【解決編】Ghost, Probability theory, and Fate

《幽霊、確率論、運命》




「な、なら――神園さんは旧個室の外にいたってことじゃないの? 包丁を――自衛のためか何かで持ち歩いていて、それで、廊下で偶然見かけた猪鹿倉さんを刺したとか……」

「……その状況で、自分の部屋にいたって証言するのはおかしいんじゃない? 誰に見られてるかもわからないのに」

「で、でも――本当にたまたま、見られてなかったとか……」


 たまたま、こうだったかもしれない。――それじゃ意味がない。


「それじゃあ、そもそも返り血は? 私は見てないけど……事件が起きた後、神園さんの服に血はついてた?」

「ついてなかった、けど……でも、それは、魔法少女の衣装の自浄作用で……」

『あ、それはないよ! 衣装が完全に綺麗になるまで、三十分くらいかかるからね! さっきまで頭ピンクちゃんの汚れた服見てたんだから、それくらいわかるでしょ?』


 夢来ちゃんの反論を、ワンダーが封じる。

 ワンダーは、魔法のことに関しては嘘をつかない立場と公言している。その発言だけは信用してもいいはずだ。

 それに――だらだら話している中で、ようやく見つけた。致命的な穴を。


「そもそも、旧個室の外にいたなら、いつ中に入ったの? 少なくとも、三人の後に入らないといけないよね?」

「う、うん……。でも、それは普通に……」

「旧個室のドアは、一度開けたら音を立てて閉まるようになってる。それに、中はほとんど暗闇だから……ドアを開けたら明るくなって、誰でも気づけるよ」

「そ、それなら、三人と一緒に入った、とか――」

「それもあり得ないよ。旧個室のドアは、二人以上が一度に入ろうとすると、誤作動を起こして挟まれるようになってるから。……そうだよね、ワンダー」

『はい、その通りでございます!』


 ワンダーが大きく頷く。


「あっ――そ、そうだ! 神園さんは、その……何とか効果で、壁を抜けることができたよね?」

「……巨視的量子トンネル効果、だよ。巨視的が付かない場合もあるけれどね」

「それで、ドアを開けずに部屋の中に入れば……っ!」

「それじゃあ、気づかれないための[確率操作]はどうなるの? [確率操作]は、単一の事象しか効果を受け付けない。都合のいい状況を作り上げるのと、壁を抜けるのと、気づかれないための魔法を全部――短時間に使うのは無理だよ」


 つまり――旧個室の内と外、そのどちらにいても、接理ちゃんによる犯行は不可能だった。

 何か根本的に殺害方法を間違えているか、そうでないのなら――接理ちゃんはこの事件の【犯人】じゃない。そうなるはずだ。


「……っ。な、なんで……っ!」


 夢来ちゃんが声を荒らげかけて、途中で自らそれを遮る。

 ――私だって、こんな風に相手を……ましてや夢来ちゃんを全否定することは辛い。だけど、私はこれをやり遂げなくちゃいけない。

 既に私は、死者の剣を握ったのだから。

 その剣の作り方自体、空澄ちゃんに教わったものだけれど――確かに空澄ちゃんが言う通り、無限の行動力が湧いてくる。

 突き進んだ先に、悲劇しか存在しないとわかっていても。


「じゃ、じゃあやっぱり、接理は【犯人】じゃなかったのかにゃ!?」

「……やっぱり?」


 今度は、摩由美ちゃんの叫びに疑問を覚える。


「摩由美ちゃん、やっぱりって?」

「だ、だって――狼花は幽霊に殺されたにゃ! 霊媒師のみゃーは、その確信があるにゃ! こういう陰湿なやり方は、悪霊とか怨霊の常套手段にゃ! みゃーたちは、ワンダーが作ったあの映画に呪われて、それで……っ!」

「だからー、それだけは違うって言ってるじゃん。カナタンもそれは気づいてるでしょ?(。´・ω・)?」

「ああ、うん……」

「にゃっ!? なんでにゃ!?」


 それは……簡単だ。


「ワンダーが言ってたよね? ここにいる幽霊ゴーストは一種類――しかも、人間の襲い方も同じだって。映画の中の幽霊に襲われた私――ドッペルゲンガーは、ぼんやりとした白い光に完全に覆われてた。だけど――狼花さんは、小さい銀色の幽霊に囲まれたんだよね? それに、狼花さんは大量に血を流してたけど、映画ではそんなことはなかった。これだけ見ても、幽霊の仕業じゃないって断言できるはずだよ」

「にゃ、にゃあ……? でも、みゃーの霊媒師としての勘が――」

「じゃ、マユミンがインチキ霊媒師だったってことで('ω')」

「にゃっ!? い、インチキ!? 言うに事欠いてインチキかにゃ!?」

「それなら、たまたま勘を外したでもいいからさー。ともかく、幽霊の仕業じゃないことは確かなんだってば。ほんとに時間ないんだから、適当なこと言うようなら黙っててくれる?(´Д`)」

