【解決編】She worked behind the scenes.
《彼女は舞台裏で暗躍していた。》
「確か、藍ちゃんが罠で閉じ込められたとき、接理ちゃんは儀式の間の外に出てたんだよね。閉じ込めるような仕掛けも見つからなかったから、おかしいと思ってたけど……。本当は、中に入った後に自分で穴を塞いだ。それが、あの縦の糸の正体じゃないの?」
私は、部屋の右端を見遣る。
大きな穴を遮るように張られた、縦の糸。
「この糸は、私たちが死体に触れられないようにするためのもの。万が一にも、自分以外の誰かが死体に触れて、死後硬直なんて起こっていないことがバレないようにするためのもの。――違う?」
「……ふん。それを我に問うのは見当違いも甚だしいが。なるほど、筋は通っている。我が虚言を弄すれば、犯行推定時刻は覆る、か。だがそれは、あくまでも犯行推定時刻が我に限り適用されないというだけのこと。結局我には、この儀式を完成せしめることはできない。それとも、魔を統べる狂犬が誤って、我の身体能力強化を解放したとでも主張するか? それならば少しは、要する時間も短縮されるだろうな」
『ちょっと!? ボクはそんなことしてないからね!?』
ワンダーが、儀式の間の扉から顔を覗かせて言う。
……どうやら、盗み聞きしていたらしい。当然か。
「んー? まおー、きたのー?」
「……チッ。帰れ、クソ魔王」
接理ちゃんが吐き捨てる。
『ええ、帰りますとも! 何せこのスライム館がボクの家なんだからね! いやぁ、居心地がいい。飼い始めたペットも順調に殺し合いを始めて、嬉しい限りですよ。――ボクを失望させた法螺吹きも混じってたけどね!』
ワンダーが叫ぶ。誰もそれに取り合わない。
身体能力強化が解放されたなんていう馬鹿げた可能性を潰してくれたのはわかるけれど、こんな魔王に感謝なんてしたくない。それに、自分だけで反論出来た。ワンダーはむしろ、邪魔だ。
私はワンダーが作った流れを無視して、藍ちゃんに向き直った。
「身体能力強化なんて、関係ないはずだよ。【犯人】には二十分もあれば、犯行を全部終えるのは可能だったはずだから」
「――そんなわけがないだろう。このガソリンを用意し、散らすのに、どれだけの時間が必要となるか。貴様は理解しているのか? それこそ、魔法少女の身体能力強化でも用いない限りは――」
「ううん、必要ないよ。だって――【犯人】がガソリンを撒く必要なんて、ないんだから」
可能性を、突きつける。
藍ちゃんは居心地悪そうに、組んだ腕を逆に組みなおした。
「必要ない? そんなはずがないだろう。貴様は、ガソリンが勝手に広がったとでも言うつもりか? それとも、そのような固有魔法があったとでも? 生憎と、我の固有魔法でそのようなことを実現するのは不可能だ」
「わかってる。でも、魔法も必要ないよ。――ただ、他の人が撒いてくれればいいんだから」
「……貴様はつまり、我と万理の究明者が共犯関係にあったことを疑っていると? そこの魔を統べる狂犬が言っていたのだろう。今回の【犯人】は単独犯だったと。そもそもその場合――」
「ううん、接理ちゃんじゃないよ。ガソリンを撒いたのは……」
あの人しか、いないはずだ。
藍ちゃんと接理ちゃんがお風呂から出た後。ワンダーから解放された接理ちゃんが玄関ホールにいたというのに、それに見つからずに浴場にガソリンを撒くことができる人。
――ワンダーによる八十分にも及ぶ足止めで、唯一得をする人。
「そのガソリンを撒いたのは……空澄ちゃん以外に、いないよね」
「…………」
藍ちゃんは、沈黙で返した。
反論点を探しているのだろうか。なら、その隙に――。
心臓が早鐘を打つ。呼吸が乱れる。手が震える。
殺人の直前のような――いや事実、殺人の直前の興奮を覚える。
不安と、義務感と、執念と。全ての感情が、私を内側から食い破ろうとする。
