【解決編】Are you really her older sister?

《あなたは本当にお姉ちゃん?》




◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇


「だけどそうなると、もう解ける謎が一個も残ってないね。いやぁ、困った困った!(^O^)」


 困ったと言いながら、嬉しそうにする棺無月さん。

 ――きっとこの人は、全ての謎を解き終えている。そんな気がする。


 謎は、多く残っている。

 落ちてきた石像。石像の下の遺体の状態。鍵のかかった萌さんの部屋。雪村さんたちの部屋に残されたノコギリと血。不自然な形になっている床の断面。発動しなかった[外傷治癒]。

 それと先ほど浮上した、使役殺人の可能性。そしてその方法論。

 けれど、その多くを飛び越えて、わたしには気になっていることがあった。

 それはきっと、ずっとこの浴場を調べていたわたしだからこそ生まれた疑問。


「雪村さん……佳奈ちゃんは、どうして、何も喋らないんだろう……。石像が降ってきたとき、ここにいたはずなのに……」


 一人呟く。それを、棺無月さんは耳聡く拾った。


「怖がってるんじゃない? 妹と一緒に石像に潰されそうになって( ´_ゝ`)」

「……それは、変です。それじゃあ、マジックペンの跡のことが納得できません」

「ん? マジックペンの跡?(。´・ω・)?」

「はい。佳奈ちゃんの……左手に」


 棺無月さんが不思議がる。

 同時に佳奈ちゃんが、わたしたちから左手を隠した。

 でも、わたしは知っている。ずっとここに残って捜査をしていたし――それに、佳奈ちゃんを抑える役も少しだけやっていたから、その時に見た。

 佳奈ちゃんの左手には、マジックペンで誤って書かれたかのような線が走っている。


「ふぅん。双子のお姉ちゃん、ちょっとその左手、見せてもらえない?( ̄д ̄)」

「な、何!? そうやっておびき寄せて、佳奈まで殺す気!?」


 佳奈ちゃんは、殺気を込めて棺無月さんを睨む。

 ……佳奈ちゃんの言動は、さっきからどうにもおかしい。パニックに陥っていると言えばそれまでだけれど、でも、少し違う気がする。


「んー? ねぇムック、そのマジックペンの跡って何のこと?(;´・ω・)」

「……佳奈ちゃんの左手の甲に、マジックペンで間違って触れちゃったような線があったんです」

「……ああ、ほんとだ、気づかなかった(・ 。・)」


 棺無月さんは目を閉じて、納得したように頷く。

 ……たぶん、記憶を確認したんだと思う。棺無月さんは映像記憶の持ち主だと言っていたから。現物を見なくとも、記憶の中にそれが映っていたなら、彼女は確認できる。


「で、このペンの跡がなんだって? それがなんで、石像が降ってきたのを怖がってない証明になるの?(´Д`)」

「だって、そのマジックペンの跡って……。あの石像にあるやつと同じものですよね?」


 わたしは、石像に目を遣る。

 背中から脇腹にかけて、一本の線が引かれた石像。

 それに、佳奈ちゃん自身のマジックペンの跡を合わせて考えると……。


「まさか、石像が降ってきた後に落書きなんてしていたとは思えないですから……。たぶん、佳奈ちゃんが何かの目的で石像によじ登って、マジックペンで何かを書こうとしたら、石像が落ちた……んだと思います」

「またアバウトな推測だね。何かの目的で、何かを、ねぇ( ;´Д`)」


 棺無月さんが小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「……でもそれなら、服を着たまま浴場にいた説明はつきます。浴場に来るなんて思っていなかったなら、服を着ているのは何もおかしいことじゃないですから」

「ま、そうだけどね(-ω-)」


 棺無月さんは、わたしの推測を部分的に肯定する。

 それでも、余裕の笑みは崩れない。


「けど、ワンワンが関わってないなら、どうやって石像を落としたっていうの? まさかこれも、どうにかして頑張った、なんて言わないよね?(〟-_・)?」

「…………」


 石像を落とした方法。まだ思いついていない。早く考えないと。

 ここにいる人のうち、それができそうな魔法を持っているのは……。

 ……持って、いるのは……。

 ……あれ? おかしい。だって、それだと。


「ほらほら、どうしたの? なんか顔色悪いよ?(゚∀゚)」

「…………」


 いや、でも……。

 これしか、ないはずだ。他の魔法で、これはできない。


「[存在分離]……佳奈ちゃんの魔法なら、それができるんじゃないですか?」

「はい、そう言うと思ってました! でも、思い出してよ。[外傷治癒]の発動条件。双子のお姉ちゃんが自分で石像を落としちゃったら、思いっきり条件に引っかかるでしょ!? つまり、それは無理筋ってやつだよ! ムック、成長しないねー(*'ω'*)」