「にゃ、にゃあ……」


 空澄ちゃんに気圧されて、摩由美ちゃんが縮こまる。

 ――代わりに、ショックから立ち戻った夢来ちゃんが議論の場に躍り出る。


「それじゃあ……彼方ちゃんは、どういうことだと思うの?」

「私は……」


 ――迂闊に動きすぎる接理ちゃん。

 しかも、既に自白して、自分が【犯人】であることを執拗に認めさせようとしている。これが本心からの行動とは、考えづらい。

 だって、【真相】を全て明かしてしまったら、【犯人】は――あんな末路を辿ることになるのだから。

 だったら、その目的は……。


「まだ、全部はわからないけど……。接理ちゃんが【犯人】として名乗り出たのは、何かから話を逸らすためだと思う」

「――僕が? 邪推はやめてもらおうか」


 私の言葉に、接理ちゃんが食ってかかる。


「そうやって人の裏を読もうとするのは、意地が悪いよ。棺無月 空澄並みだね、とでも言われたいのかな?」

「…………」


 空澄ちゃんと、同等。

 確かに空澄ちゃんは、理由は不明ながら狼花さんを過剰に糾弾したり、全員の不和を煽るような行動をしたり、挙句の果てに摩由美ちゃんをスタンドライトで殴ろうとしたり――。問題のある行動を多々繰り返してきた。

 それは、罵るには十分な材料であるけれども。

 ――でも、私は彼女に、教えてもらった。

 おそらくは、彼女もまた握っているのであろう、死者の剣の作り方を。

 それを受けてここに立つ私は――確かに、空澄ちゃんと似ていると言われても仕方ないのかもしれない。


 だから――それはそれ、これはこれだ。

 空澄ちゃんに似ていようとなんだろうと、私は私として、【真相】に臨む。

 そうでなければ、この死者の剣を握っている意味がない。

 それに――私は、そして狼花さんは、空澄ちゃんのようなことはしない。

 正義の味方である魔法少女として、本当に正しいと思える道を進む。


 今の私の正義は……狼花さんの無念を晴らすこと。

 そして、【犯人】以外のみんなを絶望から救うこと。


 狼花さんは言っていた。

『初に続いて何か妙なこと起こす気があるなら――。覚悟しとけよ。見逃してもらえるなんて思うな。自分も間違いなく死ぬと思え』

 だから――狼花さんの死者の剣を握る私は、それを果たさなければならない。


「僕は何も隠そうとしていない。【真相】は全て明らかにされた。君は、些細な瑕疵に拘っているだけだ。偶然が重なるなんてあり得ない、とね」


 ――考えないと。


「偶然なんかじゃないよ。全ては神が綴った運命の一ページだ。全てがあり得て、あり得るからこそ、僕の魔法がある。神の代筆者として選ばれた僕に、確率なんて枷は通用しないよ」


 ――接理ちゃんは何を隠そうとしている?


「運命だ。世界は運命で動いている。僕はこの世界における運命の中心点だ。僕に都合のいいように運命は動くんだよ」


 ――この殺人事件における論点はどこ?


「僕は旧個室に潜んでいた。そこへあの三人がやって来た。だから、雪村 佳奈と雪村 凛奈に罪を着せるために、猪鹿倉 狼花を目の前で殺したんだ。それはもう暴かれた。僕の処刑という運命は確定したんだ」


 ――【犯人】を追い詰める弱点は。確率論なんかじゃない、確定的な推理の鍵は?


「――僕にしか、この犯行は実行不可能だ。それを覆そうというのなら――。君は、誰の許可を得て、僕の運命を書き換えようとしているんだい?」


 ――本当に、この犯行は接理ちゃんにしかできない?

[確率操作]で一つの障害を突破したとしてもなお、天文学的な確率の果てに成功させられるような偶然の連続の殺人。

 それとは別に、極めて必然的に――それこそ運命のように、必殺の計画を立てることは本当にできない?


 殺害時の、目撃証言を思い出す。

 小さい幽霊。直線的な光。それらが、同時に現れた。


「……ねぇ、佳奈ちゃん」

「な、なに!? か、佳奈を怪しんでるって言うの!? 佳奈は殺してなんて――」

「ごめん、そうじゃないの。教えてほしいんだけど――佳奈ちゃんが見た幽霊って、銀色だった?」

「えっ? そ、そうだけど――何か関係あるわけ!?」

「…………」


 ある。はずだ。だって、あまりにも似通っている。


「……銀色の、直線的な光。私たちはみんな、それを見てるはずだよ」


 私だけじゃない。接理ちゃん以外の、みんなが。

 その魔法で、命を奪われるその様を。


 その、魔法は――。


「違う! 幽霊に見せかけたそれは、僕が施したただの偽装だ! 【犯人】は僕だ!」


 接理ちゃんが声を荒らげる。

 私はそれを無視して――。

 偶然とは思えない類似の正体を、告げた。


「忍ちゃんの、連動罠って……。発動した時に、斬撃の軌跡が見えるようになってたよね? ちょうど……銀色の、直線的な光の形で」

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