構うものか。私は、【犯人】を追い詰めなければならない。
香狐さんと一緒にここで過ごすために。――夢来ちゃんと、友達としてやり直すために。
そんな、ささやかな望みを叶えるために。私は、【犯人】を断罪する。
「確かにワンダーは、食堂での足止めは頼まれたことって言ってた。だけど一度も、【犯人】に頼まれたなんて言ってなかったの。実際、おかしいよね? 【犯人】を含めて全員を閉じ込めたら、【犯人】には何のメリットもない。時間経過で何か起こるような仕掛けも、ないみたいだし。だったら、それで得をするのは――閉じ込められていなかった人だけ、だよね」
「それが、狂笑の道化師――棺無月 空澄だと?」
「うん。それと……証拠には弱いかもしれないけど、ワンダーはあの時、まだテンションが普通だったし。あの時はまだ、空澄ちゃんは殺されてなかったんだと思う」
「ふん、貴様自身が認めているではないか。証拠には弱いと」
「……でも、ガソリンを撒いたのは空澄ちゃん以外に考えられないよ」
私たちの試算では、二つの部屋にガソリンを撒くのに要する時間は、最低でも四十五分。特に、浴場にガソリンを撒くには二十五分も必要ということになっていたから、誰にもできないと思っていた。
――第三の事件のときの、夢来ちゃんと同じだ。また、被害者を無実の人という立場に押し込めていた。今回の被害者は、あの空澄ちゃんだというのに。
「接理ちゃんと藍ちゃんがお風呂に入ってから、誰も浴場にガソリンを撒く時間はなかった。――でも、空澄ちゃんがあの時も生きていたと仮定したなら、それは不可能でも何でもなくなる。八十分も時間があったなら、私たちが想定してる最低限の時間より多少ゆっくり準備をしても、全然足りるよ」
「……そうか。確かに、棺無月 空澄なら可能か。クソッ、思いついてなかった。あいつなら、殺人の準備くらいしてたって何にもおかしくない」
「……うん。実際、ワンダーにガソリンを用意させたのは、空澄ちゃんらしいから。それを【犯人】が勝手に使ったって考えるよりも、用意させた人が使ったって考えた方がしっくりくるでしょ? ――そうだよね、藍ちゃん」
「…………」
藍ちゃんは、反論しない。
それはそうだ。認めれば、【犯人】は藍ちゃんしかいなくなる。
しかし、反論点はそう簡単に見つからないはず。反論するというのはつまり、今まで犯行は不可能とされてきたこの六人から、可能性を探さなければならないのだから。
だから藍ちゃんは、適当な質問をぶつけるしかない。
「――ふむ。仮に、それが事実だったとしよう。それならば、狂笑の道化師は何を目論んでいた?」
「それは、わからないけど……」
夢来ちゃんの顔を見る。夢来ちゃんも、何もわかっていない様子だ。
当然だ。死者の想いなんて、わかるはずもない。――私はそれを、身をもって知っている。
「でもそれは、【真相】究明には関係ないよね?」
「……そうか」
藍ちゃんは、私が会話の誘導に引っかからなかったためか、落胆を見せる。
私は、更に畳みかける。
「ガソリンが予め撒かれていたとしたら、【犯人】がやったのは、空澄ちゃんの殺害と糸を張る事だけ。最低で、十一分。藍ちゃんは夕食後に、二十分間も一人で行動してた。それだけ時間があれば、可能だよね?」
「それは、万理の究明者――神園 接理も同じことだろう」
「ううん。さっき言ったよね? 死後硬直を偽れるのは、今そこにいる藍ちゃんだけ。空澄ちゃんの死亡時刻を誤認させて得をするのも、【犯人】だけ。だから――藍ちゃんが【犯人】だよ」
「クッ――」
藍ちゃんが、初めて呻いた。
私は手応えを確信する。もはや推理は、詰めの段階に入った。
――藍ちゃんの死は、もはや、疑いようもないところまで迫っていた。
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