【解決編】Please forgive me.

《許してください》

(※ 精神汚染度大。閲覧注意です。by作者)




『いえーす、大正解!!!』

『暗号でもなんでも食べちゃうスーパー食いしん坊ちゃん、釜瀬 米子ちゃんを殺した【犯人】はなんと!』

『みんなの優しいお姉さん、古枝 初さんなのでした!』

『【犯行】の方法も、頭ピンクちゃんが語ってくれたので概ね間違いはないね!』

『強いて問題点を挙げるとしたら、暗号の中身についてだけど――』

『まっ、いいよ、その辺は! オマケで丸をつけてあげようじゃないか!』

『あはははははは!』


 ワンダーが、声を上げて笑う。

 小馬鹿にするような笑いを、哀れな【犯人】に聞かせ続ける。


『ちなみにぃ、暗号まで解いた人っているのかな?』

「……カナタンは解けてなかったみたいだね。ま、あーしは解けたよ('ω')」

『お? ではアバンギャルドちゃん、お答えいただけるかな?』

「んー、ま、いっか。こういうチマチマしたのは、名探偵じゃなくサブキャラの役割ってことでヾ(@⌒ー⌒@)ノ」


 空澄ちゃんが、暗号の写しを取り出す。



――――――――――――――――――――


鍵のレシピ


幽霊:既に忘れられた

流浪:懊悩する迷子はもういない

死刑:破られた約定

鉄柵:向こう側へ超越する

首切り:下僕は剣を握った

駄作:過ぎ去る者の末路

昨夜:鳥籠の中

遺骸:白鳥の餌


鍵を握るのは誰?


――――――――――――――――――――



 そして――もう一枚。



――――――――――――――――――――


ゆうれい

るろう

しまい

てっさく

くびきり

ださく

さくや

いがい


――――――――――――――――――――



 空澄ちゃんが取り出したのは、単語の部分だけ平仮名にして抜き出したメモだった。それをヒラヒラさせながら、なんでもないことのように言う。


「頭の文字を並べてみれば、すぐにわかるはずだよ?(。´・ω・)?」

「……えっ?」


 頭の文字。平仮名に変換された文字。

 ゆ る し て く だ さ い

 ――許してください。


「暗号って言うより、あいうえお作文だよね、これ。まあ、滅茶苦茶簡単な暗号の一種ではあるけどね。他の部分はまあ、あいうえお作文に対応させて適当に書いた詩ってところかな?( ̄д ̄)」

