【解決編】Refute, refute, and refute.

《反論、反論、反論》




「ぇ、ぁ――」


 忍ちゃんの顔が、一瞬にして蒼白になる。


「僕を無視するな! 神子田 忍が【犯人】? そんなわけがないだろう! これは僕の、僕だけの運命だ! 関係のない他人を巻き込んで、君は何がしたい!? そんなに、場を掻き乱すのが望みなのかい!?」


 体温が急激に下がったかのように震える忍ちゃんとは対照的に、接理ちゃんがその熱を加速させていく。


「掻き乱してるのは、接理ちゃんの方じゃないの?」

「そんなわけないだろう! 僕が【犯人】として名乗り出るのは、君たち全員が望んだことだ! 【犯人】を明らかにすることこそが君らの望みだろう!? なら、それを妨げているのは間違いなく君の方だ!」

「それなら、今ここで、納得のいく【真相】を話してくれる?」

「もう話したじゃないか! 僕は運命の中心点にいる。全ての確率は僕に傾く! だから僕にしかこの犯行はできない。他にどんな理屈がいる!?」


 接理ちゃんが叫ぶ。


「セツリンが言う運命って言うのは、ただ確率が自分に都合よく傾くだけなの? なんか、しょっぼい運命だね? ソシャゲのガチャにでも使ったらどう?(´Д`)」

「はっ。どう挑発しようと、【真相】は変わらないよ」

「それが本物の【真相】なら、ね。それに――論理によって組み立てられる100%成功の殺人。セツリンの[確率操作]とかいうインチキには頼らない、確殺のトリック――そんな美しい謎の方が、運命と呼ぶに相応しいんじゃないかな?(〟-_・)?」


 接理ちゃんの相手を空澄ちゃんが引き継ぐ。

 そして、空澄ちゃんは私にウィンクした。


 私に任せた、ということだろうか。

 ――空澄ちゃんは言っていた。

『この事件、あーしはどうもピースが足りてないみたいなんだけど。これしかないと思えるのに、これじゃないとしか思えない』


 空澄ちゃんが言った、これしかない方法というのは、おそらくこれのことだ。

 でも――これじゃないとしか思えない?


