エピローグ:物語の続き
取り戻した日常
◇◆◇【唯宵 藍】◇◆◇
「やっほー、藍。魔法少女辞めたってホント?」
学校からの帰り道、肩を叩かれた。唐突な質問に驚くも、そこにいるのは我が戦友として幾多の戦いを乗り越えた魔法少女だった。
肩に乗せられたままの手を払い、「ああ」と頷く。途端に、ますます怪訝そうな顔をされた。
「え。藍、めっちゃ強かったじゃん。なんで?」
「……スウィーツから聞いていないのか?」
「んー、魔王が魔法少女誘拐してたって話? それとも魔王が償い云々言ってるって話? さては藍が魔王に攫われてたって話?」
「全て聞いているのではないか。何故我に尋ねた」
「いや、藍が魔法少女辞めた理由だけは教えてもらえなかったからさ。個人情報とかプライバシーとか言ってたけど」
「…………」
まあ確かに、我自身の口から話すのが筋だろう。
今スウィーツは、上を下への大騒ぎになっているらしい。前代未聞の魔王討伐……いや、討伐とは少し違うが、調伏が突然成し遂げられたともなればそれも当然か。
我らは館から脱出した後、スウィーツの救助を待った。特に我はスウィーツの転移能力で、自宅より遠く離れたあの館の近くまで派遣されていたため、スウィーツの助けなしに帰ることはできなかった。……後の調査で判明したが、そのスウィーツは偽物で、我はただあの性格の悪い魔王に騙され連れ去られたらしい。よもや我自身も、棺無月 空澄の友と同じ道を辿っているとは。他に、空鞠 彼方も偽のスウィーツにおびき寄せられていたらしい。ただし神園 接理や、既に死した魔法少女の幾人かは正式にスウィーツからの依頼としてこの館の調査を任されていたらしく、朝になっても帰還した様子がない調査隊の様子を確認しに来たスウィーツによって、我らは救助された。
そして我らは、この十三日の――この世界ではたった一夜の地獄の何もかもを、洗いざらいスウィーツに報告した。通常の魔法少女の報告であれば妄言と一蹴されていただろうが、我は【無限回帰の黒き盾】。言葉に信憑性を付与できる立場の魔法少女だ。それによって本格的に事の顛末についての調査が為され、魔王とのコンタクトもあり、少なくとも殺し合いが行われたことは事実であると結論付けられた。魔王の償い云々については、真偽の確定が不十分ということでスウィーツ内では未だ懐疑的であるらしい。
――あれから三日。
我らはそれぞれ日常に戻ることを許され――一人だけ、以前の生活には戻れなかった者もいるが――一夜にして変わってしまった何かをそれぞれ抱えながら、日々を生きている。
我の場合は――我は魔法少女ではなくなった。それが最も大きな差異だ。
「一つ目の理由は、傷の蓄積による限界だ」
「え? なんで? それこそ藍とは無縁でしょ」
「……今だから話すが、[刹那回帰]にはとある禁忌の用法があってな。それは我の魂を不可逆的に大きく傷つける。今現在のダメージなら多少寿命が削れる程度で済むが、これ以上は即刻命にかかわる傷になると、スウィーツからの診断を受けた。ならば仕方ないだろう」
「ふぅん……。要するに、膝に矢を受けてしまってな、ってやつ?」
「違うが、大枠はそういうことだ」
我の魂は今、劇的に縮小した状態にあるらしい。これ以上の縮小が続けば、よくて肉体の機能不全、次善で恒久的機能停止すなわち死、最悪で我自身の存在消滅。
そのような状態で戦闘は任せられないと、スウィーツから直々に言われてしまった。
「一つ目ってことは、他にも何かあるの?」
「ああ。二つ目は……我はスウィーツの罰則規定に触れた。その懲罰という側面もある」
「……え? いやいやいや、冗談でしょ?」
我の言葉に、会話相手は絶句して固まり、立ち尽くしていた。
呆然として、まるで信じられないとばかりに口を押さえている。
「規則法律道徳その他、ありとあらゆるルールを信奉する藍が? スウィーツの良心的すぎるゆるゆるルールに引っかかるようなことをしたって? 何? 一般人に魔法の存在を広めようとしたとか? ――あ、わかった。派手に事故った現場で魔法使って救助活動なんてしちゃったから、めっちゃ隠蔽が大変になっちゃったとかそんなんでしょ?」
「……いや、そうではない」
その好意的な解釈に苦笑しながら、我はゆるゆると首を振った。
……が、流石にこれは明かせないな。傷害に自殺幇助、殺人未遂……いや、魔人殺害未遂。スウィーツのルールでなくとも許されぬ、ただの犯罪だ。魔王討伐、魔王の仲間の誅滅という大義名分があれど、到底許容されるべき行いではない。
「ただこれは、スウィーツに口止めされていてな。詳しいことまで明かすわけにはいかん」
我は敢えて、嘘ではないが真実でもない中間の言葉ではぐらかした。
実際、殺し合いの最中に何があったかについて、一切の口外が禁じられているのは事実だ。……それを広めたところで、何にもならない。棺無月 空澄や空鞠 彼方の活躍を広めるのと引き換えに、多くの者を貶める真実など公表するべきものではない。
抱え込むのはあまりにも重苦しい事実ではあるが……それも罰の一つなのだろう。ならば受け入れるべきだ。
