【解決編】The reappearance is incomplete.

《その再現は不完全だ。》




「我が【犯人】だと? 貴様は我が信念を知っておきながら、それを愚弄するのか? 我は名誉と真名に懸けて、正義の道から外れるようなことは決してしない。貴様もよく知っているはずだろう」

「…………」


 お風呂で語られた、【無限回帰の黒き盾】の過去。

 覚えている。忘れるわけがない。だけど……証拠が、【犯人】を指し示している。

 そもそも動機だって、思いつく。


「空澄ちゃんは、私たちを裏切ってワンダーに協力していた。だから、裏切り者を罰するために事件を起こした。……違う?」

「下らん。それは貴様の妄想だ。第一あの狂笑の道化師がそうそう尻尾を見せるものか。我は如何にして、彼奴が裏切り者と知り得た?」

「それは……」


 確かに、空澄ちゃんがそうそう簡単に迂闊な行動をするとも思えない。

 いや、でも……。


「動機から絞り込んでも仕方がないだろう、空鞠 彼方。君が唯宵 藍を疑うのは、何か根拠があるのではないのかな?」

「――ああ、うん」


 藍ちゃんに流されかけたところを、接理ちゃんに救われる。

 そうだ。動機まで正確に答える必要はない。ただ論理で、【犯人】を追い詰めるだけだ。


「あの、まず……みんなに謝っておくね。私は一つ、大事なことを言い忘れてた」

「大事なこと? それが、唯宵 藍が【犯人】である決め手になったということかな?」

「ううん。そうじゃなくて……それは、全く関係ないんだけど。でも、考える糸口にはなった」


 そう。香狐さんの無実の証明が、そのまま【犯人】を追い詰める鍵になる。


「私と香狐さんは、午後に屋内庭園にいたって言ったよね。だけど、私……その途中で、寝ちゃってたの。三時間くらい」

「……は?」


 接理ちゃんが唖然とした顔をする。

 当然だろう。犯行に一時間かかるから、誰も殺人ができないと思われていた。それが、一気に三時間も自由時間を確保した人が出現した。

 それじゃあ、全く不可能殺人ではなくなる。


「じゃー、そこの人が【犯人】ー?」


 佳凛ちゃんが、香狐さんを見ながら言う。佳凛ちゃんは一歩、香狐さんから距離を取った。

 私はそれに首を振る。


「ううん、そうじゃないの」

「それは……どういうことかな。第一、どうして眠りこけていたことを黙っていた? 君は、色川 香狐を庇っていたのかな?」

「それは、その……。ごめん。本当に、忘れてたの」


 それに関しては本当に、謝る他ない。だけど……。


「だけど、接理ちゃんと藍ちゃんは、香狐さんが【犯人】ってことを否定してくれるはずだよ」

「……ほう。如何にして?」


 藍ちゃんが、殺気のようなものを見せる。だけど、怯まない。

 糸越しに睨まれて、退く道理はない。


「香狐さんが【犯人】で、私が寝ちゃってる間に犯行を終えたなら……。接理ちゃんと藍ちゃんは、ガソリンまみれのお風呂を見つけてるはずだよね? だけど二人が見たのは、普通にお湯が張ったお風呂だった。――そうだよね?」

「……それは、そうだな。認めよう。しかし、それと我が【犯人】であることに、何の関係がある?」

「……一つ一つ、説明していくよ」


 私は、周りを見回す。

 儀式の間。石の台。裸にされた遺体。赤い布。張られた糸。撒かれたガソリン。

 ゲームにおける生贄の儀式の再現。――本当に?

