【解決編】Become Friends Again
《もう一度友達に》
「……彼方ちゃん?」
ふと、名前を呼ばれる。
夢来ちゃんが、気遣わしげに私の顔を覗いていた。
「大丈夫? すごい、震えてるけど……」
「えっ……」
言われて、ようやく気づく。
手も、足も、ブルブルと震えている。
純然たる、恐怖によって。
大切な誰かが殺人を犯したかもしれない。その恐怖が、私を蝕む。
探偵モードが崩れかける。――ダメ。ダメなのに。私が解決しないと。
第二の事件を思い出す。恋人が人を殺してしまった――それをみんなより先に、確信を持って突きつけられた接理ちゃん。
あの状況で、あんな風に振る舞えるのは異常だ。恋人を庇うために必要だったとはいえ、どうしてあんなに毅然と振る舞っていられたのかがわからない。
私はこんなに――香狐さんが【犯人】だと確定したわけでもないのに、崩れ落ちそうになっている。
「……っ」
夢来ちゃんが、手を空中で彷徨わせる。
私に手を伸ばすべきかどうか、迷っているらしい。
その葛藤の末に、夢来ちゃんは私に向けて一歩を踏み出した。
私は咄嗟に、香狐さんを見る。
香狐さんは、夢来ちゃんがこちらに来る前に、私に触れようとしているみたいだった。
――反射的に、香狐さんから一歩引いてしまう。
香狐さんは、驚いたように目を見開いて――そして、寂しげに呟いた。
「……そう」
香狐さんが、私に手を伸ばすのをやめる。
まるで……私に失望して、興味を無くしてしまったかのように。
途端に、怖くなる。立っていられず、膝がガクリと曲がり――。
「彼方ちゃんっ」
そこを、夢来ちゃんに支えられる。
「……ごめんなさい。一旦、部屋を出ます」
夢来ちゃんが、みんなに向けて宣言する。
私は夢来ちゃんに支えられるまま、儀式の間を出て、倉庫に連れられた。
倉庫は、物が乱雑に積まれている。その積まれた物の中に、座りやすそうな高さの板材置き場があった。私はそこに座らされる。
「……彼方ちゃん。ガソリンの臭いで気分が悪くなった……ってわけじゃないんだよね」
「…………」
私は、答えられなかった。
その沈黙は、肯定と等価だった。
夢来ちゃんは、何かを考えるように目を閉じる。
「もしかして……色川さん?」
「……っ!」
動揺が、馬鹿正直に顔に出てしまう。
それで、夢来ちゃんに全てを察される。
「何か、あった……んだよね。たぶん、香狐さんのアリバイに穴があくようなこと……わたしたちに、言ってないこと」
「…………」
夢来ちゃんの言うことは、完璧に正解だ。
そこまで読み取れたのは、その推理力故か。それとも私がわかりやすいのか、あるいは――。
友達だから、わかってくれるのか。
――ショックで、夢来ちゃんへの忌避感がまともに働かない。
夢来ちゃんは、私と同じ――。
言葉で人を破滅に追いやった、殺人鬼のはずなのに。
「……わたしには、話してくれない?」
夢来ちゃんが、優しい声で問いかけてくる。
その優しい声には、頼りになりそうと思わせる芯が宿っていた。
夢来ちゃんは、変わった。それを、はっきりと認識する。
捨てたはずの友情の残滓が、疼く。今すぐ、洗いざらい話してしまいたいって。
傷ついた心が、救いを求める。
だけど同時に、躊躇する。本当に、話してしまっていいのか。
もしこれを夢来ちゃんに話して、香狐さんが【犯人】だと確定してしまったら……。
伝えるにしても、その可能性を断ち切ってから伝えたい。
なのに、まともに頭が働かない。推理がまとまらない。否定材料が出てきてくれない。
惑いがそのまま、夢来ちゃんに読み取られている感覚がする。
――友達同士の、以心伝心。この館に来た頃は、当たり前にやっていたこと。今も、夢来ちゃんは私にできていること。
なのに私は、夢来ちゃんの気持ちを実感として理解できない。
私はもう、切り捨ててしまったから。大切な誰かのとの誓いのために。
今も私の心情を理解し続けてくれている夢来ちゃんには、それが伝わってしまっているはずだ。
なのに――夢来ちゃんは変わらず、私に寄り添ってくれる。
「……辛いなら、抱え込まないで?」
夢来ちゃんに抱きしめられる。
……どうして人の温もりというのは、こうも安心を与えてくれるのか。
私も夢来ちゃんも、無慈悲に人を死に追いやった悪魔なのに。
「……あのね」
――小さく、耳打ちする。
私が香狐さんのアリバイに、致命的な穴を生み出してしまったこと。
それを、告白する。
夢来ちゃんはそれを、私を抱きしめたまま聞いてくれて、それで……。
「彼方ちゃん……一つだけ教えて。彼方ちゃんは、夕食の後に……一度でも、色川さんと離れた?」
「……ぇ? う、ううん……」
「そっか。なら……安心して」
夢来ちゃんは、ふわりと微笑む。
柔らかい笑み。優しい笑み。
「やっぱり、色川さんは【犯人】じゃないよ」
「ほ――ほんと!?」
「うん。それとたぶん、本当の【犯人】もわかった。……こんなに、簡単なことだったんだ」
小声で、夢来ちゃんは宣言する。
――香狐さんが【犯人】じゃないと言われて、脳味噌が再起動する。
どうして、香狐さんが【犯人】じゃないと否定される?