「…………」


 そうだ。そう思ったから、わたしも答えに迷った。

 自分で石像を落としたら、[外傷治癒]で治せる傷になるはずだ。

 でも、そうはなっていない。石像に圧し潰されたときに生じたはずの傷は、[外傷治癒]では治すことができなかった。

 ――何か、仕掛けがあるはずだ。

 何か……。


 再び、手元のメモを頼る。

 仕掛けの証拠が残るとしたら、石像の周辺になるはずだ。

 石像周辺の証拠といったら、一つしかない。


「……使役殺人なら、[外傷治癒]は発動しないんですよね? それなら……そこにいるのが、石像が落ちるように細工した佳奈ちゃんじゃなくて、凛奈ちゃんなら……どうですか?」

「んー? 入れ替わりトリックって言ってるの? そりゃ、普通の犯罪ならそれでもいいかもしれないけど。これは魔法殺人なんだよ? 入れ替わっちゃったら、魔法が使えないじゃん。馬鹿なの? 死ぬの?(´Д`)」

「…………」


 言葉が痛烈に突き刺さる。――死ぬ、なんて。この場所では最悪に近い言葉だ。


「あんた――ねぇ、何言ってるの!? 凛奈が死んで、今度は佳奈のことまで死んだ奴扱いしようとするわけ!?」


 更に、佳奈ちゃん――らしき人――にも強く睨まれる。

 嫌な状況だ。引っ込み思案なわたしの元来の性格が、この場から引っ込もうとする。

 だけど――逃げちゃダメだ。彼方ちゃんはもう二度も、この過酷な議論の中心に立ってきた。わたしも、それと同じ場所まで行かなきゃダメなんだ。

 それに――証拠はある。だから、大丈夫だ。


「……この、床の断面の凹凸。これがあれば、凛奈ちゃんが石像を落とすことができたはずです」

「ははは、なーにを言っちゃってるのかなこの子は。そんな意味のない凹凸でどうやれば、加害者が入れ替わるって言うわけ?( ;´Д`)」

「できるはずです。――[存在分離]で完全には落とさずに、誰かが踏んだ時点で石像が落ちるように調整すれば。そうやって、ギリギリ繋ぎとめるだけの支えを残した結果が……あの凹凸だと思います」


 あの凹凸は、元は支えのようなものだった。

 あるいは、切り取り線。床が落ちる範囲を定めた、切り取り線だ。

 きっと、[存在分離]で床に穴を開けるとき完全には穴を開けず、支えとして残したのだと思う。それで、重さをトリガーに石像が落ちるように調節した。誰かに、加害者役を押し付けるために。

 その後、凛奈ちゃんによって石像に重さがかけられ――支えの部分が重みに耐えかねて折れた結果、ああいう凹凸が残った。


「――って言ってるけど? そこんとこどうなのかな、お姉ちゃん(-ω-)/」


 棺無月さんは、ようやくわたしの推測の否定をやめて、佳奈ちゃんに矛先を向ける。


「キミたち双子はすっごい似た見た目をしてるから、入れ替わるのは簡単なはずだけど……。ムックの推理によると、キミがお姉ちゃんの方なら確実に殺人に関わってることになるし、キミが妹ちゃんの方でも、なんやかんやで殺人に関わってることになるらしい。――さて。キミは、どっち?(〟-_・)?」

「――。か、佳奈は……」

「なるほど。あくまでお姉ちゃんの方だって言い張る? それなら、キミの証言を聞かせてほしいんだけど。100%殺人に関わってる、雪村 佳奈ちゃん?( ̄д ̄)」


 棺無月さんが目を細めて、佳奈ちゃんに迫る。

 ――しかし、それをやめさせたのは、佳奈ちゃんじゃなかった。


「……ぁ」


 彼方ちゃんの呟きだった。

 棺無月さんが、それに一番敏感に反応する。


「んー? カナタン、ようやく探偵モード?」

「…………」


 彼方ちゃんは、その言葉に寂しそうな顔をした。

 自分はまだそうなれていないと、残念そうにする顔。

 ――【犯人】を死に追い立てる役に就けないことを、残念に思う?

 そんなのは、絶対におかしいのに。彼方ちゃんはまだ、全然わかってくれてない。


 その全然わかってくれていない彼方ちゃんは、しかし、わたしたちが気づかないことについては気づいていた。

 ――それは、彼方ちゃんしか知らない話。


「……ねぇ、佳奈ちゃん。そういえば、どうして……今日は一度も、名前で呼んでくれないの?」


 それは、わたしたちの誰もが持っていないはずの、双子の識別方法だった。

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