『はーい、アバンギャルドちゃん、花丸満点!』


 ワンダーは笑う。それにつられてか、空澄ちゃんも薄笑いを浮かべる。


「【犯人】から被害者に宛てられたメッセージの正体は、『ゆるしてください』、ってね。ははっ。そんなんで、一体誰が許すんだろうね(。´・ω・)?」

「…………」


 皆が閉口する。


【犯人】から被害者への隠された手紙。

 ――そのメッセージすら、米子ちゃんには届かなかった。

 だって、米子ちゃんの魔法は失敗したから。

 言葉は目的を果たせず、こんなところで無意味に晒される。

【犯人】の想いは、どこにも届かない。

【犯人】の願いも、どこにも届かない。


『――はい! これにて、【犯人】の処刑が確定いたしました!』


【犯人】が――初さんが、絶望の表情を浮かべる。


「ま、待って……。待ってください!」

『んー? 何? 寛大な魔王様は罪人の言うことにも耳を傾けてあげるのだ!』

「わ、わたくしは……」


 初さんは、恐怖で震えた声で、懇願した。


「わ、わたくしを殺しても、な、何にもなりません……。だ、だから……こ、殺さないでください!」

『わぁお、見事なまでの命乞いだね!』


 初さんの必死な姿を、ワンダーは笑い飛ばした。


「お、お願いします……。こ、殺す以外のことなら、なんでも受け入れます……。な、なんでもしますから……。だ、だから、殺すのだけは、どうか……」

『ん? 今なんでもするって言った?』

「し、します、だから……」


 初さんは、狂気を宿した目でワンダーに縋りつく。


「はぁ!? ひ、人を殺しておいて、今更何言ってるわけ!?」


 佳奈ちゃんが叫ぶ。他の大多数も、初さんに罵声を浴びせ、軽蔑の目を向ける。

 初さんは、その一切合切を無視して懇願を続けた。


「こ、殺さないで……。殺さないでください……っ」


 初さんは涙を流して、全身を震わせて、必死に願いを口にし続ける。

 ――それが、実ったのか。


『ふぅん。じゃあ、わかったよ』


 ワンダーは紫の宝石を抱え、命令を出した。


『おーい、スライムちゃん、厨房から持ってきて!』


 ワンダーがそう命令する。程なくして、また一匹、新しいスライムが食堂に這いずってやってくる。

 初さんが、涙の中に、僅かながらの安堵を浮かべる。


 きっと初さんは、あのスライムに酷いことをされる。

 そうして命を拾うことになる。

 誰もがそう予想した。


『はぁい、スライムちゃん、ご苦労様ー』


 ワンダーが、スライムを出迎える。

 スライムは、半透明なジェルと核で構成される体の中に、棒状のものを含んでいた。

 ワンダーがそれを引き抜く。

 引き抜かれたそれは、厨房の光を反射してぬるりと光った。


「――ぇ」


 初さんが、息を呑む。

 スライムが運び、ワンダーが引き抜いたそれは――包丁だった。

 ワンダーはそれを、なんのつもりか、初さんに手渡す。


「こ、これは……」


 初さんが、困惑した声で問う。

 ワンダーは、包丁を指差して、酷薄に言った。


『プリーストちゃん、なんでもするって言ったよね?』

「は、はい……」


 初さんが震えながら肯定する。

 ワンダーは、満足げに頷きながらそれを聞いて、そして。


『じゃあさ――自殺してよ』

「……えっ?」

『その包丁で、自殺してよ』


 ワンダーの命令に、唖然とする初さん。


『包丁でお腹を刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで痛がって痛がって痛がって痛がって痛がって――死んでよ』


 ワンダーの言葉に、初さんが包丁を取り落とす。


「そ、それは……。は、話が違います! わ、わたくしは――」

『殺さないでって頼んだだけだよね? だから、自分の力で死んでってお願いしたんじゃないか! なにかおかしいところある?』

「わ、わたくしは! し、死にたくなくて、それで!」

『聞いてないなぁ。ボクは、殺される以外何でもするって聞いたんだよ! だから、キミの願いをこうやって叶えてあげてるんじゃないか! あははははははは!』


 ワンダーは笑う。どうあっても、死の末路が覆せない大罪人を。


『ほら、グサッ! グサッ! グサッ! グサッ! グサッ! グサッ! ――ってさ。思い切って死んでみよー! おー! あはははははは!』


 初さんが、崩れ落ちる。

 絶望にその身を浸して、項垂れる。


『およ? どうしたの? なんでもするんだよね? 早くしてよ』


 ワンダーが首を傾げる。


「……ゃ」

『んー? なんか言った? 聞こえないなぁ?』

「ぃゃだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 壊れたレコードのように、初さんが同じ言葉を幾度も繰り返す。

 そうして、ゆらりと立ち上がる。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――ああああああああああああああ!」