どうしてそこから、【犯人】が確定する?
「……ああ、そっか」
本当だ。そこに着目するだけで、謎は謎でなくなる。
となれば、怪しくなるのは彼女だ。そのとき自由に動き回れたのは、彼女ただ一人。
たぶん、私と夢来ちゃんは同じ結論を共有している。不思議と、それを感じた。
……失った友情を、取り戻しかけているのだろうか。
でも私は、これ以上夢来ちゃんが罪を重ねるのを見ていられない。それは、間違いなく本当のことで……。
だから……。
「……夢来ちゃん」
「なに?」
「……あとは、私がやってもいい?」
全てを背負う覚悟を、表明する。
夢来ちゃんは驚いたように固まって、そして、全力で私の言葉を否定した。
「ダ、ダメ……っ! また、彼方ちゃんが辛い思いを――」
「それはもう、手遅れだから。だけど、私は……」
取り返しのつかないものよりも、取り返せるものを優先したい。
これで今回私が【犯人】を追い詰めれば、私の罪の数は三、夢来ちゃんの罪の数は一。相対的に、夢来ちゃんの罪は薄くなる。
そうなれば、私は……。
私自身よりも、夢来ちゃんを愛せるようになるから。
――私のその想いは、言葉にしなくても伝わる。夢来ちゃんが私のことを、友達だと思ってくれているなら。
「……っ」
夢来ちゃんは、たじろいだ。
……やっぱり、夢来ちゃんはまだ、私と友達でいようとしてくれている。
その上で、夢来ちゃん自身の望みのために私が傷つくことを躊躇している。
「……私が、全部の謎を解く。それで、事件を終わりにするから。……見てて」
それだけ言って、立ち上がる。
倉庫から出ると、夢来ちゃんもぎこちなく後を追ってきた。
会話はない。――それでいい。
私たちは、儀式の間に戻る。
儀式の間では四人とも、会話もなく入り口を見ていた。どうやら私たちが帰って来るまで、中断していたらしい。
私はまず、香狐さんのもとへ寄る。そして、頭を下げた。
「あの、香狐さん……ごめんなさいっ。私、香狐さんを【犯人】かもしれないって疑っちゃって、それで……」
「……薄々、察してはいたわ。屋内庭園のことでしょう?」
「は、はい……」
香狐さんはどうやら、気づいていながらみんなに秘密にしていたらしい。
わざわざ不利になる証言をすることはない、ということだろうか。
私は単に忘れていただけなのだけれど……。
「謝るってことは、私の疑いは晴れたのでしょう? なら、いいわ」
「……ありがとう、ございます」
怖かった。香狐さんに、嫌われちゃったんじゃないかって。
でも、香狐さんの声は柔らかくて――嫌われなかったということに安堵する。
頭を上げる。
そして私は、全員に向かって宣言する。
「……【犯人】が、わかったよ」
途端、三者三様の反応が起きる。
「何だと?」
「……本当かい、空鞠 彼方」
「んー」
藍ちゃんが不快げに眉を寄せ、接理ちゃんが震える声で問いかけ、佳凛ちゃんは興味がなさそうな平たい声を出す。
勿体ぶる必要はない。
「【犯人】はやっぱり――藍ちゃんだよね」
鋭い視線を向ける。
藍ちゃんは動じず、腕を組み、余裕の態度で私の宣言を受け止めた。
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