【解決編】Don't let go of your sword.
《あなたの剣を手放すな。》
再び話を動かしたのは、空澄ちゃんだった。
「なら、罠が部屋の外にあったっていうのはどう?(。´・ω・)?」
「……部屋の、外に? あっ、そっか……」
確かに。それは盲点だった。
旧個室の中でなくとも、半径一メートル以内に入りさえすればいいのだから、部屋の外から仕掛けることだってできる。
魔法の罠だ。壁に細工をしなくたって、壁越しに攻撃することもできるだろう。
いつもながら、空澄ちゃんの指摘は鋭い。
「一応ワンワンにも訊いておくけど、できるよね?(o゜ー゜o)?」
『ま、可能か不可能で言ったら、可能だね。忍者ちゃんの罠は、獲物が範囲に入りさえすれば発動するよ』
「そっか。――だったら、この可能性を探ってみようか(=_=)」
空澄ちゃんが、その場を離れてシアタールームの椅子に向かう。
何をしているんだろうと思っていると、空澄ちゃんは、椅子から三枚の板を抱えて戻ってくる。
その板は、額縁だった。中には、この館の見取り図が入っている。
https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452218814475188
「念のためと思って、持ってきておいたんだよね。ひとまず左右と、下の階の部屋を一つづつ挙げていこう('ω')ノ」
空澄ちゃんは、私に見取り図を見せてくれる。
旧個室の、上下左右の部屋。
「左右は、儀式の間とトイレ……。下は……洗濯室。――上と斜めは見なくていいの?」
「上はどうでもいいね。そこはウイたんの部屋だけど、二階の天井は、シアタールームのせいか、それとも儀式の間のせいか、かなり高くなってる。どう考えても、罠が発動する一メートル圏内には入らない。斜めは見てもいいけど――ロウカスの死体の位置からして、一メートル圏内に入れられるのは一階の女子トイレだけだね(=_=)」
「……そう、だね」
二階の天井高は四メートル以上あるように感じる。狼花さんは普通に旧個室の床を歩いていたそうだから、どう考えても、上階にある罠では一メートル圏内に捉えられない。
「ちなみに、コピー魔法持ちのあーしはまた疑われるだろうけど、あーしが罠を仕掛けた可能性は先に潰させてもらうよ( ̄д ̄)」
「……どうやって?」
「ほら。あーしがスタンドライトの点検しようとしたとき、キミらズカズカ旧個室に入って来てたじゃん。ロウカスがスタンドライトを今の位置に動かしたけど、あのとき何にもなかったってことは、罠が仕掛けられたのはあーしがアレやった後ってことだよ。でもあーし、あの後監視されてたから、罠を仕掛けに行くとか絶対に無理なんだけど?(〟-_・)?」
「…………」
「それにあーしが【犯人】なら、ここでセツリンが喚いてるのも謎だし。――いやまあ、これはあーしに限った話じゃなくて、シノっちが【犯人】だとしても若干謎なんだけどさぁ(´Д`)」
流暢に自己弁護を述べる空澄ちゃん。本当に、頭の回転が速すぎる。
筋は通っているし、今のところは反論の必要性を感じない。
それなら、今論じるべきなのは、候補として挙がった罠の設置場所四つってことになるけど……。
私と同じ迷いを、夢来ちゃんが言葉にした。
「……棺無月さんは、確かに、できなかったと思う。【犯人】が殺害に[確率操作]を使ったにしても、萌さんを殴ろうとしたときに、[呪怨之縛]に魔法が入れ替わったはずだから。それに、事件当時には監視もされてたし……」
「……うん」
「でも、その罠の設置場所……全部、あり得ないよね?」
「…………」
そう――儀式の間、洗濯室、そして二つの女子トイレ。
全て、罠があったなんてあり得ない場所だった。
「儀式の間は、遺体と距離がありすぎるし……。女子トイレは、あの変な魔物に占拠されてるから、入れない」
「だね。それと、洗濯室には……カナタンがいたんだよね? そのとき、光る魔法陣なんて見た?(。´・ω・)?」
「う、ううん……」
そんなものは見なかった。私があの部屋に踏み込んだ時、そこは真っ暗だった。
「だから、どれも、神子田さんが罠を仕掛けたなんて……あり得ないはずだよ」
「そうだよ。それに神子田 忍は、遊戯室で萌 摩由美と姿を確認し合える位置にいたのだから、三人が旧個室に入った後でドアの外側に罠を仕掛けた、なんてこともあり得ない。そろそろ理解したかい? 君たちは延々と無理筋を追い続けているだけなんだよ。理解したなら、そろそろ諦めて、僕の処刑を早めるようにしてくれるとありがたいよ」
夢来ちゃんの否定に、接理ちゃんが便乗する。
その言葉に、やっぱり、途轍もない違和感を覚える。
「接理ちゃんは……怖くないの?」
「怖いさ。だから、一思いにさっさと終わらせてほしいんだよ。もう、どうにもならないことは目に見えているからね」
「……本当に?」
「僕の運命は確定したんだ。僕が今興味を向けているのは、自らの運命の最後の一ページを観測した場合、どうなるのかという問いだけだよ」
自らの運命の、最後の一ページ。――死。
「いや、死ぬってだけでしょ、それ(;´・ω・)」
「違うよ。たかだか肉体の生命活動に運命の糸が引っ張られるのかどうか、僕のかねてよりの興味がようやく実証されるということだ。死後の世界の実証と言ってもいい。――それを、君たちは阻害しようとしている。はっきり言って、不愉快だよ」
「…………」
どうして、接理ちゃんはここまで頑なに、自分が【犯人】だと主張している? 【真相】の確定を急がせようとしている?
