Chapter4:棺の中のユズリハ 【解決編①・問題編②】

【解決編】She cannot be a murderer.

《彼女が殺人鬼であるはずがない。》




「【犯人】は万理の究明者――いや、神園 接理ではないのか?」


 真っ先に、藍ちゃんが口にした。


「僕が? ボクにはキミ以上のアリバイがあったはずだけれど」

「機械の写真など、いくらでも偽造できるものだろう。そんなもの、大した証拠にはなるまい」

「偽造なんてする方法は、ほとんどないはずだよ。それに、空鞠 彼方に写真の精査はさせたさ。タイムとスコアが完全一致した写真はないのだから、これ以上の偽造をするなら、外部の機械で画像の編集が必要だと思うけれど? そんなもの、この館にあったかな?」

「……うん。なかった、はずだよ。確かに、ゲームのクリアタイムを足して、二十分くらい足りなかったけど……。どちらにせよ、殺人に必要な一時間が確保できてるわけじゃないし……」


 接理ちゃんには十分なアリバイがあるはずだ。

 そうやって反論すると藍ちゃんは、接理ちゃんが【犯人】であるという説に拘泥せず、すぐに矛先を変えた。


「では、盲愛の姉妹――雪村 佳凛はどうだ。何か、殺人を可能とする方法があるのではないか?」

「何か、って……」


 その言い方に、夢来ちゃんの推理方式を思い出す。

 理解できない部分を、『何か』で置換する推理法。その『何か』を、可能性の総当たりで解き明かそうとする推理法。

 その『何か』の答えは、何もないかもしれないのに。

 ――藍ちゃんの誘導に従って、夢来ちゃんは真剣に考え込んでいる。

 そして――。


「――あっ」


 不意に、俯かせていた顔を上げた。

 瞳に、天啓を輝かせて。


「[存在分離]で、例えば、存在感だけその場に置いていけば……雪村さんは、好きに動き回れる?」


 語られるのは、突拍子もない結論。だけど、一考の価値がある結論。

 第三の事件の結末を思い出す。佳奈ちゃんから分離した、『佳奈ちゃんとしか思えない何か』。それと同じ要領で、例えば、『佳凛ちゃんとしか思えない何か』を置いていけば――。


「午前中、確か、雪村さんは寝てたんだよね。でも実際は、存在感だけ食堂に置いて寝たふりをして……実際は、儀式の間に行ってたんじゃないの?」

「えー、そんなことしてないよー。佳凛、ねむかったから、ねちゃったのー」

「でも……これなら、可能だよね? 雪村さんなら、[呪怨之縛]を持っている棺無月さん相手でも、[存在分離]で強引に……殺害できるはずだから」


 夢来ちゃんが、周囲に確認するように問いかける。

 藍ちゃんは何故か、佳凛ちゃんが【犯人】だと提唱した本人であるにもかかわらず、表情に僅かな驚愕を混ぜ込んでいる。

 接理ちゃんはこの説を検証しているようで、難しい顔で黙り込んでいる。


「……確か、この殺人現場は、僕らがプレイさせられたあの不愉快なゲームに似せているんだろう? そしてそのゲームは、僕らの中の誰かが作ったもの。それなら、そのゲームを作ったのは【犯人】と考えるのが自然だ。前の事件では雪村姉妹に積極的な殺人の意思がなかった以上、雪村 佳凛がこの殺人を計画してあのゲームを作ったならば、制作期間は僅か二日。――こんな子供が、ものの数日でゲームなんて作れるものかな。あれは結構、技術と慣れが必要な作業のはずだけれど」

「……接理ちゃん、詳しいの?」

「まあ、僕自身にゲーム制作のスキルがあるわけではないけれど。知人に聞いたんだ」

「……そう、なんだ」


 確かに接理ちゃんの言う通りならば、佳凛ちゃんにあのゲームを作り上げるのは難しいように思える。

 だけど……。


「確実じゃ、ないですよね? もしかしたら、雪村さんはゲーム作りを趣味にしているかもしれませんし……」

「えー。佳凛、ゲームなんて作ったことないよぅ」


 佳凛ちゃんが困ったように言う。

 しかしそれも、嘘か本当かなんて誰にも判別できない。

 確たる反論を用意しないと――この誰にも殺人が実行できたはずがない不可能殺人では、多少穴のある論理でも通ってしまう。

 だって現状は、【犯人】がこの中にいるという可能性の方がおかしいんだから。


 ダメだ。夢来ちゃんに謎を解かせちゃ。

 反論だ。反論しないと。夢来ちゃんの推理を打ち崩さないと。


 本当に、夢来ちゃんの言った方法が可能?

