Chapter3:たった一人の姉妹 【解決編】
【解決編】Switch the detective role
《探偵役交代》
◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇
事件の解決を宣言した棺無月さん。誰もが、彼女に視線を集める。
「なんか怒ってるみたいだけど、双子のお姉ちゃん(仮)も元気になったし、ちょうどいいね。ああ、拘束しなおす必要はないよ。どうせ今は殺人が禁止されてるし。ルール無視しようとしても、どうせワンワンが止めるだろうからねヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
『なんか便利に使われてる気もするけど、まあ、止めるよ。ホントに暴れるならだけどね』
魔王が不機嫌そうに、棺無月さんの言葉を肯定する。
それでも少し怖くて、わたしたちは佳奈ちゃんから距離を取った。
「おけ。じゃあ、あーしはカナタンじゃないから、順序立てて説明なんかせずに――最初っから、【犯人】を指名しちゃうよ(^O^)」
『おっ、いきなりそういう展開!? まあ、それもいいよね! 自分が組み立てた謎をあっさり解かれて呆然とする【犯人】の顔を見るのもまた一興だし――』
「【犯人】はワンワンだよ」
『あはは! 処刑の恐怖に怯えるが……今なんて?』
「【犯人】はワンワンだよ」
棺無月さんは機械的に、その名前を繰り返す。
……誰もが、その名前に沈黙した。
かくいうわたしもまた、その一人だった。
『……へ、へへっ。冗談キツイぜマイシスター!』
「誰が姉妹だ誰が。( ̄д ̄) というか……誤魔化さないでくれる? 【犯人】さん(`A´)mp」
棺無月さんが、人差し指でまっすぐワンダーを指す。
『な、なな、な、ななな、何をこここ根拠にそそそんなことを、wow wow wow...』
「歌詞っぽく言っても誤魔化されないから。だって……こんなことできるの、ワンワンしかいないよね?(〟-_・)? こんな、魔王みたいな、極悪非道なことができるのはさ」
『き、決めつけはよくないよ! ボ、ボクが魔王って証拠はどこにあるんだ!』
「いや、どんな言い訳するにしても、今更それはないでしょ。散々色々やっといて、今更何言ってんのさ( ´_ゝ`)」
『ぐ、ぐぬぬ……』
魔王が返答に窮したように辺りを見回す。
そして……視線を、彼方ちゃんに定めた。
『うわーん、助けてよ頭ピンクえもん! アバンジャイアンがいじめてくるんだ!』
「おいこら、アバンジャイアンって何さ( ̄д ̄)」
「…………」
彼方ちゃんは、魔王から視線を逸らした。嫌そうな顔をして。
でもそれ以上に……彼方ちゃんの表情は、虚無的なものに覆われている。
最初の事件で見せた火が、第二の事件で見せた炎が、消え失せている。
そこにいたのは、ただの、悲劇を前に思考を止めた観衆の一人だった。
「…………」
普段は、棺無月さんの暴走を受け止めるのは彼方ちゃんだ。
たぶん彼方ちゃん自身はそう望んでいないのだろうけど、どの事件の議論でも、そうなってきた。
けれど今回の事件、彼方ちゃんは沈黙を貫いている。
……まるで、心の支えを失くしてしまったかのようだ。
「――桃井さん」
トンと、肩を叩かれた。
振り返ると、色川さんがそこにいた。
「これ。あなたに渡しておくわ」
色川さんが一枚のメモを押し付けてくる。
それは、浴場以外を調査した際に発見された手がかりを纏めたメモだった。
[存在分離]と[存在融合]の効力。彼方ちゃんが事件前に赤毛の人を見かけたこと。双子が入れ替わっている可能性があること。萌さんの部屋が施錠されていたこと。そこでの密室殺人はないであろうこと。雪村さんたちの部屋の血と、使用した形跡のないノコギリ。儀式の間の意味のない魔法陣。床は厚さ十何センチの石材で、更には断面が綺麗すぎること。断面には謎の凹凸があったこと。
わたしが知り得なかった情報の全てが、そこに記されていた。
色川さんはいつの間にかわたしから離れて、何事もなかったかのようにすました顔をしている。
……どうして、これをわたしに手渡したのか。
理由はわからないけれど、これでわたしも、戦うことができる。
――だけど、完璧に整った推理を用意するのは間に合わない。
今回の事件が複雑怪奇すぎて手の付けようがないことくらい、これを見ればすぐにわかる。
脈絡のない、繋がりの見えない証拠の数々。
繋がっているように見えて、繋がりの確定しきれない証拠たち。
……すぐに、全貌を明らかにするのは不可能だ。
棺無月さんの推理の否定材料を探して、反論するところから始めよう。
「……棺無月さん」
「あれ? ここはカナタンが乗ってくるところだと思ってたんだけど、ムックが乗ってくるのね。まあいいけど。何かな?(。´・ω・)?」
「棺無月さんはどうして、魔王が【犯人】だと思うんですか?」
「え? だってそりゃ。[外傷治癒]が発動しなかったってことは、石像を落とすに悪意は一切なかったってことでしょ? 悪意も無しに他人を傷つけるなんて、極悪非道の魔王にしかできない行いだと思わない?( ̄д ̄)」
「……魔王こそ、悪意の塊のような気がしますけど」
「そうかな。ま、見解の相違ってやつ?┐('д')┌」
空澄ちゃんが肩をすくめる。
「でも、これしかないでしょ? それとも、[外傷治癒]の能力の裏をかく方法があるとでも?(〟-_・)?」
「……あるんじゃないんですか? 魔王だって、発動しなかった理由があるとか言ってましたし……」
「ワンワンが誤魔化すためについた嘘に決まってるじゃん、そんなの。【犯人】なら、そういう嘘の一つもつくもんでしょ?」
「…………」
[外傷治癒]。
悪意を持つ者の行動で傷つけられた場合、一日以内ならその傷を癒すことができる。この魔法は他者にも使うことができる。
――そんな定義を与えられた魔法。
何か、この条件を満たさないような方法があるはずだ。
最初の事件、そして今回の事件。
この二つの事件に、何か共通性がある?
