【解決編】Just Like You
《あなたのように》
◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇
「どうして、って、え――だって――」
しどろもどろに、彼方ちゃんの問いに答えようとした佳奈ちゃん。
しかし、半端な言い訳は、彼方ちゃんに封殺される。
「……昨日、私の名前、覚えてくれたよね? これなら忘れないって、言ってくれてたよね? だから……ここにいるのが本当に佳奈ちゃんなら、私の名前、覚えてるはずだよ。でも、ここにいるのが凛奈ちゃんなら……あの時寝てた凛奈ちゃんは、私の名前を知らないはず」
「――――」
佳奈ちゃんは、急に黙りこくる。
全てが失言に繋がるとでも思っているかのような、そんな表情。
怒りを表情に混ぜ込みつつも、今までのように声を荒らげない。
佳奈ちゃんの代わりにそのやり方を批判したのは、棺無月さんだった。
「いやぁ、ダメだよ、それじゃあ。知らないことを知ってるって偽るのは簡単じゃないけど、知ってることを知らない風に振る舞うのは簡単なんだから。何か理由があって隠してるかもしれないでしょ? ねぇ、そうだよね?(。´・ω・)?」
棺無月さんが、佳奈ちゃんに迫る。
それでも、佳奈ちゃんは何も喋らない。
その態度に、棺無月さんは笑みを深くした。
「ほら、ね? やっぱり、すっとぼけるだけだよ、アイたん」
「……え?」
棺無月さんは、彼方ちゃんを見ながらその名前を呼んだ。
――そうして、わたしたちは理解する。棺無月さんが何を仕掛けたのか。
全員が、そのおかしな呼び方に言葉を挟まない。
無知なる者、ただ一人を除いて。
「そ――そう! アイ! アイでしょ、あんたの名前!」
棺無月さんの失言のおかげで危機を免れたと、そんな態度で、間違った名前を叫ぶ佳奈ちゃん。――いや、凛奈ちゃん。
彼方ちゃんは、その叫びに応えない。
棺無月さんは、口を三日月の形に歪める。
そうして、一泊遅れて、自信に満ちた凛奈ちゃんの顔が躊躇いを宿した。
「えっ……。ね、ねぇ? あ、合ってるでしょ!? な、何か言いなさいよ!」
「いやぁ。この妹ちゃん、随分とお姉ちゃんの真似が得意なんだね。ねぇ、カナタン?」
「……うん」
彼方ちゃんが、さっきとは別の名前に頷く。
そうして、凛奈ちゃんは、自分が罠に嵌められたことを理解した。
「……凛奈ちゃん。私の名前は、彼方だよ。空鞠 彼方。佳奈ちゃんの名前に一文字足しただけの、佳奈ちゃんにとっては覚えやすい名前。……藍さんとは、間違えるはずのない名前」
「ぇ、ぁ……」
凛奈ちゃんの顔が不安に揺れる。
――メッキが、剥がれた。
「ぁ、ぁぅ……」
そうして取り戻されるのは、常に姉の陰に隠れていた、気弱な少女の姿。
寄る辺を失って、いつもより更に弱々しい姿は、正体を偽っていたことを知っていてなお同情を誘うものだった。
どう考えても怪しい人物なのに、強い疑念をぶつけることを躊躇させられる。
――しかし、そんなことを、棺無月さんは斟酌しない。
「ようやく正体現したね。それじゃ、知ってることを洗いざらい話してもらおうか? ねぇ、妹ちゃん(゚∀゚)」
「ぁ、ぅ……」
詰め寄る棺無月さんに、凛奈ちゃんが怯える。
しかし怯えながらも、凛奈ちゃんは確固たる意志で首を横に振った。
「ありゃ? 教えてくれないわけ? これまた面倒な……。ねぇカナタン、なんとかしてくんない? 今みたいに探偵っぽく、こう……何かないの? 妹ちゃんにビシッと突きつけられる証拠とかさー( ;´Д`)」
「…………」
棺無月さんに催促されても、彼方ちゃんは何も口にしない。
……やっぱり。彼方ちゃんは今、最初の事件、そして第二の事件のような冴えを失っている。
それが何を原因としたものか、わたしにはわからないけれど……。
……彼方ちゃんにできないんだったら、わたしがやるしかない。
「…………」
だけど、何かあるだろうか。ここで凛奈ちゃんに突きつけられる証拠なんて。
凛奈ちゃんが犯行に関与していたと示す証拠は、わたしが提示したマジックペンの跡以外にはないように思える。
ノコギリは誰でも入手できる。萌さんの部屋の鍵が閉まっているのと、凛奈ちゃんの関係性は不明。石像の下の遺体の状況だって――。心理的な状態を加味せず、実行可否だけで言えば可能だ。
だけど……。
――どうにも、引っかかる。
石像を落とすトリガーを引いたのは、凛奈ちゃん。
その推理に間違いはないと思っている。
けれど、その準備に佳奈ちゃんの存在は欠かせない。
その推理もまた、間違いはないと思っている。
そうなると――。
「えー、カナタン曰く何も突きつける証拠がないようなので、妹ちゃんの尋問については諦めるけど――。ねぇ、ムック(〟-_・)」