[存在分離]で自分という存在そのものを分離させた佳奈ちゃん。[存在分離]が概念的なものすら対象にできるのはわかっている。

 それで、存在感を食堂に置いていくとしたら? そこに残るのは、佳凛ちゃんの抜け殻。実体のない、『存在感』だけ。当然、肉体は移動する。肉体も無しに殺人を実行することはできない。

 それなら――そうだ。パーカー。あれが、反証材料になる。


「それは……あり得ないよ」

「……彼方ちゃん」


 夢来ちゃんが、傷ついたような表情で私を見る。

 だけど――夢来ちゃんが推理を通すのを許しちゃいけない。


「みんなには、どうでもいいことだと思って伝えてなかったけど……。私と香狐さんは、寝てる佳凛ちゃんにパーカーをかけたの。存在感だけ置いていこうとしたら体は絶対に移動しなきゃいけないはずだけど、佳凛ちゃんが寝てる間、パーカーはずっとかかってた。――だから、佳凛ちゃんはそんなことしてないはずだよ」

「それなら、自分の意識を一度切り離して、他の何かに移して行動したとか……」

「……前の事件で、佳奈ちゃんが自分の存在そのものを切り離した時、私たちにはそれがちゃんと認識できた。でも今回、私たちはそんなもの見てないよ。だから、そんな手は取れない」

「…………」


 夢来ちゃんは黙り込む。頭の中で私の反論を必死に検討しているみたいだけれど、矛盾はないはずだ。間違いなく、有効な反論として機能する。


「……どうやら、雪村 佳凛も【犯人】ではないようだね」


 私の反論を受けて、接理ちゃんが纏める。

 するとまた、藍ちゃんが口を挟んでくる。


「では、桃の乙女はどうだ? あるいは、白狐と共に在る者は」

「……やけに、饒舌だね? 君はいつも、議論では口を閉ざしているタイプではなかったかな」

「気が変わっただけだ。殊更追及すべきことでもあるまい」


 接理ちゃんの睨みを、藍ちゃんは涼しい態度で躱した。

 私たちの中の疑念がまた、膨張していく。

 藍ちゃんはまるで、私たちに【犯人】の座を擦り付けようとしているかのようだ。

 むやみやたらに他人に殺人の罪を被せようとするなんて、そんなの――【犯人】は自分だと言っているようなものなのに。

 それだけ、自信がある? 自分のアリバイが破られない自信が?

 それとも――自分は殺人犯ではないという自信によって、他人を疑っているのだろうか。

 藍ちゃんの毅然とした態度からは、そんな万が一の可能性すら浮かんでしまう。


 だけど、あり得ないはずだ。

 接理ちゃんと佳凛ちゃんは、今検討した通りに【犯人】じゃない。

 夢来ちゃんも、おそらくは違う。

 当然、私と香狐さんも――。


「――ぁ」


 考えて、血の気が引いた。

 待って。待って。待って。待ってほしい。そんなこと。

 ――あるはずないのに。


 ずっと、一緒にいたと思っていた。

 みんなにも、私と香狐さんはずっと一緒にいたと伝えた。


 だけど、私は――忘れていた。

 今日の、午後。屋内庭園で。私は――香狐さんのアリバイに、致命的な穴をあけていた。

 眠くて、寝てしまった。ただそれだけの理由で。


 私が寝ていたのは、ほど。

 殺人をして戻って来るには、有り余るほどの時間。


「……うん? どうかしたかしら?」


 思わず、傍らの香狐さんの顔を見る。

 香狐さんは、突然視線を向けた私を不思議そうに思っている様子だった。

 そこに、怪しい色は一切ない。


 そう、そうだ……。あり得ないはずだ。

 そんな、まさか。香狐さんが、殺人をするなんて。

 あり得ない。絶対にあり得ない。だから……。言わなくていいはずだ。

 議論なんて、する必要はない。


 私に寄り添ってくれた香狐さんが、殺人なんて……するわけないんだから。

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