After the first tragedy ①

《第一の悲劇の後で①》




◇◆◇【猪鹿倉 狼花】◇◆◇


「……くそっ!」


 悔しさに任せて壁を殴りつける。

 今回の事件で、オレは何もできなかった。

 ただ状況に翻弄されて、彼方に救われただけだ。

 ――またしても、彼方に救われた。

 その彼方も、最後にはワンダーの悪意によって深い傷を負った。


 今回の事件、オレは嵌められそうになった。怒りよりも、悲しみが湧いてくる。

 初がどうしてこんな凶行に及んだかは、ワンダーの口から語られた。

 ――結局は、ワンダーのせいだ。何もかも。


 米子は初に利用された末に殺され。

 初は罪を犯した末に殺され。

 彼方は罪を暴いた末に傷つけられ。


 オレは、何もできていない。

 傷を負うこともなければ、誰かを救うこともできなかった。

 正義の魔法少女を標榜しているくせして、初が殺されるのを目の前にしても助けに入ることができなかった。

 見過ごすべきじゃなかった。今になって、そんな思いが湧いてくる。

 もちろん、初が許されない罪を犯したのはわかっている。

 それでも、あんな――あんな風に殺されるなんて。

 あれは、報いなんてものじゃなかった。あれは虐殺だ。

【犯人】から悔悟の機会すら奪い、命の重さを知らしめるだけの虐殺。


 ……初の、生きあがく姿を思い出す。

 衝撃的な光景だった。人は、あんな風にまでなるのかと。

 命の輝きなんて言うけれど、まるっきり逆だった。

 命は、どす黒く光っていた。

 その光が、オレを躊躇させた。初を救うために踏み出す、その機会を逃させた。


「……くそっ」


 再び壁を殴る。

 悔しがるオレに、誰も声を掛けなかった。

 ただ、空澄が食堂を出て行く姿を、視界の端に捉えた。






◇◆◇【棺無月 空澄】◇◆◇


 まさかカナタンがあそこまでやるなんて意外だった。

 この中で頭が切れるメンバーがいるとすれば、カッコーとセツリン。それと、アイたんが磨けば光るかもしれない、というくらいだと思っていた。


 そもそも、カッコーとセツリンはまともに捜査をしていなかったから、今回は駄目なのは見えていたけど。特に、セツリンは怯えて捜査どころじゃなさそうだった。こっちも心の弱さを磨けば光るかな?

 それと、カッコー。あの人は何を考えているのかよくわからない。議論の最中にもちょくちょく様子を窺っていたけれど、彼女は何か問われたとき以外、一言も言葉を発さなかった。事件後の混乱の中でも、あの冷静さは妙に浮いていた。かと思えば、事件後のカナタンに親身に寄り添う。なんなんだろう、アレ。


 で、カナタンだ。あれは予想外だった。まさか、【真相】を丸ごと暴いちゃうとは思わなかった。探偵役がどうの、なんて適当なことを言ってけしかけてみたけれど、大正解。

 人を守ろうとする力は強い、なんて言うけれど、案外本当なのかもしれない。


 でもカナタンも詰めが甘い。あーしがあの初日の暴発騒ぎを意図的に起こして、魔法を掠め取ったとは気づいてなかったみたい。お米ちゃんの目の前にいたあーしなら、お米ちゃんの始末も楽ちんだったのに。まっ、あーしの魔法が暴発でもコピーできるって知らなかったはずだし、しょうがないかな?

 そもそも、あーしがお米ちゃんを殺すんだったら、あんなトリックなんか用意しなくてもよかったんだけどね。ロウカスの目の前で誰か一人ドカーンってやっちって、ロウカスがやったって言えばいいだけなんだから。危険を冒してまで、あんな証拠の山をわざわざ作ってやる意味はない。そういう意味じゃ、あーしを【犯人】から除外したのは間違いじゃない。

 それが直感によるものか、愚鈍さによるものかは判別できないけど……。

 あの子なら、もしかしたら――。


「――っと」


 玄関ホールに辿り着く。

 んー、この辺でいいかな?


「おーい、ワンワンやーい。出ておいでー(^O^)」

『ワン、ワーン!』


 ワンダーが、『???』の部屋の壁を裂いて突進してくる。フリスビーを拾ってきた犬みたいだ。


『ワン、どうかしたのかワン、アバンギャルドワン』

「混ざってる混ざってる。( ̄д ̄)」

『おっと、これは失礼、アバンギャルドちゃん!』

「それも十分失礼だけどね。まあいいけど(*'ω'*)」

『で、何か用?』


 ワンダーが首を傾げる。本気でこっちの用件が分かっていないらしい。


「いや、ワンワンってさっき、ウイたん殺しちゃったじゃん?(。´・ω・)?」

『うん、そうだね。いやぁ、おいしかったよ!』

「そう。それでさ。――今度の【犯人】はキミってことでいいの?」

『……え?』


 ワンダーが唖然とする。


「いや、だってさ。ワンワン、ウイたんのこと殺しちゃったよね? キミの話じゃ確か――殺人を企て、それによって命を奪われた者が発生した場合に、その計画者は【犯人】になるんだよね? ゲームマスターの除外規則なんてないし、キミは間違いなくウイたんを殺そうとしてたし――なら、今のキミはウイたん殺しの【犯人】ってことになるけど」

『うぇっ。テストプレイじゃそんなこと考えるヤツいなかったんだけどなー』


 ワンワンが冷や汗をかいた――ように見える。ぬいぐるみは汗なんてかかないけど。


『じゃあ、こうしようか。――ただし、【犯人】を殺した場合、その人は【犯人】にならない、ってね。みなみなさまにも伝えておいてくれるかな? ルールの周知は大事だからね』

