Chapter2:魂の存在確率 【解決編】
【解決編】That's right. I have already confessed.
《その通り。私は既に自白した。》
「接理ちゃんが【犯人】って……どういうこと?」
私はまず、議論の流れを把握しようと夢来ちゃんに尋ねた。
「証拠は、これ」
夢来ちゃんは、タオルに包まれた血濡れた包丁を取り出す。
「この包丁、最初に探したときは見つからなかったけど……。彼方ちゃんがまた気絶しちゃった後、もう一度探したら、旧個室の机の引き出しの奥にあったの」
「引き出しの奥……」
そうだ。旧個室の机には、半開きになった引き出しがあった。
でも――そんな適当な隠し方をした包丁が、誰にも見つけられなかったのだろうか。
「それ、本当に誰も見つけられなかったの?」
「うん。……というより、わたしも、事件から一時間くらい経って……シアタールームに行くとき、旧個室の引き出しは調べたの。だけどその時、この包丁はなかった」
――そういえば。私が旧個室に踏み入ったとき、確かに、夢来ちゃんが引き出しを調べていた。
でも……。
「……その包丁で、どうして接理ちゃんが【犯人】ってことになるの?」
「だって、何もなかったはずのところに、包丁が出てきたってことは……誰かがそういう風にこれを置いたってことでしょ?」
「えっと……何か、包丁を隠すような仕掛けがあったってことはないの?」
「ないよー。(*'ω'*) その辺はあーしもよく調べたし、間違いないと思う」
夢来ちゃんの推理に反対しているはずの空澄ちゃんが、私の考えを否定する。
「それとムック、大事なこと伝え忘れてるよ。その包丁を見つけたのは、カナタンの次にシアタールームを出たあーしだって( ̄д ̄)」
「…………。そういうことだから、この包丁を引き出しの中に隠しなおすことができたのは、二人しかいないの」
「んー、三人じゃない? あーしも一応置けたはずだよ?(。´・ω・)?」
「……棺無月さんじゃなくて、彼方ちゃんを抜いたんです。彼方ちゃんがそんなことするはずないし――一応言っておくなら、【犯人】があそこで気絶してるなんてあり得ないから」
「ん、ま、そうだね。カナタンは今回も除外して考えていいよね('ω')」
今回もまた、私は安全なポジションに置かれて話が進んでいく。
「神園さんと棺無月さんの二人だけが、包丁をあそこに置くことができたけど……気絶した彼方ちゃんと、猪鹿倉さんの服の穴。その二つを考えると、【犯人】は何かの目的のために、私たちが集合した後にもう一度猪鹿倉さんを刺したとしか考えられない。彼方ちゃんは、その傷を治そうとして気絶しちゃったんだよね?」
「う、うん……」
――思い出す。私が二度目に気絶する原因になった、狼花さんの遺体につけられた刺し傷。集合前に旧個室にいたときにはなかったはずの傷。
「その傷をつけるには、彼方ちゃんより前にシアタールームを出ていくしかない。……となると、【犯人】は一人だよね?」
――確かに。その条件に合致する人が、一人だけいる。
「あの刺し傷を……接理ちゃんが?」
「――ああ、アレを治したのは君だろうから、当然知っていたね。そうだよ。おかげで服に血がついて、怪しまれる要因にもなってしまった。下手なことはするものじゃないね」
「ど、どうして……。どうして、わざわざ、もう一度刺すなんてこと……」
「……いや。単純に、怖くなったんだよ。僕はオカルトなんて信じない主義だけれど、君たちがあまりに心霊だなんだと叫ぶからね。なにせ、命を懸けた計画なんだ。ここで猪鹿倉 狼花が起き上がって、【真相】をペラペラ喋ったりしてもらっちゃ困る。だから、念入りに殺しておこうと思ったのだけれど――完璧に裏目に出たね」
「…………」
そんな適当な理由で、死した狼花さんを再び刺した?
――違和感があった。大きな違和感。
自分以外実行不可能なタイミングでわざわざもう一度刺すなんて、【犯人】の行動としては迂闊すぎる。接理ちゃんはもっと頭のいい人だと思っていた。
それとも、これは私のただの偏見?