「……なんですか?」
「妹ちゃんが石像落下の引き金になったっていうその推理、おかしいと思わない?( ̄д ̄)」
「…………」
鋭い指摘に、わたしは黙り込む。
「妹ちゃんの手の甲にマジックペンの跡があって、石像にもあった。だから妹ちゃんは石像に近づいたはずだ。――その繋げ方はわかるよ? 床断面の凹凸は、上手いこと床を削って、人の重みで石像が落ちるように調整した痕跡。――それもわかる。でもさぁ。……それじゃおかしいよねぇ? 気づいてないなら、あーしが教えてあげるけど?(゚∀゚)」
「……いえ。ちゃんと、わかってます」
「それじゃあ、自分でちゃんと指摘してもらおうか? 自分の推理の矛盾を、さ(^O^)」
「…………」
頭の中で言葉を転がして、覚悟を決める。
わたしが打ち立てた推理の、決定的な矛盾点。
「……石像を落とすには、佳奈ちゃんの[存在分離]が必要不可欠です。でも、ここにいるのが凛奈ちゃんなら、その被害者は……。この状況を生み出した、佳奈ちゃんということになる」
「大正解! ――いや、つまり、キミの推理は大不正解ってことだけどね! それともまさか、キミは――これが手の込んだ自殺だとでも言うつもりなのかな?(=_=)」
「……いえ」
それに頷くのは、罠だ。
自分の頭で何度も考えて、自殺の可能性は打ち消した。
「佳奈ちゃんが自殺したなら……。凛奈ちゃんを間に挟む意味がありません。浴場から二階の床を削って石像を落とせば……一人で、自殺できますから」
「うん、そうだね!(^O^)」
「それに……。石像の下の遺体は、何本も……釘が打たれてたんですよね?」
「うん、そうだね!(^O^)」
「……自分で自分に釘を打つなんて、絶対に不可能です。まして……。全身にだなんて。手足と首の……切断は、[存在分離]を使えば、自分でできたかもしれませんけど。でも、釘は、魔法でも不可能です」
「うん、そうだね!(^O^)」
わたし自身の推理を否定する推測だけは、棺無月さんは即座に肯定する。
本当に、意地が悪い。
「仮に、凛奈ちゃんが釘を打ち付けたとしても……。そうしたら今度は、石像を落とした時に悪意を消すのが不可能になります。あの釘はたぶん、お湯の中の遺体を石像の真下に固定するためのものですから……。釘を打ち付けるなら、石像が落ちる位置の把握は必須です。でも[外傷治癒]が機能しなかったなら、石像が落ちることを凛奈ちゃんは知らなかったということになります。だから……凛奈ちゃんが釘を打ち付けることはできません」
「はい、花丸大正解! これにて、自殺説は完全に否定されたね!(*^^*)」
棺無月さんが拍手する。
そうして、視線を彼方ちゃんに向ける。
「で――ほら。ムックが不甲斐ない推理見せてくれてるわけだけどさー。カナタン、そろそろ覚醒シーン入ったりしない? 魔法少女なんだからさー。こう……ピンチの時には不思議な力に目覚めるものでしょ?(。´・ω・)?」
「……ごめん」
棺無月さんの眼差しから、彼方ちゃんは目を逸らす。
表情には、精一杯の焦燥と苦悩を抱いて。
……彼方ちゃんが、傷つけられている。だったらわたしは、それを止めなくちゃいけない。
「……棺無月さん、やめてください。今度の事件は、彼方ちゃんじゃなくて、わたしが解きます」
「えー、ムックが? 第二の事件で醜態晒してくれたヘボ探偵は、とっとと退場してくれない?(・ 。・)」
「それなら……棺無月さんだって。最初の事件のときに」
「あー、やだやだ。だから、あれはわざとなんだって。意図的に無能探偵演じるのと、本気でミスるのは違うわけ。わかる?( ;´Д`)」
「……それでも」
わたしは退かない。
もう、誓ったから。
「この事件は、わたしが解きます。……もう、彼方ちゃんだけに、辛い思いをさせたくないから」
「……夢来ちゃん」
彼方ちゃんと視線が絡まる。
わたしはそれを、温かく受け止めた。……つもりだ。
押しつぶされそうな緊張感で、今にも全身が震えてしまいそうだけれど。
でも、精一杯の温かみを、彼方ちゃんにぶつける。
「……へぇ。やれるものなら、やってみれば?(゚∀゚)」
棺無月さんに煽られる。
今更、そんな言葉は無意味だ。
棺無月さんに言われずとも、やってみせる。
必ず【真相】を見つけ出して、【犯人】を――。
【犯人】を、定められた末路に追いやってみせる。
――同じ痛みを背負ってようやく、彼方ちゃんに言葉を届けられると思うから。
壊れてしまった彼方ちゃんを元に戻すには、もう、それしかないと思うから。
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