Please give me the courage to face this case.

《この事件と向き合う勇気をください。》




「これは……予想してなかったかな(´Д`)」


 空澄ちゃんが呟いて、床の血に触れる。

 血はまだ乾ききっていないようで、空澄ちゃんの手にはしっかりと血がついていた。


「はてさて、これは別件か、それとも同じ殺人事件の証拠か……。カナタンとカッコーはどう思う?(。´・ω・)?」

「私は……同じ事件の証拠、だと思うけど」

「私も同意見よ」

「まあ、そうだよね。別件となると、マユミンの部屋が閉まってたのは説明がつかなくなるし。被害者は一人で間違いない。――ただ、マユミンの部屋の方にトリックを使った可能性は十分に残ってるけどね(*'▽')」

「うん、そうだね」


 どんなトリックを使えば外から個室の鍵をかけられるのか、想像もつかないけれど。可能性を排除するべきではない、と思う。


「となると……ちょっとごめん。あーし、別のとこ調べに行ってくるから、二人はここ調べてて(-ω-)/」

「えっ? 別のとこって――」

「脱衣所と、洗濯室、それと衣装室――ああ、あと倉庫もかな。とりま、すぐ戻るからさヾ(@⌒ー⌒@)ノ」


 言うが早いか、空澄ちゃんはこの部屋から出て行ってしまう。

 脱衣所、洗濯室、衣装室、倉庫? 倉庫以外は、どれも衣服に関連した施設だけれど……。

 この血だまりを見て、真っ先に何かを探しに行く場所とは思えない。

 ――まあ、すぐ戻ると言っていた以上、ここでうだうだ悩む必要はないだろう。


 私は早く、被害者の正体を見つけないといけない。

 そうでないと、私は死者の剣を握って戦えない。

 死者の剣を失った私は――。夢来ちゃんに心配をかけてしまうほどに、ダメダメだから。議論に臨むなら、それを手にしなければならない。

 そうでないと、押しつぶされてしまうから。


「……調べましょうか、香狐さん」

「ええ、そうね」


 二人で、血の染みた絨毯の傍にしゃがみ込む。

 息が詰まるような臭いだ。人体の仕組みにはあまり詳しくはない人間の素人判断だけれど、絨毯に染みた血液は致死量を超えているように思える。

 床に投げ出されたノコギリは、血の染みの縁の辺りに転がっていた。片側の刃が血で濡れている。

 だけど、この血だまりの染み以外の箇所に、血の飛散は全くない。これだけの血を流したとなれば、出血速度も相当なものだったに違いない。傷を負った被害者が移動しようとするだけで、相当の血が辺りに撒かれるはずなのに。

 ここで傷を負った誰かは、移動することすらできずに倒れた?

 殺害現場は、ここ?

 でもそれなら……あの石像は何?


 疑問は尽きないけれど、同時に、ある光景が浮かんできた。

 この館において他にない、二人部屋。

 佳奈ちゃんと凛奈ちゃん、常に二人でいる仲のいい双子の部屋。

 そのうちのどちらかが錯乱して、もう一方を、このノコギリで――。


「……うっ」


 想像しただけで吐き気がした。

 なんとか表情を取り繕う。まあ、香狐さんはノコギリを調べていたから、気づかれるわけもないのだけれど……。


「……あら? 彼方さん、このノコギリ、何か変よ」

「えっ? あ、そうですね……。血が……」


 香狐さんに言われて、ようやく気づく。

 床に落ちていたノコギリは、妙な感じだった。

 確かに、その刃に血が付着しているのは事実だ。

 でも、付着しているだけだ。――力をかけて、引き延ばされた跡がない。ただ血に触れてしまっただけ。そんな印象を抱かせる。

 それに……見たくもないけれど、ギザギザの刃には、肉片の一つも引っかかっていない。刃も、欠けたり傷ついたりした様子はない。新品同然だ。

 これを凶器として用いたにしては、明らかにおかしい。

 まるで、偽の凶器として配置されたかのようだ。


 それじゃあ――この部屋にあるものこそがフェイク?

