【解決編】A Ruler of the Timeline

《タイムラインの支配者》




「藍ちゃんは夕食後、ワンダーから解放されて、儀式の間に行った。たぶん、殺人の仕込みをするために。糸と、包丁を持って――。包丁はたぶん、午前中の見回りの時か、そうでないなら今日じゃない日に厨房から持って行ったんだと思う」

「…………」


 見回りは、包丁を手に入れるための行動。

 あるいは、『その時に犯行が可能だったんじゃないか』と思わせるためのブラフだ。実際は、直接的に殺人に結びつくことは何もしていない。


「夕食後のワンダーのおかしな行動から解放された後、儀式の間の前で、用意した包丁を使って絨毯を切り取って――儀式の間の中に入った。そこで、空澄ちゃんと鉢合わせした。お互い、殺人の準備をしているとひと目でわかる状態だったはず。藍ちゃんは包丁を持っているし、空澄ちゃんはガソリンなんて撒いていたんだから」


 鉢合わせした【犯人】候補たちは、何を思っただろうか。

 何を話したのだろうか。それとも――何も話さなかったのか。


「そこで空澄ちゃんは、[呪怨之縛]を使ったはず。でも、[刹那回帰]を持つ藍ちゃんには効かなかった。藍ちゃんは自分に[刹那回帰]を使って、[呪怨之縛]の拘束を抜けた。それでそのまま、空澄ちゃんを刺した。――もしかしたら、顎を打って気絶させたのが先かも」


 どちらの傷が先かはわからない。それこそ、現場にいた【犯人】でない限りは。

 ……いや、[呪怨之縛]を使ったのなら、空澄ちゃんは藍ちゃんに正面から向き合っていたはずだ。それなのに背中を刺されているということはたぶん、気絶させられたのが先だったのだと思う。


「殺人の準備だけしに来たはずの藍ちゃんは慌てて、生贄の儀式の再現にかかった。空澄ちゃんの死体を石の台座の上に置いて、予め用意していた吸盤付きの糸を張る」


 その最初の景色は、あのゲームにおける生贄の儀式と何ら変わりないものだった。

 しかし次第に、齟齬が生じ始める。


「だけど、床はガソリンまみれだし、杯も取りに行けない。死体がいつ見つかるかわからない以上、【犯人】としては急いでトリックを作り上げてしまいたい。――だからたぶん、トリックを変更したんだよね?」


 こればかりは本当のところがわからないから、藍ちゃんに尋ねる。

 当然ながら、返答はない。


「あのゲームで繰り返された質問は、『少女は、どこで殺された?』っていう質問だった。藍ちゃんが最初に考えてたトリックではたぶん、被害者は儀式の間で殺されたっていうイメージを私たちに刷り込んで、別の場所で……」


 ――言いかけて、別の可能性に思い至る。

 あの問答は、こうだった。


『少女は、どこで殺された?』

『祭壇』

『正解! 少女はに、祭壇で殺されました!』


 ――どうしてわざわざ、九時間前にという情報を入れてきた?

 問題に対応する答えを表示するなら、『少女は祭壇で殺されました!』で済むはずだ。それをしなかったというなら……。


「……違う。藍ちゃんは最初から、時間のトリックを考えていたんだよね? あのゲームで繰り返される質問は、殺害場所のイメージを固定しようとしているふりをして、実は、殺害時刻をさりげなく刷り込むためのものだった。九時間前っていうのは、その数字に何か意味があったんじゃなくて、ただ『かなり前の時間』っていうイメージを刷り込めればそれでよかったんだよね?」


 それなら、接理ちゃんの行動を操ったり、佳凛ちゃんや夢来ちゃんのゲームにだけ細工をしていたというのも頷ける。

 最初から藍ちゃんは、時間に関するトリックを仕掛けるつもりだったんだ。


「藍ちゃんは、佳凛ちゃんや夢来ちゃんのゲームを進行不可能にして、わざとワンダーの罰ゲーム――第二回目の、シューティングゲームを受けさせるように仕組んでたんじゃないの? そうすれば、佳凛ちゃんと夢来ちゃんの今日の行動は操れる。接理ちゃんは、藍ちゃんが直接相手をして、行動を操る。私と香狐さんは……。一緒にいるだろうって言うのは、簡単に予測できたはず。――これで全員のアリバイを作って、トリックを仕組もうとした。違う?」


