【解決編】Justice has been fulfilled.

《正義は成された。》




『はーもう、悔しいほどの大正解だよね』

『せっかくたまには、【犯人】の方を勝たせてあげようと思ったのにさ』

『ま、公平なゲームの結果だから、受け入れてもらう他ないよ。ね? 【犯人】――中二病ちゃんこと、唯宵 藍ちゃん』


 ワンダーの実質的な死刑宣告を受けても、藍ちゃんは取り乱さない。

 その態度が気に食わなかったのか、ワンダーが更に言い募る。


『あっれぇ、無反応? もしもーし!』

『あー、こう呼んだ方がよかったかな? ボクの友達を散々殺してくれた、嫌ぁな魔法少女、【無限回帰の黒き盾】、って』

『ねぇ、絶対正義を名乗っておいて、人をぶっ殺したってどんな気分!? ねぇねぇ、どんな気分!?』

『あははははははははは! いやぁ、絶対正義が殺人をしちゃうなんて、そそるシチュエーションだよね! ちょっとは溜飲が下がるってもんだよ! あははははは!』


 ワンダーは、処刑を目前にして興奮しているのか、次第にいつものテンションを取り戻していく。


「……黙れ、狂犬。貴様が見たもの、それが真実だ。貴様に見えぬ我が心の内を、貴様に愚弄される謂われはない」

『いやいや、謂われはあるでしょ! 人を殺しちゃう奴の心の中なんて、たかが知れてるもんね! ――って言いたいところなんだけど』


 ワンダーは不意に、声のトーンを落とした。

 また、フラットなテンションに戻る。


『ボクも実際、キミの動機知らないんだよね。キミが儀式の準備をしてるときは、ボクが糸に触れたら何もかも終わりだから離れてろって言うし。作業が終わったと思ったら、すぐに白衣ちゃんのところ行っちゃうしさ。だから、今教えてくれる? そうじゃないと、ゲームマスターとして格好がつかないんだよね』

「……拒否する。それを貴様に語る理由はない」

『あっ、そう……。しょぼーん。また鬱テンションになってきた……』


 ワンダーが、あからさまに落胆を示す。

 そしてその視線は、私に向けられた。


『それにしてもさぁ、頭ピンクちゃんも、なんで間違えないかなぁ』

『アバンギャルドちゃんの服に言及した時、ようやく間違えてくれると思ってたんだけど』

『あの時のアバンギャルドちゃん、服がガソリンで汚れたら嫌だからって、裸で出歩いてたんだよね』

『痴女ちゃんを超えたハイパー痴女ちゃんだ! って、あだ名付けてボクは楽しんでたけど。まさか、頭ピンクちゃんがそれを目撃したとも思えないし』

『【犯人】がアバンギャルドちゃんの服を剝いたって言ってくれれば、堂々と不正解にしてあげたんだけどなぁ。あのとき、急に言葉濁したよね? 何か、勘づく要素でもあった?』


 ワンダーが首を傾げる。


「……【犯人】は、空澄ちゃんの服を持って歩いてるところを見られたくなかったはずだから。どこかに捨てるにしても、近くに捨てるはず。でも、この部屋にも倉庫にも、女子トイレにも、見当たらなかったから。だから、何か隠されてるんじゃないかと思って、言わなかっただけ」

『ああ、そういうこと。【真相】解答でお茶を濁すのはどうかと思うけど、ま、許してあげようじゃないの。――【犯人】の命と引き換えにね! あはははははは!』

「…………」

『おろ? 怖がらないの? 近頃の頭ピンクちゃんは、ボクが面白いことを言うたびに怖がってくれるから、見てて愉快だったんだけど』

「…………」


 答えない。怖がる理由は、ない。

 私は、藍ちゃんに目を向ける。藍ちゃんは、その目線を受け取って、頷いた。


「もういいだろう、魔を統べる狂犬よ。――我の敗北だ。思えば、我がこの火炎の地獄に足を踏み入れた時点で、我の運命は決まっていたのだな……。ならば潔く、我は死を受け入れよう! さぁ、殺せ、狂犬」