……最初の事件で引き起こされた爆発。アレを引き起こしたのは、その【犯人】である古枝さん。――いや、違う。直接の原因になったのは、釜瀬さんだ。暴発した魔法を構築したのは、釜瀬さんなんだから。
――つまり、爆発を起こした本人は、悪意を持っていなかった。
そうだ。あの傷を生み出した人は、悪意を持った人じゃなかった。
悪意を持つ人と、行動して傷つけた人が違う。
魔王は、釜瀬さんに[外傷治癒]が効いたのは例外だと言っていた。
古枝さんに――悪意を持つ人に、直接魔法をぶつけられたが故の例外だと。
『二次被害』。魔王が、近い推測だと言っていた言葉。
今ようやくわかった。その推測が近かったのは、『二次的』であるということだけは正解していたからだ。
ただし、『二次的』だったのは傷の話ではなく――。
「……悪意のない誰かに、傷を負わせる役を押し付ける。そんな二段階構造で作られた傷には、[外傷治癒]が使えない?」
「んー? どういう意味かな?(´Д`)」
「……[外傷治癒]で治せるのは、悪意を持つ者の行動によって傷つけられた場合。悪意のない誰かを利用した使役殺人なら、[外傷治癒]は使えない。……そういうことじゃ、ないんですか」
『そう! 正解だよ! いやぁ、助かった! 危うく、心ない機械みたいな魔王とか言われるところだった! ボクはこんなにも、嗜虐心に溢れているというのに!』
窮地を免れたと、魔王が笑う。
……魔王を庇う形になるのは、癪だ。だけど、間違った方向に議論を進められるよりはよっぽどいい。
――だけど。空澄ちゃんは、私の推論を聞いて、逆に笑みを深めた。
「それならますます、ワンワンが怪しいんじゃない? だって、魔王でしょ? 魔物に命令し放題なんだから、館スライムとやらに命令すれば、その使役殺人もいとも簡単にできるよね(`A´)mp」
「それでも、その館スライムの方は、悪意を捨てられないんじゃないですか? だって、これから……被害者を傷つけることがわかってて、悪意がないなんて……」
『あー、えっと、魔王は魔物の感情も操れてですね……。つまり、悪意を捨てさせるなんてこともできるわけでして、ええ』
わたしの反論を、魔王が潰す。
……折角の反論の機会を自分で閉ざして、何がしたいのだろうか、この魔王は。
「ほら。やっぱり矛盾はどこにもないよ。これでワンワンが【犯人】ってことでいいよね!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
「…………」
わたしは、手元のメモに目を落とす。
この中で、反論に有効そうな証拠は……。
「そ、それじゃあ……萌さんの部屋に鍵がかかってたのは、どう説明するんですか?」
「え? あのドアもスライムでしょ? なら関係ないじゃん。魔王なら、スライムを操って鍵がかかった状態にできるしね(´Д`)」
「……それじゃあ、棺無月さんの推測だと、萌さんは……」
「死んじゃってるんじゃない? 部屋の中で(=_=)」
「…………」
頭脳が、その言葉を捕らえて反芻する。
死んじゃっている。部屋の中で。――それは、おかしい。
「……さっき、色川さんにメモをもらいました。棺無月さんたちが、浴場以外を調べたときに発見された証拠を纏めたメモです。そのとき、棺無月さんが鎌をかけて、密室殺人はなかったことを確かめた――って書いてあります。これは、どう説明しますか?」
「え? えー、あー、えっと……。そうだな……。――そっか! ワンワンが嘘つくタイプのゲームマスターじゃなければ、この線はなかったね。いやー、勘違い勘違い。スマソスマソ(/ω\)」
『ちょっと!? しっかりしてよ! あやうくだったよ!』
魔王が棺無月さんに駆け寄って喚く。
……これで、議論は振り出しに戻った。
だけど、一つだけわかったこともある。
棺無月さん。前回の事件では正しい方向に議論を持っていた彼女が、今度は、間違った方向に全員を誘導しようとしている。
あたかも、最初の事件の再現のように。
わたしに、立ち向かえるだろうか。
第二の事件で、間違った推理を披露した無能探偵なんかに。
――わたしなんかに、彼方ちゃんを救うことは、本当にできるのだろうか。
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