 初さんは包丁を握って、それをワンダーに振り下ろした。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。


『わっ、ちょ、こら』

「あああああああああああああああああああああああああ!!!」


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 ワンダーの中の綿がこぼれ出ても。

 目のボタンが外れて床に落ちても。

 持っていた宝石がテーブルに転がっても。

 外身を作る布が千々に裂けても。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、包丁を振り下ろす。


 そうして、ワンダーは、細切れのになり果てる。

 初さんの絶叫の波が引き、包丁を振り下ろす手を止める。

 その頃にはもう、ワンダーはどう見ても、生きているとは思えない状態だった。


「…………」


 誰も、何も喋らない。

 ただ、初さんから距離を取る。

 包丁を手にし、狂気に沈んだ殺人鬼を恐れて。


「はぁ、はぁ……」


 初さんが、荒い息を吐く。


「た、倒した……? し、死んだ? 魔王が、死んだ?」


 確認するように、呟く。


「し、死んだ……。魔王が……。こ、これで、わたくしは死な――」

『死ななくて済む、なんて思ってるところ悪いんだけどさ』

「――な」


 その声に、言葉を失う初さん。


『そんなわけないんだよね』

『『その程度で魔王を倒せるなんてさ』』

『『『そんなわけないのにね』』』

『『『『どうして倒せただなんて思うんだろうね?』』』』


 声は、多重に響いた。

 列をなして、ワンダーが食堂に入ってくる。

 一体、二体、三体、四体、五体、六体、七体――。

 増える、増える。際限なく、ワンダーが食堂に踏み入ってくる。


『『『『『『あははははははははははは!』』』』』』


 無限のワンダーが、同時に笑い声を上げる。


『やあ、ボク、ワンダー!』

『可愛いわんちゃんだよ!』

『違うよぬいぐるみだよ!』

『違うよ魔犬だよ!』

『違うよ魔王だよ!』

『『『『『あはははははははははははは!』』』』』


 ワンダーの数には、際限がなかった。

 おそらく、百は超えている。それくらいの数が、一斉に食堂に踏み込んできた。

 全く同じ見た目をしたぬいぐるみが、一様に笑い声を上げている。

 そのうちの一体が、テーブルによじ登った。

 代表者、ということなのだろうか。


『ボクはね、代わりが無限にいるんだよ! 一匹潰されたところで痛くもかゆくもないんだよね!』


 ワンダーは、貴族のような礼を見せて、言った。


『――無限の魔犬。魔法に精通し、無限の命を持ち、魔物たちと一緒にみなみなさまをおもてなしする。それがこのボク、ワンダーなんだよ!』

「あ、あ……」


 途方もない数を前にして、初さんが包丁を再び取り落とす。

 初さんはそれをすぐさま拾って、震える切っ先をワンダーに向けた。


『さて、さてさて。キミにはどうやら、魔王様の命令に従う意思がないらしいねぇ。なんでもするっていってたのにねぇ』

『なら、しょうがないよねぇ』

『しょうがないねぇ』


 ワンダーとワンダーが、頷き合う。


『『『『『殺しちゃうしか、ないよね!!!』』』』』


「い、嫌――」


『まずは、魔法少女の権利の剥奪!』

『マシュマロちゃんいらっしゃい!』


 ワンダーが一体、ガラス瓶を携えて食堂に入ってくる。

 ガラス瓶の中には、マシュマロをモチーフにしたような妖精が詰め込まれている。

 ――スウィーツ。私たち魔法少女の見守り手。


『ねえマシュマロちゃん!』

『この人、同じ魔法少女をぶっ殺しちゃったんだよ!』

『悪い奴だよね!』

『悪い奴だよね!』

『こんなやつ、魔法少女でいる資格がないよね!』


 瓶の中で、マシュマロと呼ばれたスウィーツが身じろぎする。

 悲しそうに目を伏せ、そして。


「あ、あ――」


 初さんの、変身が解ける。

 聖なる衣を剥がされ、只人になり果てる。

 ――それが、魔法少女の資格が剥奪された証。 


『ではでは――お楽しみタイム!』

『これより!』

『ボクの手によって!』

『大罪人に、罰が与えられます!』


 ワンダーの大群が一斉に、初さんに飛び掛かる。


「嫌ああああああああああああああ!?」


 命を絞るような金切り声。

 初さんは、ワンダーに包丁を振りかぶった。


 ふと、【犯人】が書いた暗号が――【犯人】が描いた詩が思い出される。


『ゆ』――幽霊:既に忘れられた

 初さんは殺した人のことを忘れ、罪から逃避する。


『る』――流浪:懊悩する迷子はもういない

 支えを失くして彷徨い、罪人は悩む暇もなく生きあがく。


『し』――死刑:破られた約定

 殺さないという約束は破られ、死刑判決が下される。


 包丁の切っ先が空を切る。

 刃を取って返し、ワンダーを突く。ワンダーが一体、裂けて倒れた。

 それでも、大軍勢は群がるのをやめない。


『て』――鉄柵:向こう側へ超越する

 初さんは、自分を囲むワンダーから逃れようと藻掻く。


『く』――首切り:下僕は剣を握った

 ワンダーに渡された包丁で、初さんは魔犬の首を狩る。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 初さんが叫ぶ。


「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」


 初さんが包丁を振る。

 空を切ったそれが、ワンダーによって叩き落とされる。


『だ』――駄作:過ぎ去る者の末路

 後悔する機会を逸した罪人は、その命を無意味なものに貶められる。


「殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」


 初さんが、ワンダーの大群に押しつぶされ、見えなくなる。


「待ってください待ってください待って待って待って待って待って」


 くぐもった悲鳴。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 罪人は、苦痛を叫ぶ。


『さ』――昨夜:鳥籠の中

 昨夜からの準備を以て犯した罪によって、罪人は牢獄に閉じ込められる。


「ああああああああああああああああああああああ――あ」


 それを最後に、声が途切れた。

 くちゅくちゅと、嫌な水音がこぼれる。


 声が聞こえなくなって、一分ほどして。

 ワンダーが、初さんがいた場所から散っていく。

 赤く濡れたワンダーが、一体、また一体と食堂から出て行く。

 五体、十体、二十体と離れ、そして――。


『『『『『ごちそうさまでした!!!』』』』』


 ワンダーが、唱和する。


 ――最後には、誰も残らなかった。

 ワンダーが撤収しても、そこには誰の姿もない。

 ただ、こすられた跡のある赤い液体だけが、床に残っていた。


『い』――遺骸:白鳥の餌

 白鳥に身を捧ぐことは罪人の願い。けれど、罪人に白鳥は見合わない。罪人には、犬がお似合い。


 ワンダーによって、【犯人】が描いた詩が現実のものとされる。

 そして――詩の終わり。


結び――鍵を握るのは誰?

 私たちの生殺与奪を握るのは、ワンダー、ただ一人。

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