「ふぅん。てっきり、『ボクは例外だよ!』とか言い出すと思ってたけど」

『いやいや。それだとキミたち、いつボクに殺されるか、ビックビクになっちゃうでしょ? だからまあ、ボクなりの配慮ってやつだよ。ボクにも制限が設けられれば、ちょっとは安心してくれるでしょ?』

「うーん、そのルールってさ。要するに――ワンワンの邪魔になったら殺されるかもしれない、ってことだよね?」

『あは。それに気づくとは、やっぱりキミは頭がいいね!』


 ワンワンは、明確には肯定しなかったけれど――おそらくはそういうことだ。


『でも、ボクが誰かをぶっ殺しちゃったとしても、ちゃんと推理可能なようには整えるからね。じゃないと、ゲーム的にフェアじゃないもん! いやぁ、ボクってやっさしー!』

「どこが優しいんだろうね。カナタン、泣いちゃってたけど? 絶望って、【真相】を暴けなかったときに与えられるんじゃないの?」

『え? まさか、あの程度で絶望なんて言ってるの? 魔王に与えられる最も深い絶望は、決してこんなもんじゃないんだよ! あははははははははは!』

「ふぅん……」


 こいつにとって、アレはただの会話でしかないらしい。

 ほんとに、イカレてる。


『で、話はそれだけかな?』

「あー、いや、もう一つ」

『あれま。何?』


 ……ワンワンはさっき、気になることを言っていた。


「ワンワン、さっき言ったよね。この殺し合いは、ワンワンにも止められないって」

『うん、言ったね。何? キミはあのお願いをするために【犯人】を目指してた口?』

「いや、違うけど。ワンワンさー、クライアントがどうのって言ってたよね? あれって――どういうこと? 魔王にそんな依頼出せる奴がいるの?」

『あはぁ。アレね。アレ。……あれ? なんだっけ?』


 ワンワンは本気で忘れたように首を傾げる。

 それが惚けているだけなのか、それとも演技をしているのか、ぬいぐるみ相手では表情が読めない。


『まあそれはいいとして。もう質問はない? ないね? じゃ、ボクはこれで!』


 ワンワンは強引に話を打ち切って、あーしに背を向ける。


『――っと、そうだ』


 かと思えば、帰りかけたワンワンが振り返る。


『キミの振る舞いは、なかなか面白かったよ。これからも期待してるからね!』

「ははー、魔王様にそう言っていただけるとは、光栄の至りってやつだね(*^^*)」

『あははははは! いいよ、わかってるねキミ!』


 ワンワンは一頻り笑ってから、壁の裂け目に消えていった。


「ふぅ……」


 息を吐く。

 ――これなら、できるかもしれない。

 そんな自信が湧いてくる。


 この場所なら、できる。

 あーしの望みを叶えることが。


 そのためにも――。

 なるべく、このゲームが面白くなることを祈ろう。できるなら、あーしの手で面白く回そう。

 そうすれば、あーしの目標に近づくからね。


 そう決意するあーしの横を、カナリン姉妹が通り過ぎていった。






◇◆◇【雪村 佳奈】◇◆◇


 馬鹿が一人、魔王に殺された。

 その馬鹿は、別の魔法少女を一人殺した。


 他人が何人死のうが、構いやしない。

 でもあの馬鹿は、凛奈を怖がらせた。死んで当然だ。

 妹のため。それは理解する。佳奈だって、同じ状況ならその辺のやつくらい平気で殺した。でも、もっとうまくやる。それで妹を死なせちゃ意味がない。

 凛奈は、佳奈が守らないといけない。

 それが、佳奈が魔法少女になった理由だ。

 それが、佳奈の人生の意味だ。


【真相】を解き明かしたピンク頭には、少しだけれど感謝している。凛奈が、絶望なんてふざけたものを味わわずに済んだ。

 でも、情報をこっちに寄越さなかったのはどうかと思う。

 佳奈だって、あいつが持ってた証拠を全部知ってたのなら、あんな馬鹿一人、簡単に追い詰められた。凛奈を救う役目は、佳奈が担えた。


 凛奈を守るのは佳奈だ。誰にも渡さない。

 ――凛奈が、まだ震えている。部屋に戻ったら、慰めてあげないと。






◇◆◇【雪村 凛奈】◇◆◇


 りんなは、こわかった。

 ころされちゃうって、そうおもった。

 でも、なにがあっても、おねぇちゃんがまもってくれる。

 だから、こわくない。


 でも、こんかいのは、ちょっとこわい。ちょっとだけど、こわい。

 めのまえで、しんじゃった。ひとり。


「凛奈……」


 おねぇちゃんにてをひかれて、へやにはいる。

 ここは、ふたりのへや。おねぇちゃんとりんな、ふたりのへや。

 かぎをかけたら、ここにはだれもはいってこない。

 だれも、じゃましない。


「おねぇちゃん……」


 おねぇちゃんにだきつく。

 おねぇちゃんは、うけとめて、ぎゅっとしてくれた。

 だけど、そのうち、おねぇちゃんがはなれちゃう。


「ぁ……」


 ま、まって……。

 りんなはあせった。でも、そんなしんぱい、いらなかった。


「――んっ」


 おねぇちゃんに、キスされる。

 それで、りんなはだいじにされてるって、ちゃんとわかる。

 やっぱり、おねぇちゃんはすごい。だいすきなおねぇちゃん。

 おねぇちゃんさえいれば、ほかにだれもいらない。


 ここには、だれもはいってこない。ここはふたりのばしょ。

 りんなたちはだれにもじゃまされずに、ここで愛しあった。

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