【解決編】This is the last piece to fill the blank.
《これが空欄を埋める最後のピース。》
――誤謬は、どこにあるのか。
狼花さんが殺された場所はあそこで間違いない。
殺害の手段も、[忍式之罠]で間違いないと仮定する。
狼花さんが殺された場所に、罠の有効範囲が届く可能性がある場所は三つ。候補として浮かべるにしても、五つ。
一階、洗濯室、女子トイレ。
二階、儀式の間、女子トイレ。
三階、初さんの部屋。
洗濯室に魔法陣があったとしたら、それはおそらく天井だ。
けれど私は、あの部屋が真っ暗だったことを確認している。
狼花さんたちが旧個室に踏み入るより、私が洗濯室に行く方が早かったはずだ。だから、この線は不可能だ。
一階と二階の、女子トイレ。
そこには、ワンダーが呼んだ謎触手ちゃんとやらが居座っている。迂闊に踏み入れば、ただでは済まない。
監視作業中に聞いた話で、忍ちゃんが言っていた。[忍式之罠]は、手元でしか設置できない。
まさか、魔物に襲われながら罠を仕掛けるなんてできないだろう。
「……ん?」
いや、でも、それだとおかしい。
「ねぇ、空澄ちゃん」
「なにかな?(。´・ω・)?」
「空澄ちゃんは、あの魔物がいるときにトイレから出てきたんだよね? もしかして、何か隠し通路とか――」
「ないよ。そもそも、そんなのがあるんだったら、もうバラしてる(´Д`)」
それもそうだ。
空澄ちゃんが何か方法を持っているのは確かだと思うけれど――空澄ちゃんが話題に出さないなら、それは今関係のないことだ。議論するだけ、タイムロスになる。
空澄ちゃんが【犯人】という線も追えない。さっき議論に出た通り、空澄ちゃんには罠を設置できる機会がない。
「それなら、[忍式之罠]の隠れ罠は? あれを使えば、透明化できるんじゃ――」
「そのためには結局、最初に罠を設置しなくちゃいけない。第一、ワンワンが言ってたよ。幻覚で騙そうが、透明化しようが、謎触手ちゃんたちは絶対に見抜いて襲ってくる、って。透明化したって無駄(-ω-)/」
「…………」
なら――違う? この線も絶対に不可能?
だけど――残り二つの場所だって不可能だ。
儀式の間も初さんの部屋も、魔法の有効射程が伸びでもしない限り範囲に収められない。
他に何かを見落としている可能性は?
廊下に罠が仕掛けられていた? ――あり得ない。殺人トラップをそんな場所に作るなんて、どうかしている。
それに、廊下に罠を仕掛けたのなら、罠の発動場所もまた廊下になるはずだ。旧個室に入るまで罠を踏まなかったなんてあり得ない。
館の外壁に罠があったとか?
どうにかして、外壁に手を触れて、そこに罠を仕掛けたとか。
……そんなことができるなら、さっさとこの館から逃げているだろう。殺人なんて、わざわざ犯す必要はない。
……条件を再考しよう。
初さんの個室に罠を仕掛け、届かせるにはどうすればいい? ――対象が踏み台に乗ったりすれば可能だ。でも、狼花さんはそれをしなかった。
儀式の間の罠を届かせるには? ――それができるとしたら、ワンダーの魔法の説明に嘘があった場合しかない。そうすれば、推理が根本から揺らぐ。
洗濯室に罠を仕掛けるにはどうしたらいい? ――設置自体は可能。ただし、発光する罠なんてあったら私が見つけている。
女子トイレに罠を仕掛けるにはどうしたらいい? ――魔物に襲われなければいい。それは……どんなとき?
「空澄ちゃん。あの魔物に襲われない条件って、思いついたりする?」
「シノっちが、だよね。待って、すぐ考える(〟-_・)」
「そんなものあるはずない! 僕が【犯人】だ!」
雑音は無視する。もう構っていられない。
「幻覚でも、透明化しても襲われる……。それ以外の誤魔化し方を持っている魔法少女はこの中にいない。他の人を囮にすればいけるけど、今更共犯者を追っても……いや、セツリンならあり得る?」
『あと五分!』
「でも、あの触手に襲われて平常を装うなんて、無理のはずだし……。そもそも触手なんだから、一対多くらいできるでしょ。手を何本も持ってるんだから、共犯者一人じゃ止めておけない。何人女食わせれば済むんだって話だし――」
「…………」
そちらは空澄ちゃんに任せて、私は忍ちゃんの言動に怪しいところがなかったか思い返す。
私が忍ちゃんと接したのは、ほとんど監視作業の時だけだ。
そのときに忍ちゃんは、ワンダーに怪談を披露させられていた。
――そういえば、その話にも、女子トイレが出てきていた。トイレの花子さん。
女子トイレを自在に移動し、やって来た女の子を驚かせる幽霊。
あの話の中で、忍ちゃんだけが花子さんと遭遇しなかった。
女子トイレ。忍ちゃんだけ。これは偶然の符合?
花子さんの伝言。
『今度はちゃんと、礼儀を守って遊びに来てね』
礼儀を守って。忍ちゃんは何か、礼儀知らずを犯した?
『普通にトイレに入っても、僕は花子さんを見つけられず。』
ここのどこに、礼儀知らずを犯す余地が――。
――ふと、脳裏をよぎる可能性。
「――えっ? まさか――」
「はははははははっ! 頭おかしんじゃないの、これ!? 足りなかったのはピースじゃなくて、発想力の方だったってわけ!? あはははははは!」
閃きを得て、顔を上げると同時に、空澄ちゃんが叫ぶ。
顔を見合わせた。――本当に?