 この血はどうやってか、ここを殺害現場であると誤認させるために塗りたくられたもの?


 ……何もかもが、この事件は不可解すぎる。

 被害者も判然とせず、殺害場所さえ不透明で、なのに【犯人】だけはやけに明瞭としている。

 普通なら、自分が【犯人】であるという証拠こそ隠したがるもののはずなのに。

 得られるはずの情報と、得られないはずの情報が逆転している。

 ……不可解だけど、今は気にしちゃダメだ。情報を集めるのに専念しないと。


 私たちは、他にこの部屋で得られる情報がないか、丹念に調べた。

 しかし、何も出てこない。

 血痕以外に、この部屋で争った形跡は一切ない。旧個室のように、色んなものが引き倒されていたり、壊されていたりしない。

 証拠といえばせいぜい、薄い血に濡れた洗面台が見つかった程度。この部屋に血があることは何の不思議もないのだから、重要性の欠片もない。どうせ、【犯人】が血に汚れた手を洗うために使ったのだろうとしか思えない。


「……彼方さん、顔色が悪いわ。大丈夫かしら?」

「え? あ、平気です。こんなの、全然……」


 嘘だ。

 血を見て吐き気がする。二つの事件を経て、凄惨な現場なんて沢山見たのに。

 一向に手の届かない【真相】に腹が立つ。そんなの、他の事件でも同じだったはずなのに。

 押し寄せる不安に涙が出そうになる。もう、三度目だというのに。


 理由はこれ以上なく明瞭で、だからこそどうしようもない。


「――確か、死者の剣、って言ったかしら」

「え?」

「彼方さんが戦う理由よ。もしかして、今顔色が悪いのは、それが関係しているのかしら?」

「…………」


 図星だった。

 この事件は、私との相性が最悪すぎる。

 被害者がわからない殺人。これでは私は、死者の剣を握れない。

 ――今までに死んだみんなの剣じゃ、ダメだ。この事件に立ち向かうには、この事件の死者の剣が必要になる。

 犠牲者の想いを汲まなければ、私は、前に進めない。

 事件において私を動かしてくれるのは、死者の意思なのだから。


 死者の剣を持たない私は、一介の少女に過ぎない。

 悲劇を前に震え、怯えを見せ、現実から逃避しようとする。

 二つの事件で探偵役を務めた実績なんて、吹き飛んでしまう。

 そんなただの少女が、こんな殺人事件に立ち向かえるはずがない。

 だから私は、早く被害者を特定しないといけないのに……っ。


 判別法のわからない双子。

 石像の下に隠された、あるいはどこかへ消失した死体。

 私は、どうすれば――。


「ごめーん、戻ったよーヾ(@⌒ー⌒@)ノ ……って、どしたのカナタン。なんか怖い顔してるけど(。´・ω・)?」

「……ううん、なんでもない」


 私は表情を取り繕って、空澄ちゃんに向き直った。


「それで、こっちは何か見つかった?(〟-_・)?」

「まあ、洗面台に血を流したような跡があったくらいね。それと、ノコギリは使った形跡がなかったわ。偽の凶器と思ってもいいかもしれないわね」

「……ここに、偽の凶器を配置? それ、意味あるのかな……( ´_ゝ`)」


 空澄ちゃんが一瞬、顔をしかめる。

 私も、この部屋が持つ意味を測りかねている。

 偽の凶器があるのに反して、明らかに殺人があったと思しき現場。

 現場にわざわざ偽の凶器を配置して、本物の凶器を隠す意図は何?