 最初から、おかしな点はあった。この儀式の再現の不完全性。

 張られた糸は不浄なものを寄せ付けない繭として機能するはずなのに、藍ちゃんを中に入れてしまっていること。

 ゲームに登場した『九つの杯』が存在しないこと。

 清めの水を模しているはずのガソリンが、何故か床に撒き散らされていること。


「この殺人事件は、見立て殺人なんだよね? それなのに、おかしいと思わない? あのゲームの儀式で重要な役割を果たしてたはずの九つの杯が見当たらない。しかも、清めの水を模してるはずのガソリンは床に撒き散らされてるなんて」

「……単に、準備に要する時間を確保できなかったのだろう。それで、このような雑な作りとなった。何も矛盾はない」

「ううん、それじゃおかしいよ。ガソリンを撒く時間があるのに、杯を用意する時間はなかったなんて。杯そのものはないけど、お皿くらいなら、厨房からいくらでも持って行けたでしょ?」


 この事件の現場は確かに、生贄の場面と似ている。

 でも、似ているだけだ。そっくりそのままとは、到底言えない。


「物語では、九つの杯は宙に固定されていたな。その再現難易度から、【犯人】が匙を投げたのではないか?」

「それならそれで、何かの形でお皿を置いておくくらいはすると思う。そもそも用意しないなんて、考えにくい。第一、ゲームを作ったのはたぶん【犯人】なんだから、わざわざ再現を難しくする仕掛けなんて、最初からゲームに登場させなければいい。それでもゲームに九つの杯なんて要素が入れられたなら、【犯人】はそれが再現可能だって思ってたはずだよ」

「では――どういうことだと?」


 藍ちゃんが、抉るような視線で私の目を射抜く。

 すごい威圧感だ。相手が、二つ名持ちの熟練魔法少女だと実感する。

 だけど――退かない。


「杯の代わりを用意できなかったなら、そんな理由、二つだけだよ。【犯人】が生贄の儀式の用意をするときに、厨房に入れない状態だったから。……それか、入れたけど、杯を持ち出せない状態だったから」

「持って回った物言いはやめろ。はっきり言ったらどうだ?」

「…………。私と香狐さんが、厨房にいたから。だから、【犯人】は杯の代わりを用意できなかった。そういうことだと思う」

「……ふむ。死亡推定時刻からすると、つまり、昼餉の時間帯こそが殺害時刻と主張するか? 貴様たちが昼餉を用意する間、我はそこの痴女と相互監視状態にあった。後始末の段では、我は万理の究明者と行動を共にしていたはずだ。その時間で、我に殺人が可能だったと?」

「……ううん、無理だと思う」

「はっ。何を言うかと思えば。所詮はその程度か」


 藍ちゃんは私をせせら笑う。とても、正義の魔法少女のすることとは思えない。

 確かに、昼食のときに藍ちゃんが殺人をするのは不可能だ。そもそも殺人がその時間に行われたなら、生贄の儀式の準備のタイミングを昼食周りに限定する意味はない。私たちが片づけを終えた後に、悠々と杯を取りにくればそれで済むのだから。

 だから――私が主張したいのは、別の事。


「でも、違うよ。藍ちゃんはわかってて、話を逸らそうとしてるよね?」

「うん? 貴様、何を言っている?」


 藍ちゃんは、わかっていて惚けている。

 殺人が行われたのは、その時間じゃなく――。


「本当の殺人のタイミングは、私たちが死体を見つける三十分前。ワンダーから解放された直後。――午後七時半、だよね」

「――待て、空鞠 彼方。それはおかしいだろう。殺人には、どれだけ短くても一時間は必要だという結論に至ったはずだ。それに、死後硬直でおおまかではあるものの、死亡推定時刻も導き出した。僕らが発見した時点で死後最低三時間。犯行推定時刻は、午後五時以前。午後七時半では、二時間半も超えている。三十分では、死後硬直すらまだ始まっていない時間だ。それでは決定的に矛盾している」

「……ううん。それが、違うの」


 犯行に必要な時間。死亡推定時刻。

 そのどちらも、間違っている。


「そもそも死亡推定時刻――死後硬直は、藍ちゃんに確かめてもらったものだよ」

「……あぁ、そういうことか」


 接理ちゃんが納得を示す。

 同じ結論に至っていたであろう夢来ちゃんも、口を挟まない。ただ、何かに耐えるようにして、私のことを見守ってくれている。

 それでいい。夢来ちゃんは、見守っていて。

 私が――全部、終わらせるから。


「――ねぇ、藍ちゃん。藍ちゃんは、【犯人】にそこに閉じ込められたって言ってたけど……。本当は、閉じ籠ったんじゃないの? 死後硬直について適当なことを言って、死亡推定時刻を誤認させるために」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る