「それなら……接理ちゃんは、どうやって、狼花さんを?」
「ああ。それも、桃井 夢来が丁寧に解き明かしてくれたよ。見破るなら君か棺無月 空澄だと思っていただけに、意外だった」
「……夢来ちゃんが」
夢来ちゃんに目を遣る。
強い瞳の、別人のような夢来ちゃん。
だけど、その足が震えていることに、私は気づいている。
――探偵役の立場に立たされるのは辛い。私も身をもって知っている。
「……神園さんは、事件当時のアリバイがなかったよね。だから、本当は歩き回っていたとしても不思議じゃない。雪村さんたちの目の前で、猪鹿倉さんを――殺すには、仕掛けがなきゃいけないように思えるけど。でも、神園さんならそれができる」
「……どうして?」
「だって、神園さんの固有魔法は[確率操作]だから……。偶然気づかれずに猪鹿倉さんを刺すことも、できるよね?」
「あっ……」
そうだ。ワンダーにせがまれて話すことになった冒険譚。
その中で、接理ちゃんが語っていた。
『僕はあの魔物の認識外から最良の攻撃を叩き込む』
――そんな事象すら可能にするなら、確かに、気づかれずに殺害することは可能かもしれない。
「……?」
でも、違和感があった。
「それは……旧個室の中で、狼花さんを刺したってこと?」
「うん。……いくらなんでも、明るいところで猪鹿倉さんを刺して、気づかれないなんてことはないと思うから」
「…………」
それは、そうだ。納得できる。
でも、この方法で接理ちゃんが狼花さんを刺せたとは思えない。
「佳奈ちゃんと凛奈ちゃんが見たっていう、小さい幽霊は?」
「……たぶん、旧個室の立て付けの悪いドアから漏れた光を、包丁が反射したんだと思う。暗い中だから、それが小さい幽霊に見えたって話で……」
「変じゃない? 包丁の光は見えたのに、それを持ってた人が見えなかったなんて」
「……偶然なら、あるかもしれないでしょ? それなら、神園さんの魔法は確実にそれを成功させたはず」
かもしれない、こうなるはずだ。
そんな可能性はいくらでも浮かぶ。
――でも、やっぱりあり得ない。そうだ。そのはずだ。
「やっぱり、あり得ないよ」
「ど、どうして……っ?」
夢来ちゃんが困惑し、多少のストレスを見せる。
――当然だ。夢来ちゃんがこうして前に出て、推理を披露しているのは、結局のところ私のため。それは私自身理解している。
それなのに、その私が夢来ちゃんの推理を否定すれば、怒りたくもなるだろう。
でも、この事件を無事に切り抜けたいのなら――見過ごしてはいけない。
誤謬一つで、私たちは無事でいられなくなるのだから。
「それなら、接理ちゃんはいつ旧個室に入ったの?」
「いつって、そんなの、最初からそこにいれば……」
「無理だよ、そんなこと。だって……佳奈ちゃんと凛奈ちゃん、狼花さんがあのとき旧個室に行ったのは、偶然なんだから」
そう――たまたま浴場で鉢合わせして、そういう流れになったからこそ、あの三人は旧個室へ赴いた。その流れは偶然だ。誰の操作も受けてはいない。
「いや、でも、偶然なら――神園さんの魔法で!」
「一分じゃ、浴場から旧個室まで行けないよ」
ただ移動するだけでさえ、一分は過ぎる。
その上、狼花さんが旧個室に赴くように、佳奈ちゃん凛奈ちゃんと話す時間。狼花さんが服を着るための時間。全てを合わせれば、一分以内に可能とは思えない。
一分以内に実現不可能なことは、[確率操作]じゃ実現できない。
「それに、そこで魔法を使っちゃったら、接理ちゃんは犯行に魔法を使えなくなる。事件後に[確率操作]を使ったのが演技だったのだとしたら、犯行の中で一度は使えるだろうけど……。包丁を持った接理ちゃんが偶然旧個室にいて、そこに偶然三人がやって来て、偶然気づかれずに包丁で刺す――。これ全部を、一回の[確率操作]じゃ実行できないよ」
「……で、でもっ!」
夢来ちゃんが接理ちゃんを見る。
自白した【犯人】がここにいるのに、どうして、という顔だ。
「はぁ。空鞠 彼方、僕はもう自白しているんだ。君まで、棺無月 空澄と同じことをするのかい? できたものはできた。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「…………」
接理ちゃんが、妙に諦めが良いことを言う。
でも――【犯人】が自白しただけでは安心できない。
ここのルールでは、誰がやったかと、どうやったか、二つを正確に答えなければならない。【犯人】が自白しただけでは、全く不十分だ。
本当の殺し方を隠されただけで、私たちは敗北扱いになる。
だったら、【犯人】が自白したというだけで納得せず、私たちは徹底的に話し合うべきだ。
――そうじゃないと、この死者の剣は【犯人】に全く届かずに終わる。
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