「空澄ちゃんは……これで合ってると思う?」


 自信が持てず、尋ねてしまう。

 それに、即座に返される声が二つ。


「決定的に間違っている!」

「さぁね。┐( ̄д ̄)┌ 最初の事件じゃすっ惚けちゃったけど、今回は本当に、あーしにもわからないんだよね。――だから、一緒に考えるよ、あーしも('ω')」


 接理ちゃんの力強い否定と、空澄ちゃんの覇気のない返答。

 それなのに――接理ちゃんの方が不安がっているように見えて、空澄ちゃんの方が心強いように映る。


「残りはあと――ワンワン、あと何分?(o゜ー゜o)?」

『あと二十分くらいだよ!』

「おっけ。なら――それまでに、解き明かそっか」

「……うん」


 私は、空澄ちゃんに対して頷く。


「――それで、ムックはどうする? 勝ち馬に乗るなら今だけど?(*^^*)」

「……夢来ちゃん」

「わ、わたしは……」


 夢来ちゃんがたじろぐ。

 そうして――目を伏せた。


「わたしは、彼方ちゃんに、責任を負わせたくない。自分のせいで、誰かが、死んじゃったって。だから――彼方ちゃんに、【犯人】を当てさせるわけにはいかないの」


 何かを耐えるかのような表情で、夢来ちゃんが言う。

 私は、それに――決裂の空気を感じ取った。


「彼方ちゃんが、神子田さんが【犯人】だって言うなら――わたしは、それを否定する。わたしは、神園さんが【犯人】だって、認めさせてみせる」

「夢来ちゃんっ!」

「……ごめん、彼方ちゃん」


 夢来ちゃんが顔を逸らす。

 そこに、死者の剣は無力だった。

 私と、夢来ちゃんの問題は――ただの、生者の問題だから。

 むしろ、死者の剣で無理に傷跡をつつくほどに、亀裂が酷くなる。

 そう感じ取った。


「……っ」

「カナタン、気落ちしてる暇はないよ。このままだと、何もかも中途半端なままで終わっちゃう。カナタンは、それで満足?(。´・ω・)?」

「……ごめん」


 空澄ちゃんに、そして夢来ちゃんに謝る。

 夢来ちゃんと話し合うことは、事件が終わった後でいくらでもできる。

 けれど――【真相】を突き止める刻限は、すぐそこまで迫っている。


「さて――それじゃあ、再開しようか。ここからは、シノっちにも壇上に上がってもらうよ?(〟-_・)?」

「ぼ、僕は……っ」


 青ざめた顔のままで、忍ちゃんが言う。


「さ、カナタン(´Д`)」

「……忍ちゃんの[忍式之罠]――連動罠は、発動した時に、斬撃の軌跡が見えるようになってたよね? なら――それを幽霊と見間違えたって可能性はないの?」


 ――幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 幽霊なんて結局、見間違いの産物だ。

 だから――。


「旧個室に踏み入った狼花さんは、忍ちゃんが仕掛けた連動罠に――ううん。それだけじゃ連動罠は発動しないから、たぶん、石化罠にかかった。それで動きを止められたところに、連動罠の斬撃を浴びて――」

「そ、それは……変だよ」


 私の言葉を、夢来ちゃんが遮った。


「神子田さんの[忍式之罠]は、光った魔法陣として見えるから……旧個室の中にそんなのがあれば、すぐに気づくよ。あの部屋は、真っ暗だったんだから」

「でも、気づく前に、旧個室に入ってすぐ罠にかかったってことは――」

「それも変だよ。それなら、先に旧個室に入った、雪村さんが罠にかかってるはず」

「…………」


 それは、確かにそうだ。


「って話だけど、シノっちはどう思う?(o゜ー゜o)?」

「ぼ、僕は……ひ、人殺しなんて、しません……っ!」

「いや、そういうことじゃなくてさ。何かあるんじゃないの? 都合よく発光する魔法陣を消すような方法とかさ(=_=)」

『それはないよ! ちゃんと、初日に渡したメモに書いておいてあげたでしょ? 罠は発光した魔法陣として視覚化されるので、発見は容易、ってさ! それともアバンギャルドちゃんは、ボクの言葉まで疑うのかな?』

「……いや。そんなことしたら、そもそも推理が成立しないからね。それは最終手段だよ(´Д`)」


 空澄ちゃんが、ゆるゆると首を横に振った。


「ほら見ろ、だから言っただろう! 僕以外に、この殺人は不可能なんだ!」

「……でも、それなら、何かで魔法陣を隠したとか」


 私は反論を試みる。


「忍ちゃんの石化罠の発動条件は、半径一メートルに人が入ること。直接踏む必要はないんだから、たとえば旧個室のベッドの下……はダメ。絶対に光が漏れちゃう。それなら、えっと……ベッドの中とか」

「それもおかしいよ。旧個室のベッドは、刃物で裂かれてた。その中に魔法陣を隠しても、光が漏れちゃうし……それに、ベッドにあったなら、やっぱり位置関係的に雪村さんが引っ掛かってるはず」

「それじゃ、引き出しの中は? 机に引き出しってあったよね?(*'ω'*)」

「それも……やっぱりダメです。旧個室の引き出しは、引いた状態で壊れてるから。奥には戻せないようになってます」

「あー、そっか……(;'∀')」


 ……開いた状態の引き出しに魔法陣を設置しても、普通に光が漏れる。それじゃあ意味がない。


「なら、旧個室の中の、個室トイレは? ――って、これもカナリン姉妹が真っ先に引っかかるか(~_~)」


 空澄ちゃんは、浮かんだ説を自分で打ち消す。

 ダメな案しか浮かばなくなったのは、やっぱりこの線は間違っているという裏付けなのだろうか。


「そろそろ気は済んだかい? 君たち如きが運命に逆らうなんて、最初から不可能だったんだよ。君らの拘りはどうあれ、【犯人】は僕だ。それは覆らない」

「…………」


 誰も、何も返せなくなる。

 私は、必死で頭を動かしつつも、内心では揺れていた。

 本当はただ、間違えているだけなんじゃないかって。

 私は意地を張っているだけで、どんどん【真相】から遠ざかっているんじゃないかって。


 空澄ちゃんは、考え込む姿勢で目を閉じている。

 忍ちゃんは、依然としてその身を緊張で固めている。

 接理ちゃんは、私たちを牽制するかのように、強く強く睨んでいる。

 夢来ちゃんは、震えながらも立って、私たちを見据えている。

 香狐さんと藍さんは、既に成り行きを見守る覚悟を固めている。

 摩由美ちゃんは、対立する二グループの間で視線を行ったり来たりさせている。

 凛奈ちゃんは、佳奈ちゃんに庇われるように私たちから隠れている。

 佳奈ちゃんは、凛奈ちゃんを隠しながら、私たちを睨んでいる。


『さぁさぁ、残りはあと十五分ほど! 果たして、最終的な議論はどう傾くのか!』


 ワンダーが、私たちを煽る。

【真相】は――どこにある?

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