Strange Theater

《おかしな劇場》




 シアタールーム。

 そこは、屋内に無理矢理作られた映画館という雰囲気を醸し出している。


 天井が高いだけで、窮屈な室内。

 一番面積の広い壁はスクリーンになっている。それに向き合うようにして、逆の壁際には十三席の椅子が二列になって配置されている。

 それ以外は、写す映像を選ぶタッチパネルなんかが置いてあるけれど、本当にそれだけのシンプルな部屋だった。

 そこに、私と香狐さんは来ていた。


「私、一度だけここに来たのだけれど、そのときは何も見なかったから。どういう作品があるのか気になってたのよ」


 タッチパネルを眺めながら香狐さんは言う。

 一度だけ来た、というのはたぶん、二日目のこと。

 倉庫を探索し、昼食を取った後ここに来たのだと思う。

 狼花さんと、――初さんと一緒に。


「これなんてどうかしら?」


 香狐さんが、並ぶタイトルの中から一つの作品を選ぶ。

『ゴーストライフ』とタイトルがあった。

 表示された画像には、恐怖に引き攣った顔の女性が飾っている。その女性の隣には、半透明の幽霊の姿が。


「それ、ホラー映画ですか?」

「ええ。彼方さんは、こういうのは苦手?」

「えっと……ホラー映画とかは普段見ないですけど。魔法少女として活動してれば普通に怖い目には遭うので……。たぶん、大丈夫じゃないかと……」

「そう。なら、一緒に観る?」

「は、はい」


 私は頷いた。

 一昨日、私たちが書庫を調べていたのは、脱出の希望を探すためだったけれど……。

 一度はその希望が暗号のメモとして具現化し、そして裏切られた。

 今では、脱出の希望を探す気力もすっかりなくなってしまった。

 こうして映画なんて観ようとしているのは、結局のところ、純然たる暇つぶしだった。無限に持て余した時間を、思い悩んで過ごすことに充てないための、暇つぶし。


 映画をスクリーンに投影する準備を進める。

 その最中に、香狐さんはふと、不満を漏らす。


「どうせ映画を見るのなら、ポップコーンなんかも欲しかったわね」

「あー、でも、ここにお菓子は用意されてないですよね? トウモロコシも食材の中になかったような……」

「そうね。なかったわ」

「えっと、ジュースならあったはずですけど……持ってきますか?」

「んん……。まあ、いいわ。このまま見ましょうか」


 そんなことを言っている間に、セットアップが終わった。

 部屋を適度に暗くすると、一番いい真ん中の席を二人で占領する。他に誰もいないからこそできる横暴だった。

 そうして、映画が大迫力のスクリーンに投影されて――。




     ◇◆◇◆◇




「……あの、香狐さん。これ、止めてもいいですか?」

「ええ……。止めましょうか」


 一時間もしないうちに、二人ともそんな結論に落ち着いた。


 完全に無警戒だった。

 書庫を調べたことがあるんだから、少し考えればわかりそうなものなのに。

 ワンダーが用意した作品にまともなものがあるはずない、って。


 この映画の最初は、まあまだよかった。

 不幸な事故で命を落とした少女は幽霊となって、現世に留められる。

 しかし、幽霊の体では親しい人に会いに行っても認識してもらえない。

 失望の底に突き落とされた幽霊の少女は、ある日、自分を認識してくれる女性と出遭う――。


 そんな風な、パッケージの不気味さとは離れたストーリーが展開された。

 もしかして、感動系の作品なのかもしれない――。


 なんて思ったのも束の間。

 幽霊の少女はある日誤って、自分を認識してくれる女性を呪い殺してしまう。

 そこから、幽霊の少女はおかしくなっていき――。

 後半はただただ、殺人の快楽に目覚めた少女が人を呪い殺すという陰惨な映像が流されるだけだった。


 要するに、ワンダーが好みそうな作品だったということ。

 昨日の惨劇を思い出して、正直、私は既に吐きそうだった。

 あまりいい気分でなく、ふらふらと歩いて、映像を停止させる。

 そして、電気を明るくすると――。


『あああああ! これからがいいとこだったのに、どうして止めちゃうの!?』

「っ!?」


 不快な声が聞こえた。

 その声に驚いて振り返ると、そいつは、ジュースのボトルを抱えながら座席に座ってスクリーンに向き合っていた。


『もう! ほら、続き続き! 早くしてよ!』

「…………」


 魔王は、炭酸のボトルをシャカシャカ振って、抗議を意を示している。

 そうなると、意地でも応じたくなくなる。

 誰が、こんな魔王の思い通りに働くものか。


『ほら! この後、最初に殺した女の人が復讐しに帰ってくる名シーンが待ってるんだから!』

「悪趣味な映画ね……」


 香狐さんが呆れたように言った。

 終了操作を終えて、ワンダーに向かい合う。


『えっ、ほんとに止めちゃうの!? いいじゃん、見ようよー!』

「時間の無駄よ。第一、いつ入って来たの?」

『ポップコーンがどうこう喋ってた辺りからだけど?』

「最初からいたのね……」


 香狐さんがため息を吐く。


『ほら、ポップコーンが欲しいならボクが用意してあげるからさー。どうせだし最後まで――』

「見ないわ。用はそれだけ?」

『それだけって……。ほ、他にも、ボクのおススメが沢山あるんだからなーっ!』


 ワンダーに言われて、香狐さんがタッチパネルの作品群をスクロールする。

 ああ……。そういえば、今思い出したけれど、探索の時もちらっと話題に上っていた。ここのシアタールームのラインナップは、見ているとストレスが溜まることで有名な映画ばっかりだ、って。

 そう言っていたのは米子ちゃんだった。米子ちゃんは多少映画に詳しいらしく、心なしか興奮した様子で語っていた。……まだ、昨日の件について整理ができていないから、思い出すのを自然に拒んでいたらしい。


「あの、香狐さん……」


 ここを出よう、と視線だけで伝える。

 それを受け取ってくれたのか、元々そうしようと思っていたのかはわからないけれど。


「彼方さん、行きましょうか」

「は、はいっ……」


 シアタールームの出口に向かって歩き出した香狐さんに、私はついていった。


『えっ、あれ、行っちゃうの!?』


 私たちはそれに取り合わず、シアタールームを後にした。


『ぐぬぬぬぬ……。次は絶対、夜も眠れなくなるくらい夢中になる作品を用意してやるんだからなーっ! 待ってろよーっ!』


 ワンダーの捨て台詞は、途中で閉まったドアに遮られた。


「はぁ。せっかく彼方さんと二人っきりだったのに、台無しね」

「まあ、ワンダーのやることですから……」


 人の思惑を台無しにすることに関して、魔王はエキスパートだろう。

 どんな邪魔があったって不思議じゃない。


「それより……。さっき、捨て台詞的なことを言ってましたけど。すごく不安です……」

「奇遇ね。私も、少し不安よ」


 私たちは、ワンダーが何かやらかすことを案じる。

 それが杞憂に終わることを、私たちは願った。


 ――もちろん、その願いは裏切られたのだけれど。

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