女子トイレに潜む花子さんにとっては、女子トイレに入ってくること、そのものが礼儀知らずであり。
女と見るやすぐに襲い掛かる触手の、興味の対象外。
「忍ちゃんって――男の子?」
「シノっち、男の娘だったわけ!?(;゚Д゚)」
同時に、同じ結論に辿り着く。
「そっか、そっか! それなら、謎触手ちゃんが食べたがるはずないよね! ワンワン、言ってたし! 男は嫌いだから、見ると委縮しちゃうのが弱点だけど――ま、そんなのはここじゃほとんど関係ないからね、って。(*^^*) シノっちが男だったから、謎触手ちゃんは委縮して襲わなかった。――ほとんど関係ないって言ったのは、一人だけ関係ある人がいたから!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
空澄ちゃんは興奮して、手を打ち鳴らした。
私は逆に、この結論に懐疑的ながらも、否定しあぐてねいた。
魔法少女としての資質。
『他者を想う心を持っていることと、女の子らしい繊細な心を持っていること』
条件となっているのは、心だけ。体の性別は問われていない。
つまり、男の子でも魔法少女になれる可能性は十分にある。
それに、お風呂の件に関しても、それを裏付ける証拠であるような気がする。
全員でお風呂に入ることに、強い拒否感を示した忍ちゃん。
それは、彼女が――いや、彼が男だということを隠したかったからじゃ……。
突然忍ちゃんの性別を疑い始めた私たちに、周囲は完全に置いてけぼりとなる。
「え、えっ!? 彼方ちゃん、急に、どうしたの……?」
夢来ちゃんは、唐突の単語に反論も忘れて、呆然としている。
「そんなわけがないだろう! ここにいるのは、魔法少女だ! 男が、魔法少女になれるはずがない! 追い詰められて、どうかしたのかな!?」
「どうかしてるけど、それなら全部の謎が解ける!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
「うん。私は、魔法少女になる条件をスウィーツに聞いた。人を思いやれて、女の子らしい繊細な心を持っていること――。どっちも、心の話しかしてないの」
「うん、あーしも聞いたことある。それで間違ってないはずだよ!(^◇^)」
空澄ちゃんが肯定する。
空澄ちゃんが言うなら、間違いない。私がスウィーツから聞いた話に誤りはない。
「い、いや――キミたちが言っていることは、決定的な誤りだ! どこかで、決定的に矛盾している! あり得ない!」
「本当に、そうかな!?(`A´)mp」
空澄ちゃんは、推論を証明しようと、忍ちゃんに駆け寄る。
忍ちゃんは、それから逃げた。空澄ちゃんの手をスルリと躱す。
「ちっ、逃げるな!( `ー´)ノ」
「やめろ!」
再び追おうとした空澄ちゃんは、接理ちゃんにより掴み倒される。
「くそっ――カナタン! いや、もう誰でもいいから! シノっち捕まえて、確かめて!( `・Д・)」
「……っ」
難しいことを言ってくれる。
だけど――迷っている暇はなかった。
「こ、来ないで! ボ、ボクは――」
「[呪怨之縛]にゃ!」
そのとき、声が響いた。
これまで、成り行きを見守っていた摩由美ちゃん。
彼女が魔法を使って、忍ちゃんの動きを止めた。
「失礼するにゃ!」
摩由美ちゃんが忍ちゃんに飛び掛かる。
そうして、股に手を伸ばして――。
「にゃっ!? 間違いないにゃ! こいつ、男にゃ!」
「おっけー! マユミン、ナイス!(^◇^)」
「おみゃーのためじゃないにゃ! おみゃーのやったこと、忘れてなんてないからにゃ!?」
摩由美ちゃんが叫ぶ。
空澄ちゃんは、その返しに更に笑みを深くした。
『残り一分!』
「ワンワン、【共犯者】の認定条件は!?(>_<)」
『えっ!? あー、えっと……』
「早くして!( ゚Д゚)」
時間のなさを宣言しておきながら、もたつくワンダーに空澄ちゃんがイラつく。
ワンダーは気圧されながら、質問に答えた。
『あっ、はい。えっと――殺人計画を知ったうえで、その殺害に加担した人だよ!』
「おっけ。なら、たぶんセツリンは【共犯者】でもない! あのみんなの前で[確率操作]を使ったときに【犯人】を知って、理由は知らないけど庇った! そういうことだよ!(`A´)mp」
「違う! 僕が【犯人】だ! だから――忍を疑うのはやめろ!」
「あれ!? セツリンが人の名前を呼ぶときは、フルネームが基本じゃなかったのかな!?(゚∀゚)」
「なっ、ぐっ、ちが、言い間違いだ!」
「あっ――」
私は、ハッとする。
接理ちゃんの恋人。魔法少女の恋人。罠系の魔法を持つ魔法少女。
姿を認識することによって能力を行使する魔物が、能力を行使せずに――できずに、戦闘を選ぶような固有魔法の持ち主。
恋人の話題になって、急に赤面した忍ちゃん。
それって、まさか――。
「接理ちゃんの恋人って、忍ちゃん……?」
「なっ――」
「はっ、マジ!? なら、そういうことじゃない!? 恋人が魔法少女をぶっ殺しちゃったってわかったから、セツリンは必死に庇った! それが、この意味不明な対立構造の正体だよ!(^o^)ノ」
「違う! 僕は――」
『はーい、タイムアップです!』
接理ちゃんの言葉を、ワンダーが遮った。
『はーい、タイムアップ! タイムアップ! 議論終了ですよ!』
――遂に、この時がやって来た。
私たちの命運を分ける、最後の儀式の時間が。
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