 それがどのようなトリックだったのかは、今となってはわからない。

【犯人】は結局、本当は空澄ちゃんの仕業であるガソリンを、【犯人】の仕業に見せかけることでアリバイの確保を図った。


「……話を元に戻すよ。突発的に空澄ちゃんを殺した藍ちゃんは、慌てて儀式の準備をした。吸盤付きの糸は、空澄ちゃんが撒いたガソリンを利用して、トラップとして機能させる。さっきはガソリンのことにしか触れてなかったけど、午前中に見回りをしてた藍ちゃんなら、倉庫にライターが追加されていたことも気づいてたはずだから。計画の変更もすぐに思いつけたはず」


 そうして、罠にガソリンの要素を取り込むことで、あたかもガソリンまで【犯人】の仕込みであるように見せかけた。

 生贄の儀式というシチュエーションも、そのフェイクに一役買っていただろう。『儀式』というイメージで勝手に、ここに存在するものは全てが必然だと思い込んでしまった。


「あとは、糸のトラップにわざと抜け穴を作っておいて、死亡推定時刻を誤魔化すための布石にする。……死後硬直のことは、夢来ちゃんが言い出したことだけど。たぶん、誰も言わなかったなら、自分で言うつもりだったんだよね? 『ついさっき殺されたのかもしれない』っていう可能性が浮かぶ前に」


 一度そうやって疑われてしまえば、その線は常に付きまとうことになる。そうすれば、死後硬直の証言そのものが疑われるかもしれない。だから、先手を打った。

 ゲームにおける殺害時間の刷り込みと、死後硬直の情報を利用して、『犯行時刻は結構前らしい』という大まかなイメージを私たちに押し付けた。

 だけど所詮は、急造の計画。気づいてしまえば、すぐにボロが出る。


「……抜け穴を作って布石を打ったら、あとは何食わぬ顔で接理ちゃんと合流する。抜け穴を通るには第一発見者になっておいた方が都合がいいから、それで空澄ちゃんを探そうって、接理ちゃんを誘導したんだよね? その後のことは、私たちの知っている通り。――これが、犯行の一部始終。何か、間違ってる?」


 未だに腕を組んで、強者の雰囲気を崩さない藍ちゃんに、正面から言い放つ。

 ――【無限回帰の黒き盾】。正義の魔法少女。

 もう、逃げ場はないはずだ。

 彼女は自分から、罠の中に飛び込んだんだから。

 殺人を手段として用いるという罠に。そして、自らが作り出した火炎の罠に。


「――フッ」


 藍ちゃんは、息を吐いた。諦観の込められた息。マフラーの中からでも、それははっきり聞こえた。

 そして、堂々たるオーラを崩さぬまま、宣言する。


「――確かに、認めよう。我が、棺無月 空澄を殺した【犯人】だ」


 自らが【犯人】であると名乗り出た藍ちゃんは、泰然自若な態度を崩さない。

 それどころか、周囲を威圧し始めた。

 最強の魔法少女のオーラが、全方位に放たれる。

 糸で遮られている? そんなことは関係ない。

 隔たりなどまるで感じさせず、むしろ、既に喉元にナイフが突きつけられているかのように錯覚する。

 ――追い詰めているのは、こちらのはずなのに。

 どうして私は、冷や汗をかいているのだろう?


「――で、それだけか?」

「……え?」

「それだけか、と訊いている。貴様の辿り着いた結論は、その程度のものか?」


【無限回帰の黒き盾】の、全身全霊の威圧を浴びる。

 これが、盾? 冗談じゃない。彼女のオーラは、鋭い矛の形をしていた。全てを貫き通す最強の矛が、私に向けられている。


「な、何を……」

「聞くな。問うな。求めるな。――貴様自身で探し当てろ」


 藍ちゃんが、チラリと、空澄ちゃんの死体に目を向ける。


「言うべきか、迷っていた。しかし、貴様の覚悟、とても見てはいられぬものだ。――貴様は、我を殺そうとしているな? その行いは、正義に則ったものか? 本当に、我を殺すことが正しい行いか?」


 鋭い眼光に刺し貫かれる。

 私欲で断罪を強行しようとする醜い私を、絶対正義は赦さない。


「時間をやる。考え直せ。――貴様が今持つ『正しさ』の全てを、打ち崩してやる」

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