『わっ、急にくっころされても困ります……』


 ワンダーが照れたような、変な声を出す。

 私は、周囲の様子を窺った。

 香狐さんはやっぱり、何を考えているのかわからない顔で静観を貫いている。

 夢来ちゃんは、成り行きに納得がいっていないように、やや困惑した表情を浮かべている。

 佳凛ちゃんは、珍しく難しい顔をして、処刑前の光景を漠然と見ていた。

 接理ちゃんは――。ちょうど、口を開いたところだ。


「おい待て、魔王」

『んー? キミがボクに話しかけてくれるなんて久しぶりじゃないか、白衣ちゃん! 何々、何の相談!?』

「チッ。――そいつを処刑しようとしたら、僕らまで巻き込まれる。知らないなら教えてやるけれど、ガソリンは簡単に気化するんだ。処刑するとき、どうしたって糸は揺れる。僕らも、お前も、火に焼かれることになるぞ」

『ええっ!? ぬいぐるみに救いはないんですか!? ないんですね……』


 ワンダーが、自己完結して落胆する。

 そして、腹の裂け目から、紫の宝石を取り出した。


『えーなら、しょうがない。おーい、館スライムちゃん。この子ら、透明な囲いで保護してくれる? それとボクも、守ってくれると嬉しいんだけど』


 魔王の命令を、館スライムは忠実に遂行する。

 廊下の壁が崩れて、私たちを半透明な膜で覆う。――スライムに覆われる。普段よりはっきりとこの館がスライムで構成されていると見せつけられて、少し恐怖する。今の状態は、ほとんどスライムに呑まれかけていると同義だ。ワンダーが少し命令するだけで、私たちはスライムで窒息する。

 一方のワンダーは、スライムに本当に全身を呑まれていた。ぬいぐるみだから、窒息も何もない。ただのジェル状のスーツとして、ワンダーはスライムを纏っていた。


『よーし、準備完了。それじゃあ――処刑くらいは、マックステンションで行きましょう! 中世ヨーロッパ風に、邪法で人を害した魔女は、火刑に処されるってね! 自分の罠で、中二病ちゃんは死ぬんだよ! やーい、自業自得! あははははははははは!』


 ワンダーが、笑う。


『中二病ちゃん、何か遺言は?』

「ふん。我は正義に生きた。数多くの魔を屠り、【無限回帰の黒き盾】として、多くを守った。――魔女と罵られようと、それは不変の事実だ」

『そして、人を殺しちゃったこともね! その罪は、永遠に消えてなくならないのだ! あははははははははは! 地獄に落ちるといいよ、中二病ちゃん!』

「――貴様も、地獄に落ちるだろうよ。魔を統べる狂犬」

『ボクは地獄を作る側だよ! 地獄を味わうのは、キミたち! それは、絶対に覆らないのだ! あはははははははははは!』


 ワンダーは、魔王は、哄笑する。嘲り笑う。

 運命に翻弄されて、遂には殺人に至った魔法少女を。


『レッツ☆バーニング!』


 ワンダーが、糸のトラップに突っ込む。

 盛大に糸がたわみ、仕掛けが発動する。

 小さな角材ブロックが床へと落ちてゆき、滑車の要領で、ライターの引き金が引かれる。


 点火。

 ――炎の世界が、【犯人】を包む。


「……ふっ」


 それを見て、藍ちゃんは笑った。


『あはははははははははははははははは!』

「ふっ、ふはっ、ははははははははは!」


 二つの笑い声が、重なる。


『んー、死ぬ前にボクの真似? そんなにボク、カッコよかった?』

「いいや、違うとも。――正義は、成された。その祝いだ」


 藍ちゃんが、天を仰いで言う。そして、視線は次第に下がり、被害者に向く。

 ――唐突に、は起こった。






◇◆◇【???】◇◆◇


 炎が、全てを焼き尽くす。

 何もかもが、暴力的な熱量に侵されていく。


 ――そこで、私はようやく、口の端を歪めた。


 炎の衣を纏い、立ち上がる。

 皆が――【真相】のその先を知っている人以外が、驚愕の眼差しを向ける。


 カランと、包丁が背から抜けた。

 背を貫いていた灼熱の痛みは、既にない。その傷はたった今

 代わりに、全身を舐める炎に身を焦がされる。

 加熱された空気が、容赦なく肺を焼く。

 構うものか。覚悟の上だ。全て織り込み済みでこの計画を立てた。


『え? いやいや、あり得ないでしょ、そんなの……』


 魔王が、茫然と呟く。

 ――本当に、馬鹿な魔王だ。何一つ、これっぽっちも見抜けないなんて。

 それが可笑おかしくて、私は笑った。肺を焼かれながらも、歓喜に身を委ねた。

 そして――宣言する。


「魔法少女マジカル☆くすみ、ここに復活……ってね。さぁ、私ももう一度、ゲームに参加させてもらうよ。――最高の事件、見せてあげるよ、ワンダー」

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