「――まあ、こっちの調査成果も話そうか。まずはノコギリに関連した話題だけど、倉庫からノコギリが一本消えたみたいだった。倉庫の備品リストで確認したから、まず間違いないよ(-ω-)/」

「……そっか」

「厄介なのは、最初の事件と違って、【犯人】の特定にはもう何の役にも立たないことだね。あの部屋に入ったことがあるのは誰かなんて、もう特定しようもないし(´Д`)」

「ええ、そうね」

「仮に【犯人】が偽の凶器を配置したなら、本物の凶器は【犯人】の特定に役立つものってことになるけど……。そんな凶器、ここにある?(o゜ー゜o)?」


【犯人】が特定できるような凶器。まさか、自分の名前が書かれた凶器を所持している【犯人】なんていないだろう。いくらなんでも、命を懸けた殺人計画にそんな凶器を用意するのは間抜けすぎる。

 デカデカと【犯人】の名前が書かれたノコギリでも現場に残されていたなら、これ以上なく楽な事件だけれど。そんなことはあり得ない。

 となれば、その人にしか不可能な殺し方をしたとしか思えない。


「……固有魔法?」

「うん。まあ、そうだね。でもさぁ……固有魔法で殺したにしても、それはそれで、疑問が残るんだよね(´Д`)」


 私が提示した可能性に、空澄ちゃんは首を捻る。


「ここが殺人現場で、ここになにか隠したいものがあったとして。用意した偽の凶器も、死体もあるのに、それで偽装を怠るなんて。ノコギリに使った形跡はなかったんだよね? 殺害に直接用いずとも、死体にノコギリかけるだけで凶器っぽく見せられただろうに。命懸けの殺人計画で……なんで偽装を躊躇するようなことしてるんだろうね?(〟-_・)?」


 空澄ちゃんが、ノコギリに関する疑問点をつらつらと並べ立てる。

 ……確かに。命を懸けた殺人計画の割に、隠蔽が杜撰すぎる。

 生きている人間にノコギリをかけることと、死んだ人間にノコギリをかけること。凄惨さは前者が遥かに勝るけれど、ノコギリに残る痕跡はどちらも変わらないはずだ。これを偽の凶器として見せたいなら、死体の解体をノコギリでやれば、本当に凶器らしい見た目になったはず。少なくとも、使用されてないことがこんなにすぐにバレることはなかった。

 ……ノコギリが配置された理由が違う? 凶器の偽装のためじゃなくて、もっと、他の何か……。

 頭を悩ませるも、これだ、という解答は得られなかった。


「……まあ、この問題は今は置いておこうか。もう一つの調査成果だよ(*'▽')」

「何かしら?」

「脱衣所のバスタオル、ごっそりなくなってた。部屋の外のカーペットに血はついてなかったし、血を溢さないようにしながら死体を運ぶために使ったんだと思う。……【犯人】が浴場に行ってたっていう証拠にもなるし、まず間違いなく、死体は運搬されたってことでいいと思う。つまり、殺害現場は双子の部屋ここで、死体の現在位置は浴場あそこ(-ω-)/」

「……そっか」

「ワンワンのアナウンスを考えても、あそこに被害者の死体があるのは疑いようがないね。――これを考えると、ますます意味がわからないんだけどね。ここにノコギリが置き去りにされた意味。ここで何かがあったなんて、この血で明らかなのに、どうして偽の凶器なんて置いておくのか( ̄д ̄)」

「…………」


 わからない。本当に、何もわからない。

 でも今の私には、【犯人】の意図なんて本当はどうでもよかった。

 早く、被害者を特定しないと。早く、死者の剣を握らないと。

 私は戦力外の役立たずになってしまう。


「――次、行こう。儀式の間に、何かあるかも」

「あれ、もう行く? まあいいけど(・ 。・)」


 空澄ちゃんは、焦る私のことを不思議そうに見ながら、部屋を出て行った。


「……彼方さん、本当に大丈夫?」

「大丈夫です。……行きましょう、香狐さん」

「ええ、わかったわ」


 香狐さんは、明らかに嘘をついている私に何も言わず、頷いてくれた。

 今は、それがありがたかった。

 死者の剣さえ握れば、私は立ち直れるから。

 だから、早く探さないと。――死を。被害者が遺した魂を。

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