけたようだった。


「まさか――悪意のある行動じゃない、ってこと?」

「……うん。あれはたぶん、魔法の制御に失敗して、暴発したときの爆発だから」


 暴発。それは魔法少女の誰にでも起こり得ること。

 魔法を行使しようと準備している最中に、それを掻き乱される何かが起こると、魔法の発動に失敗する。

 そうして起こるのが暴発。魔法に変えられるはずだった魔力が、単純なエネルギーとしての爆発で発散されてしまう。


 今回の場合で言えば――[爆炎花火]の発動準備をしていた猪鹿倉さんの肩を、空澄ちゃんが揺らしたから。魔法の制御に失敗して、爆発が起きた。


「そうですよね、猪鹿倉さん」

「あ、ああ……。そ、そうだよ! オレが魔法を使おうとしたら、そいつに肩を揺すられて、それで――」


 猪鹿倉さんが真相を語りだす。

 よかった。これで丸く――とはいかないけれど、収まりそうだ。

 猪鹿倉さんがほとんど魔力を使い切った状態だったのも大きい。食堂で撃った魔法で魔力をほとんど使い切ってしまったんだと思う。

 魔力を沢山使う魔法の制御に失敗すれば、当然暴発の威力も高まる。

 もしそうだったら、空澄ちゃんの傷は軽いやけどじゃ済まなかった。


 今回の件は、空澄ちゃんの半ば自業自得だ。

 だけど本来、ここまで大事になるはずじゃなかった。

 魔法少女には、魔力による身体能力の強化が働いている。そのおかげで、攻撃に対する防御力も普通の人より高まっている。

 だから、魔力が切れかけた魔法少女の暴発なんて……本来は何のダメージもない。

 けれどこの異常な場所では、その防御力も機能していないらしい。そのせいで人並みにやけどを負った。


 また、こんな異常な場所だったからこそ、ここまで空気が険悪になった。

 本当なら、猪鹿倉さんが事情を説明すればそれで済む話だったのに。

 殺し合いなんて状況に置かれたが故に、傷に過剰反応が起こった。被害者と加害者の図式が成立し、加害者の話に誰も耳を傾けなくなった。


 それが、真相。


「あー、えっと……ごっめーん!(/ω\)」


 空澄ちゃんが調子を取り戻す。

 悪びれない態度ではあったけれど、最悪の空気悪化だけは免れた。

 あとは本人同士の問題。私の出番は終わり……かな。


 私は猪鹿倉さんや空澄ちゃんから離れて、彼女らを囲む輪に戻った。


「か、彼方ちゃん、大丈夫 ……?」

「うん。私は別に……」


 空澄ちゃんに凄まれただけで、傷を負わされたわけじゃない。

 まだ心臓がバクバクいっているくらい緊張したけれど、でも、今の証明は私にしかできなかった。[外傷治癒]の魔法を持つ私にしか。

 決定的な亀裂を避けるためにも、これでよかったはずだ。

 そう思っていると、後ろから肩をつつかれる。


「彼方さん、お見事だったわ」


 香狐さんだった。


「私も止めに入ろうとしていたのだけれど。先を越されてしまったわね」

「い、いえ……私じゃないと、駄目だと思ったから」

「ええ。それで正解よ。さっきの彼方さん、かっこよかったわ」


 香狐さんに頭を撫でられる。

 身長差があるから、完全に大人と子供みたいだ。

 でも、どうしてか安心する。さっきまでの緊張が緩んだからだろうか。

 しばらくして、香狐さんがその手をパッと離す。


「あっ、ごめんなさいね。癖でつい撫でてしまったわ」

「癖で?」

「ほら、この子」


 香狐さんは私を撫でた手で、肩でくつろぐクリームちゃんの頭を撫でた。

 なんだか納得する。クリームちゃんは触り心地がよさそうだし、癖にもなるだろう。

 そんなやり取りをしていると、猪鹿倉さんが空澄ちゃんとの口論を切り上げてこちらへやって来た。

 猪鹿倉さんの衣服や肌は随分煤で汚れている。魔法の暴発は術者の間近で起こるので、猪鹿倉さんも当然巻き込まれている。ただし、猪鹿倉さんに傷はないようだった。


「あー、お前、彼方だっけ? いや、助かったわ。ありがとな」

「あ、いえ……猪鹿倉さん。私は、大したことは……」


 お礼を言われているのはわかるけれど、猪鹿倉さんの豪快な笑みはちょっと近寄りがたい。


「いや、大したことしただろ。あ、オレのことは狼花でいいぜ。気に入ったやつにはそう呼ばせることにしてんだ」

「あ、はい……。狼花さん」

「おう。それと、今回は一つ借りができたってことで。何か困ったことがあればオレに言えよ。なんとかしてやっから」


 狼花さんがニヤリと笑う。

 なんというか、その笑みはすごく頼りになりそうな雰囲気を醸し出していた。

 初さんのように、人を纏めるリーダー性とはまた違う。人を引っ張る力を感じさせる。

 たぶん、悪い人ではないんだろうな、と思う。初さんの変調に真っ先に気づいたのも狼花さんだった。

 ……同じ魔法少女だし、怖がってばかりいるのも申し訳ない。


「それじゃあ……なにかあったら、お願いしますね」

「おう。任せとけ」


 狼花さんは私の肩をポンと叩いて、離れていった。


「――落ち着いたようですね。それでは、今後の動きについて話し合いましょう」


 私たちは初さんの号令で、今後の指針について相談を始めた。


 ――そうして。

 綱渡りの人間関係のまま、私たち十三人の共同生活が始まった。

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