【解決編】The End of the First Case

《最初の事件の幕引き》




 心の弱い人は、その処刑から目を背ける。

 心の優しい人は、その処刑を悔しそうに見届ける。

 心の冷えた人は、その処刑をただただ見つめる。


 心の強い人は――。ここには、いなかった。


 人の死を目の前にして、空気が凍てつく。

 恐怖を呼び起こされ、嫌悪を刺激され、全身を委縮させる。


『んんん~! なんとも芳醇な死に様でございました!』


 ワンダーが、紫の宝石を――最初の個体が持っていたものを拾い上げながら言う。

 そのワンダーは、多くのワンダーが撤収しながらも最後まで残った一体だった。

 多くが血に濡れていた中、唯一、血の染みがない個体。


『いやぁ、人の死が湿っぽいっていうけど、本当だったんだね! ぶしゃーって出てきて、ほとんど全身濡れちゃったよ! ――あれ? 湿っぽいって、こういう意味だよね? あはははははははは!』


 ワンダーが、笑う。


『あれほど妹のために頑張って、その最期がアレなんて! あはははははは! 滑稽すぎて笑えてきちゃうよね! あはははははははははは!』

「……ぇ」


 今――なんて?


「いも、うと……?」

『おろ? 知らなかったの? 話してなかった?』


 ワンダーが首を傾げる。

 誰も、それに答えない。


『んー? ならば仕方ない、教えてあげよう!』


 そうして、ワンダーが口にしたのは――。

【真相】の裏にあった、【犯人】の心。

 推理では届かなかった、隠された真実。

 どうして殺したのかホワイダニット


『プリーストちゃんにはね、妹がいたんだよ。十三歳も歳が離れた、ちっちゃいちっちゃい妹なんだけどね?』

『――プリーストちゃんがいないと、その子、死んじゃうんだよ』


「……ぇ」


『数年前! ちっちゃい妹ができて、家族みんなで喜んでたその頃! まさに幸福の絶頂期! お父さんお母さんを悲劇が襲います……。うう……』

『お父さんお母さんは、自動車事故で崖から落ちて、ついでに命も落としてしまうのでした……。こんな悲しいことがあっていいのか!』

『お父さんお母さんは、大したお金も残さず死んでしまいました。それなのに、プリーストちゃんには他に頼れる親戚もなく、妹ちゃんと二人で生きていくことに……』

『いや、保護者はちゃんといるんだけどね。その人クズだから、プリーストちゃんと妹ちゃんのこと放置してて……。だからね、プリーストちゃんが面倒を見ないと、まだちっちゃい妹ちゃんは生きていけないのだ……』


『だからプリーストちゃんはここから出ようとしてたんだよ! 食いしん坊ちゃんを殺してまでさ!』

『お金が欲しかったのも、妹ちゃんに少しでも楽な生活を送らせてあげたかったからなのにね……』

『そんなプリーストちゃんを罵るなんて、最低だよキミたち! キミたちには、人の心がないのか!』


『――ま、ボクが仕組んだことなんだけどね!』

『あははははははははははははははは! あは、あはは、あははははははは!』


『さてさて問題です! さっきプリーストちゃんは死んじゃいましたが、果たして、この後妹ちゃんはどうなっちゃうでしょうか? 頭ピンクちゃん、正解をどうぞ!』

「あ、あ……」


 どうなってしまうか。

 答えはもう、ワンダーが言った。


 ――プリーストちゃんがいないと、その子、死んじゃうんだよ。


『あははははははは! でも、いいんだよ! 仮に! 頭ピンクちゃんの推理がプリーストちゃんを追い詰めて、死刑が確定しちゃったんだとしても! 仮に! そのせいで妹ちゃんが死んじゃっても! 頭ピンクちゃんは、正しいことをしたんだよ!』

『頭ピンクちゃんは、イカレた殺人鬼に正義の鉄槌を下しただけ! 殺人鬼の事情なんて、斟酌してやる必要はないのだーっ! あははははははははははは!』


「あ、あ……」


 魔物なんて、どこにいたんだろう。

 魔法少女に紛れ込んだ魔物――他者を害するだけの、悪意を振りまくだけの魔物なんて、どこにいたんだろう。

 初さんはただ、犠牲を選んで、守ろうとしただけだった。

 今まさに、私たちがそうしたように。

 自分たちの絶望を回避するため、【犯人】を差し出したように。


 私は、崩れ落ちる。

 夢来ちゃんと繋がっていた手が、ズルリと滑り落ちる。


『はーい、ではこれにて、第一回、【真相】究明を終了いたします! みなみなさまは引き続き、この館での生活をお楽しみください!』

『あはははは! あははははははははは! あーっはっはっはっはっは!』


 最後に残ったワンダーもまた、食堂を去る。


 私は、もう、体に力が入らなかった。

 私を突き動かしていた原動力は、もう、何も残っていない。

 狼花さんを庇いきることができた。夢来ちゃんが絶望に落とされることはなかった。

 だから、私が立ち上がる理由はもう何もない。


 ワンダーが最後に残した悪意は、大きな棘になって私に刺さった。

 私は……。間違ったことをしたのだろうか。

 死ぬと決まったわけでもない絶望に怯えて、死ぬと決まった運命に初さんを送り込んだ。誰が幸せになるでもない。罪を犯した人がとびきりの不幸を迎えて、なおかつ、私たちは何も変わらないだけ。


「う、あ……」


 涙がこぼれる。


「彼方ちゃん……」


 夢来ちゃんが背中をさすってくれる。

 でも、全然安心感を覚えなかった。

 感覚がズレていく。ここじゃないどこかへ、沈んでいく感じがする。

 心が、ひび割れたまま凍てついていく。

 ――その凝固を止めたのは、夢来ちゃんではなく。


「……彼方さん。あなたは、できることをしただけよ」


 香狐さんだった。

 香狐さんが私のことを包み込んで、胸の内に抱き寄せる。


「あなたは、私たちを救ってくれたわ。だから……あまり、背負いすぎないで」


 香狐さんに、頭を撫でられる。

 幼子をあやすような手つきで、悲しみを癒すように、温もりが与えられる。


「か、香狐さん……」

「今は、泣いてもいいわ。悲しみに浸ってもいい。そうやって、全部出しきってしまった方がいいわ」


 香狐さんの声は、蕩けそうなほどに優しくて甘い。


「だから、あなたまで壊れてしまわないで。あなたまで、汚れてしまわないで」


 心の傷に、自分の涙が染みていく。


「あなたまで、ここの狂ったルールに呑み込まれないで。……ね?」

「……ぁ」


 我慢の限界だった。

 私は、香狐さんに縋りついて思い切り泣いた。

 全部の悲しみを出し尽くして、涙の一滴すら残さずに枯れるまで。

 香狐さんは、そんな私が泣き止むまで、いつまでもその胸を貸してくれた。


 ――それが、この事件の終わり。

 殺意と、濡れ衣と、正義と、悪意と、絶望と、始まりの音に彩られた、第一の事件の幕引きだった。




――First Case

【犯人】:古枝 初

被害者:釜瀬 米子

死因:[魔法増幅]によって引き起こされた暴発による爆死

死亡時刻:午前6時25分

解決時刻:午前8時12分

生存数:11人

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