「へぁぁ……。何か、色々大変だったんだね」
「まあな。……それと」
我は握り拳を作って、こいつの額を小突いた。
「あたっ。何をする!」
「それは我の台詞だ。貴様は気配りが足りなすぎる。壮絶な経験をさせられた人間に対する態度がそれか?」
「え? あ、ああっ。ご、ごめん藍! その、魔王に色々させられた話蒸し返すのは、流石にあれだよね……」
「……謝罪はいい。次はするな」
「う、うん。わかった」
素直に謝れるのはこいつの美徳だ。
……それに我は、一般論を口にしたに過ぎない。謝られる謂れなどない。なぜなら我は、【無限回帰の黒き盾】という名誉ある二つ名を贈られていながら、実際にはあの殺し合いにおいて何の役にも立たず、むしろ正しき者たちの足を引っ張った。
そのような者が被害者面をするのは、あまりにも都合のいい話だろう。
……我は、自分が魔法少女に向いていないと痛感した。これが、魔法少女を引退した三つ目の理由だ。
正義の執行には力が要る。しかし力ならあった。我の力を以てすれば、犠牲者をゼロにすることすら不可能ではなかった。全員の団結を呼びかけ、また我が全員と共に行動することで、全ての殺人を抑止することもできた。しかし我は、魔王と相対した恐怖によって、団結の道を絶ってしまった。
魔王の用意した殺し合いが生ぬるいものではないことくらい、最初からわかっていた。ワンダーに知らされた各人の固有魔法は、全て我の力によって回復できるものとわかっていたのに、それでも我は他者に対する疑念を捨てられなかった。
他ならぬ我自身の力も、能力の悪用をメインとしている。故にこそ、あの中の誰かも裏の力があるのではないかと疑い続けた。我の魔法すら無力となるような方法で、殺人を狙う者がいるのではないかと。
【無限回帰の黒き盾】たる我の役割は、最前線で皆を守ることだ。しかし我は、自己の安全に執着してしまった。
正義を謳いながら、理想を諦め、更には恐怖に屈する。そのような者が、【無限回帰の黒き盾】などという大層な肩書きを名乗れるはずがない。我は正義の盾としては、あまりにも未熟に過ぎた。
故に我は、他の二つの要因もあり、魔法少女しての引退を自らスウィーツに願い出たのだ。器ではなかった、と。
「それで、藍はこれからどうするの?」
「そうだな……」
今までの我は、自らの大部分を魔法少女活動に捧げていた。魔法少女としての生き方は、我自身の中核となるべきものであると信じて疑わなかった。それが突然消失した今、どう生きればよいかなど容易く決められるものではない。
だが……考えてゆかなければならないのだろう。
魔法少女としての役割は終わった。
【無限回帰の黒き盾】としての理想を追求するだけの生き方は、終わったのだ。
これからは、ただの唯宵 藍として生きていく。――奇跡の力を失った、ただの人間として。正義の実現を願う一個人として。
ならば、差し当たり……。
「警官でも目指すか?」
「えっ。ファンタジー終えた途端急に現実思考!? そんな将来のことじゃなくて、今したいこととかないの?」
「仕方ないだろう。我は我の未熟さを痛感した。故に今は、自己研鑽に励まねば」
「えー。じゃあせめて、今日一日くらい付き合ってよ。藍の生還祝いってことで、なんなら驕るからさー」
「そういうのはやめろ。金銭のやり取りは後々トラブルになる」
「あー、融通利かないんだから……」
げんなりとした顔をされる。
……ああ、そうか。これは我の悪癖か。
こいつなりに思うところもあるのだろうから、大した理由もなく断るというのは、こいつとしては納得がいかないだろう。一個人としての正義を、押し付けてはいけない。
ならば――。
「……いや。一日くらいは付き合ってやろうではないか。何か買うなら、代金は自分で持つが」
「ほんと!? 駅前に新しいソフトクリーム屋できたって聞いたんだけど、そことか行っていい!?」
「好きにしろ」
「やたーっ!」
飛び跳ねて歓び、気が急いたのか突然奴は走りだした。
我もそれを追い、疾走する。
「……ああ」
風に吹かれて見上げてみれば、雲一つない群青の空が我らを包んでいた。
道端では、水路が陽光によって輝いていた。蒼穹を映す水鏡となり、青々とした水流は先へ先へと進んでゆく。けれど、水路はやがて影に入り、鏡映しの青空は暗闇に塗り潰される。
これが、奴の作りたかった平和な世界なのだろうか。
この、群青の空と日だまりの世界が、望まれた平和なのだろうか。
……わからない。奴はもう、遠い遠い彼方へと旅立っていった。おそらくは、無二の友のもとへと。
しかし……心地よい世界だ。太陽の熱を浴び、風に肌をくすぐられながら、そう思う。
ひゅおうと、もう一度、強い風が吹く。
空を見上げ、少し冷たい風に、我はただ四音だけの言葉を流した。
「青いな……」
万感の思いを込めて呟いた言葉は、ゆっくりと空に溶けて消えていった。
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