私には、接理ちゃんが口にしている言葉が本心よりのものとは、全く思えなかった。むしろその逆。嘘だらけだとすら思っている。
「……なんだい。まだ怪しんでいるのかい? たった今実感したところだろう? 君たちの推論の稚拙さを。それとも何かな。最初の事件を解いたから、今回も自分が名探偵の役として活躍できるはずだ、とでも思っているのかな。自惚れも甚だしいね。君は、自分が助けたと思っていた桃井 夢来にすら劣っていた。それだけの話だよ」
「私は、そんな……」
「口で何と言おうと、行動は正直だ。君が今しているのは、そういうことじゃないのかい? 現に君は、僕が【真相】に関して嘘をついているかもしれないという可能性を放棄して、桃井 夢来の説を全否定する道を進もうとしている。それが何よりの証拠なんじゃないのかな」
「……っ」
もしかしたら――本当に、そうなのかもしれない。
私が心の内で握る、死者の剣。
それが行き場を失ったことを認められなくて、私は異論に縋っているだけ。
死者の剣を振り下ろすべき対象は、既に仕留められていた。
――これは、そういうことなのかも。
『さぁ、残り十分! 時間がなくなってまいりました!』
追い打ちをかけるように、ワンダーが叫ぶ。
私は、もう……。
「カナタン、大事なことを教えてあげよっか」
「……えっ?」
空澄ちゃんに、肩を叩かれる。
「な、なに?」
まさか、謎が解けたのだろうか。
そう思って空澄ちゃんに期待を向けるも、空澄ちゃんは、そんな顔をしていなかった。
ふざけた調子を削ぎ落して、私の目を見据えている。
「迷っちゃダメだよ。一度でも、死者の剣を握ったのなら。猪鹿倉 狼花の剣に、カナタンが何を見出したのかは知らないけど――死者の剣を握って戦う覚悟ができたなら、それを手放すことだけはしちゃいけない」
空澄ちゃんは、諭すように言う。
「死者は、生者の中だけで生きることができる。一度生き返らせた死者の意思を放棄するのは、死者をもう一度殺すことと同じだよ。カナタンは、自分の手で猪鹿倉 狼花を殺したいの?」
「そんなこと、ないけど、でも……。狼花さんはこういうとき、正しい意見の方につくと思うから」
それだけは、断言できた。
狼花さんは、自分の感情を優先して【犯人】を許すようなことなんてしない。
みんなを絶望の道に引きずり込んでまで、我を通そうとするなんて。
「……はぁ。カナタンは将来、詐欺師に気を付けた方がいいよ┐( ̄д ̄)┌」
「えっ?」
「忘れた? セツリンの言ってることが滅茶苦茶だっていうから、あーしらはシノっちが【犯人】って線を追い始めたんだよ? 滅茶苦茶なのは、どっちも全く一緒だよ。正しい意見なんて、今はこの場にないの(´・ω・`)」
「……ぁ」
そうだった。筋が通らないのは、どちらも一緒だ。
「正論とか事実が混じってるからって、それが真実って保証はない。カナタンはただ、セツリンの勢いに押されただけ。あーしがロウカスの魔法掠め取ったときにやったキレ芸と一緒だよ。そんなんだと――また大事なこと、見落とすよ?(=_=)」
「……ごめん」
「謝るんなら、あーしじゃなくて、ロウカスに言ってやって。まったく。――そんなんで、死者の剣、手放さないでよ」
「……うん」
今まで、空澄ちゃんの内面が全く理解できなかった。
でも――少しだけ、理解できたような気がした。
死者を想う。その点に関してだけ、私たちは通じ合っているのかもしれない。
だから、私が簡単に死者の剣を放り出すのは、そのまま空澄ちゃんの哲学の愚弄になる。おそらくは空澄ちゃんも背負っているのであろう意思を、踏みにじることになる。
――空澄ちゃんのやり方は、やっぱり受け入れられないけれど。
それなら、彼女の志を理解する人間として、私が止めよう。今後、空澄ちゃんが摩由美ちゃんにしかけたような――あんなことは、繰り返させない。
今、そう決めた。
――よし。
覚悟は、定まった。
「さて……。あと十分。いやもう、八分くらいかな? ここが正念場だよ。カナタン、行ける?( ̄ー ̄)」
「うん、大丈夫」
力強く頷く。
「彼方ちゃん……」
「諦めの悪い……。本当に、いい加減にしてほしいな」
夢来ちゃんが寂しげに呟く。
接理ちゃんが、苛立たしげに吐き捨てる。
最初の事件と、まるっきり立場が逆だ。
意見をぶつけ合った空澄ちゃんとは、協力関係を結び。
守らなきゃと思っていた夢来ちゃんとは、完全に意見を違えている。
片や、不可能殺人の壁を真っ向から打ち砕こうとし。
片や、天文学的確率でのみ成功する際どい可能殺人を追求し続ける。
――証明しなければならない。
不可能殺人は起こり得ない。そんなものは実在しない。
仕組まれた必然のみが、確率論を超越する。
運命と呼ばれるものがあるとすれば、それは誰かの意思によって作り上げられた、必然的な結果だけだ。
――それを、突きつける。
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